アンデッドの声
ロックは盾で敵の大剣を押し返すとすかさず蹴り飛ばす。男性アンデッドはしばらく地面を転がると何事も無かったかのように起き上がった。
「すまない、ロック。お陰で助かった」
「礼を言うのはまだ早いぜ。あの冒険者のアンデッドは連携が取れている。女が盾で防御するとすかさず男が大剣で襲ってくる。それを何とかしねえとカウンターでやられちまう。それに――」
ロックの視線の先にはキメラがいた。まだ動きを見せてはいないがオークを軽く上回る巨躯から放たれるプレッシャーはかなりのものだ。
感覚的にはガーゴイルと同等かそれ以上の魔力を感じる。
ガーゴイル戦の時はリシュウ爺さんとコウガイさん、それに『クロスレイド』の冒険者たちが援護をしてくれた。
しかし、今はあの時以上の敵がいるのに味方は俺たちのパーティとロックとレオのコンビだけだ。戦力的にはかなり厳しい。
その時ロックが作戦を提案してきた。
「キメラは俺とレオに任せてもらえないか?」
「まさかあの怪物と単独で戦う気なのか? 誰かサポートを――」
「いや、俺たちだけで大丈夫。むしろあの二体のアンデッドの方が厄介だ。あの攻撃と防御の連携を崩すにはこっちも連携が必要だろ。それならお前たちのパーティが全員揃っている状態の方がいいはずだ。俺じゃ、まだお前たちと上手く連携は取れないしな」
ロックの提示した作戦は理に適っている。近くにアンジェ達がいれば状況に応じて武器を変えて柔軟に対応できる。
そう考えればキメラはロック達に任せた方がいい。
「……分かった。キメラはロックとレオに任せる。あの冒険者のアンデッドは俺たちで対処する」
全員が頷き作戦が決まった。
俺たちのパーティは冒険者のアンデッド二名に向かって行き、ロック達はキメラに向かう。
「俺は大剣使いをやる。アンジェ達は盾持ちの方を頼む!」
「「「了解!」」」
あの二人のアンデッドが攻守の連携を取るのなら引き剥がして各個撃破するのが望ましい。
幸い人数はこっちが上だ。攻撃力の低い盾持ちならアンジェ達三人の包囲網で動きを封じる事が出来るはずだ。
その間に俺が大剣使いを倒せば戦いが楽になる。
「はあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺は真っすぐに大剣使いに接近しブレイズキャリバーの一撃を打ち込んだ。敵はその一太刀を人の背丈ほどもある刀身で軽々と受け止める。
男のアンデッドはそこから力任せに斬り払い俺を後方に吹き飛ばした。
「なっ!?」
『凄いパワーです。追撃に注意してください!』
空中で体勢を立て直すと敵が大剣の切っ先を向けながら突撃してくるのが見える。
足底部に魔力を集中して空を蹴り敵に飛び込むと、意表を突かれたのか向こうの反応が一瞬遅れた。
「ブレイズエッジ!」
刀身に炎をエンチャントしてすれ違いざまに敵の左肩に一太刀浴びせて地面に着地した。斬りつけた箇所は少しの間燃えていたが間もなく消えてしまう。
どうやら魔力で押さえ込んで鎮火したようだ。すると再び大剣使いが近づいて来て連続で斬り込んで来る。
成人一人分の背丈ほどもある大剣をまるで普通の長さの得物のように扱っている。
「くっ、何てヤツだ! あんなに大きな剣をここまで自在に操るなんて。本当に元銀等級の冒険者なのか? これ絶対それ以上の実力者だろ!」
素早く繰り出される斬撃を回避と防御でいなしていくが、敵は死者なためか疲労は見られず、ずっと全力で攻撃をしてくる。
その様子を見ていたガミジンがクスクス笑いながら得意げに話し始めた。
「知ってるかい? 人間は普段全力を出せないようにリミッターがかけられているんだよ。そして身の危険を感じた時には制限を解除して全力が出せるようになるんだ。火事場の馬鹿力っていうのがあるだろう。まさにそれの事さ」
「それがどうしたって言うんだ!?」
「アンデッド化した連中はそのリミッターを最初から解除してある。――つまり常に百パーセントの性能を発揮して戦う事が出来るんだよ。普通、そんなことをしたら負荷が大きすぎて身体が壊れちゃうんだけど、何て言ったってそいつらはもう死んでいるからね。痛みなんて関係ないのさ。完璧な戦闘人形だと思わないか?」
「くっ……こいつ……人を人形扱いかよっ!?」
回避が間に合わずブレイズキャリバーで受け止め鍔迫り合いをしているとある事に気が付いた。
敵の大剣の鍔に色を失い透明のガラス細工のようになったエナジストがあったのだ。
「これは……まさかアルムス? それじゃあ!?」
アンジェ達が抑えている女性アンデッドの盾を見ると、その中心部には同様にガラス玉のようになったエナジストが嵌め込まれていた。
俺たちは思い違いをしていた。今俺たちが戦っているのは二人の冒険者のアンデッドだけじゃない。
彼らのパートナーだったアルムスも含めて四人のアンデッドを相手にしていたんだ。
『アラタさん……あのアルムスから伝わってきます。痛みが……辛さが……こんな事って……!』
ルシアを通して俺にも大剣のアルムスの感情が伝わってくるのが分かる。
武器化したアルムスの状態がどのように変化しているのかは正直分からないが、その内に秘める感情だけは確かに伝わって来る。
「アラタ、ごめん! そっちに敵が行ったわ!!」
トリーシャの声が聞こえた方向に視線を向けると女性アンデッドが大型盾を前面に押し出しながらこっちに突っ込んで来るのが見える。
トリーシャ達は盾の突撃によって吹き飛ばされていた。
「盾で強行突破してきただって。マジかよっ!!」
男性アンデッドとの鍔迫り合いで回避行動が取れないまま、俺は女性アンデッドのシールドバッシュによって吹き飛ばされた。
受け身を取ってすぐに起き上がると前方では二人のアンデッドがジッと俺を見つめていた。
『……シテ』
「えっ?」
微かに声が聞こえて来る。何処から聞こえて来たのか耳を澄ませると、それは俺の前方から聞こえてくるのが分かった。
『タノ……コ……シテ……』
俺の前に佇む冒険者アンデッドの薄くなった唇が僅かに動いているのが見える。この声の主は彼等だった。
二人はさっきまでとは異なりぎこちない動きで俺の方に歩いてくる。二人が近づいてくるにつれて、その声がはっきりと聞こえて来た。
『タノム……オレタチヲ……コロシテクレ……』
『オネ……ガイ……コロ……シテ……』
「あ……ああ……!」
『こんな……酷すぎます……』
二人の冒険者のアンデッドは自分たちの消滅を切望し、油が切れた機械のようにぎくしゃくした動きで俺に向かって来る。
それはまるで自らに課せられた命令に必死に抵抗しているかのようだった。
俺たちは彼等のそんな姿を目の当たりにして胸を締め付けられるような思いをしていた。




