アンデッド
第二層エリアから次々に現れたゴブリン達はぞろぞろとゆっくり歩きながら広範囲に広がって行く。
その様子に俺たち全員は違和感を持っていた。
「何だか様子がおかしいですわ。ゴブリンは敵を見つけたら威嚇の為に大声を上げるのに、これだけ数がいるにも関わらず誰一人としてその行動を取っていない。明らかに普通じゃありませんわ」
「確かに変です。それに普段は奇襲攻撃をかけるレッドキャップが敵前でこんなにゆっくり動いているなんて……」
セレーネもルシアもゴブリンの異常行動を訝しんでいる。
その他にも嫌な感じがする。ヤツらからはまるで生気が感じられない。
よく見るとゴブリン達は怪我をしている者が多い。中には致命傷とも思えるダメージを負っている者もいる。
それなのに痛がる素振りすらなく平然と動いている。どうなっているんだ?
加えて連中の黄色い目は俺たちではなく明後日の方向を見ているようだ。まるでゾンビ映画に出てくるゾンビの様な感じだ。
敵の動きを注視していると連中が何かを引きずっている事に気が付く。それをよく見てみるとオークの死体だった。
それも一体や二体じゃない。絶命した十数体のオークが何とか原型を保っている状態で引きずられていた。
「おい……こいつはマジでおかしいぜ。ゴブリン種とオーク種は波長が合うのかお互いに傷つけあったりしない。それなのに、このゴブリン共はオークを殺しちまってる。それもこんなに沢山……。一体何がどうなってるんだよ!?」
全員に動揺が走る中、ゴブリン達の状態や行動からアンジェは一つの結論にたどり着いた。
『……あの者達は恐らく〝アンデッド〟だと思います』
「アンデッドって……つまり死体のことだよね」
『はい。ゴブリン達は殺された後に呪術によりアンデッド化したものと考えられます。そのような事が可能なのはネクロマンサーだけです』
「つまりアンデッド化したゴブリンを操っているネクロマンサーがこの近くにいるってことか。そいつを倒せばこいつらのアンデッド化は解けるのか?」
『いいえ。一度このような状態になってしまえば、例えネクロマンサーを討ったとしても呪術が解けることはありません。意思なく動き続ける怪物になるだけです。止めるには完全消滅させる以外に方法はありません』
「……分かった。それなら俺たちがやるべき事に変わりはないって事だな。――皆、やるぞ!」
仲間たちに号令をかけるとそれぞれが武器を構えて戦闘態勢に入った。
俺たちの敵意に反応したのか、アンデッド化したゴブリン達が濁った目を一斉に俺たちに向け、引きずっていたオークの死体から手を離し石で作った武器を装備した。
「――来る!」
先程までのゆったりとした動きから想像できないスピードで敵が一斉に動き出す。どいつもこいつも通常よりも能力が上がっているようで厄介だ。
特に耐久力がかなりあり、それなりの手数を与えなければ完全消滅にまでいかない。そのため皆苦戦を強いられている。
それは俺も同じでグランソラスの一太刀では倒しきれず、最低二回は攻撃を浴びせなければならない状況だった。
その時アンジェが戦いを分析し提案をしてきた。
『アラタ様、アンデッド達は全員が闇の加護を受けているようです。同じ闇の魔力を有する私では属性相性の関係から威力が半減してしまいます』
「何だって!? それじゃどうすればいいんだ!」
襲ってくるアンデッド化レッドキャップの槍攻撃を受け流して斬撃を何度も食らわせて倒すとアンジェが続きを話す。
『アンデッドにはアラタ様の光系統、それに炎系統の攻撃が有効です』
「分かった! ――ルシア、いけるかっ!?」
「はいっ! 私なら準備万端です」
ルシアはフレイムソードでゴブリンを斬り燃やしながら俺の傍まで来てくれた。
「この距離なら。マテリアライズチェンジ――聖剣ブレイズキャリバー!」
武器化の可能範囲に入り炎の聖剣に変身したルシアを手に取り構える。ヒューマの姿になったアンジェは俺の後ろに付いてサポートに回ってくれた。
「アンジェはそのまま俺の後ろで援護を頼む。ルシア行くぞっ!」
『はいっ、火力を上げていきます!』
「かしこまりました。サポートは任せてください!」
前方には死臭漂うゴブリンが三体。ブレイズキャリバーの刀身に炎を纏わせ突っ込んでいく。
「ブレイズエッジセット……燃えろぉぉぉぉぉぉ!!」
炎の刃を振いゴブリンを武器ごと溶断する。敵は真っ二つになると同時に炎上し消滅していった。
『敵の完全消滅を確認しました』
「これならいける。――次っ!」
アンジェのシャドーダガーの投擲によるサポートを受けつつ、動きが鈍ったアンデッドを次々に斬り燃やしていく。
向こうでは風の槍で接近戦をするトリーシャと氷の魔術で援護するセレーネのコンビが戦っている。
そしてロックはアンデッドの群れをパンチと蹴りの乱撃で吹き飛ばしていた。
「これで半分以上は倒したわね。セレーネ、まだいける?」
「わたくしは大丈夫ですわ。敵の動きを止めます。――アイスコフィン!」
セレーネの魔術により出現した氷の棺にアンデッドの群れが飲み込まれ動きが封じられる。
「動きが止まった! これで決めるわ――ストラグルエア!!」
そこに風の槍――インビジブルスピアに魔力を込めたトリーシャが向かって行き、風の一突きで粉々に打ち砕いた。
それを見たロックは後に続けと言わんばかりに魔力を高めてく。
「いい連携だ。さすがは魔人戦争を生き残ったアルムスだな。俺たちも負けていられないぜ!」
『オイラ達も姉ちゃんズに続いて一気に決めよう。リアクター出力上げていくよ!』
「おおよ! これで決めるぜ、獅子王武神流――鉄鋼獅弾ッ!!」
ロックは全身に練り上げた魔力を纏うと盾がある左腕を構えながら高速で突撃した。
彼の目の前にいる全ての敵は接触すると同時に粉々に打ち砕かれ、その攻撃が終わった時ロックの後方にはバラバラになったアンデッド達の残骸が残っているだけだった。
「よっしゃあ! これで敵は全滅したな」
「そうだな。あと残っているのは――そこだっ!」
俺はアンデッド達が現れた場所に向かって炎の斬撃波を放った。すると炎は直撃寸前で見えない壁のような物に当たって爆ぜる。
その向こう側には一人の少年がいた。中性的な顔立ちに全身を覆う黒いマントを纏っている。
それに加えてネックレスや指輪などの装飾品をいくつも身に着けているが、そのどれもがドクロの意匠の物だった。
「へえ、僕の気配に気が付くなんて思ったよりやるじゃないか」
声変わりをする前の少年のような高い声。こいつは一体歳は幾つなんだ? それなのに、この少年から放たれ始めた魔力は普通じゃない。
あのガーゴイルを超えるプレッシャーが俺たちにのしかかって来た。
「お前は何者だ!?」
「そう言う時は普通自分から名乗るものだろう? まったく躾がなっていないなぁ、でもまあいいや。――僕の名前は〝ガミジン〟。魔人の軍勢『アビス』、その十司祭の一人だよ。よろしくね、クソ雑魚共」




