魔甲拳グレイプル
――翌朝、ロックとレオはテントから出て来ると、まだ眠いようで目をこすりながら欠伸をしていた。
「おはよう、二人共よく眠れた?」
「おはよう、お陰様で久しぶりに熟睡できたよ。飯をご馳走になった上に寝床まで用意してもらって悪かったな」
「おふぁよぅ~。温かい布団で寝たのなんて久しぶりだから、朝までぐっすりだったよ。夜の見張り交代しなくてごめんよぉ」
「気にしなくていいよ。二人共、一ヶ月以上遭難してたんだから疲れも溜まっていただろうし。これからダンジョン脱出に向けて動き出すから体力を回復してもらう必要もあったからね」
さすがにあれだけ疲れ切っていた人に夜間の見張りをしてもらう訳にはいかない。
それにローテーションで見張りはしていたから俺たちもそれなりに睡眠はとれているので問題ない。
「ようやくこの森から脱出か。そうなると帰り道にゴブリン共とやり合う事になるな」
「ゴブリンやホブゴブリンはともかくレッドキャップは面倒くさいんだよね。そこそこ頭もいいから深追いせずに撤退して時間をおいてまた襲ってくるからオイラ嫌いなんだよ」
ロックは拳をもう片方の掌に打ち込んで気合いを入れている。一方のレオはしつこいレッドキャップが相当苦手なのか辟易している様子だ。
既にアンジェ達も起きていて朝食の準備をしている。それが終われば休憩所を片付けてダンジョンの出口に向けて出発だ。
その後朝食を終えて動き出すと早々に魔物と遭遇した。『ニーベルンゲン大森林』第三層の支配者オーク。
その群れが俺たちを待ち受けていたかのように広範囲に展開されている。そんな大量の敵を岩陰に隠れながら観察する。
「くそっ、昨日この辺りには一体もいなかったのに今日はこんなに沢山……ざっと見ただけでも三十体以上はいるな」
「構成はオーク、ハイオーク、それにオーガまでいますね。オーク種が全て揃っています。あの様子だとしばらくここから動くことは無さそうです。迂回しますか?」
ルシアの言うように無用な戦いを避けるのも一つの手だが、ここを迂回して進もうとするとかなり時間のロスになる。
「……戦おう。ここを突破すれば第二層エリアに入ることができる。そのまま最短ルートを通って行けば早ければ今日にはダンジョンを脱出できるはずだ」
「俺はアラタに一票だ。早く『ファルナス』に帰ってゆっくり休みたいしな。目の前に現れる障害は片っ端からぶっ潰せばいい」
「オイラも右に同じ。あの程度の群れならオイラとロックだけでも十分潰せるし、今はアラタや姉ちゃん達もいるから余裕っしょ」
「それでしたら問題無さそうですね。アラタ様、一点突破で行きましょう」
「――よし。アンジェ、グランソラスで行くよ」
「かしこまりました」
アンジェは漆黒の剣に変身し俺はそれを手に取り岩陰から飛び出す。
それと同時に俺と反対方向に走り出したロックとレオはそのままの勢いでオークの群れに向かって行く。
「行くぜ、レオ! マテリアライズ――魔甲拳グレイプル!!」
「合点承知!」
レオの胸の辺りに琥珀色の紋章が浮かび上がると、その小柄な身体は光に包まれロックの左右の腕へと装着された。
白銀の色彩を基調とした籠手――魔甲拳グレイプル。左腕には小型の盾が装備されていてその中心では琥珀色のエナジストが輝いている。
「この豚共、そこをどきなっ!!」
グレイプルを装着した正拳突きでオークの顔面を殴ると、そいつの顔が背中側に回り仰向けに倒れた。
何度か痙攣をした後動かなくなり絶命したのが分かる。
「凄い、たった一撃でオークを倒した。俺なんて初めてあいつと戦った時にはボコボコにされたのになぁ」
『あの時はほとんど丸腰状態でしたし魔力も使えませんでしたからね。でも懐かしいですね、あのオーク戦が私とアラタ様の初めての共同作業でした』
アンジェと一緒に夜の公園でオークと戦ったことが遠い昔のように感じる。でもまだあれから二ヶ月も経っていないんだよなぁ。
それだけあれから後の生活がイベント尽くしだったという事かな。
俺も負けじと目の前に群がるオークを一太刀で仕留めていく。分厚い体躯を魔力を纏わせた漆黒の刃で斬り裂き、切断面から血しぶきを上げながら豚の魔物は地面に倒れていく。
そんな俺の戦いを横目で見ていたロックが傍まで後退して来てニヤッと笑っていた。
「へぇ、やるじゃん。さすがレオの姉さん達と契約するだけのことはあるな。良い太刀筋だぜ」
「そっちこそ。こんなに魔物が溢れかえった森で一ヶ月以上生き延びられた理由が分かったよ。単なるパンチ一発であの威力はすげぇわ」
互いの戦い方をリスペクトしつつ次のターゲットに向かって行く。
ロックと左右に分かれて目の前にいるオークの群れを次々に肉塊へと変えていく。するとオークの上位種であるハイオークが一斉に向かってくるのが見えた。
ハイオークは口から二本の牙を剥き出しにした顔をしており、オークと比較してパワーや防御力が段違いに上がっている。
丸太のように太い腕を力任せに打ち込んで来る。回避すると敵のパンチは岩でできた地面に直撃し細かく粉砕した。
『あのパワーは危険です。囲まれないように注意してください』
「分かった! それなら一気に薙ぎ払ってやるか」
グランソラスの柄頭に展開した魔法陣が剣を通過していくと、漆黒の魔剣は闇の魔力にて構成された処刑鎌に姿を変える。
「お前等まとめて地獄送りにしてやる。――デスサイズ!!」
死神の持つ得物の如きそれを大きく振りかぶり魔力を込めて横薙ぎに振うと、前方で横並びになっていた豚顔の魔物たちは上半身と下半身がおさらばして息絶えるのであった。




