温かい時間
ロックとレオには休憩所に用意したテーブル席に座ってもらい彼等の分も含めてアンジェが料理を作り始めた。
その間、二人には俺たちが彼等の捜索でここに来たことを告げた。
その他にも俺とアンジェたちが契約関係にある事も合わせて説明した。ただし、俺が異世界人だという事は伏せておいた。
俺が魔剣クラス四人のアルムスと契約した事実にロックとレオは驚き、何か言いたげな様子を見せていたが以外にもそれ以上深掘りしてくることは無かった。
「それにしてもダンジョンブレイクが起きていたなんて。確かに数日前から魔物が一気に増えたからおかしいとは思っていたんだ」
「そうだね。それにあの時かなり強い魔力を感じて現場に行ったんだけど、その時には全てが終わっていて誰もいなかったんだ」
「それってもしかして私たちとガーゴイルが戦った時の話じゃない? あの時お互いにすれ違っていたのね」
トリーシャが言うようにタイミングさえ合えばロックとレオは俺たちと一緒にダンジョンから脱出できたのかもしれないが、過ぎ去ってしまった今となっては後の祭りだ。
「ところでお二人はどうして一ヶ月以上もこのダンジョンの中にいたんですか?」
会話の中でルシアが今回の依頼の根本となった理由をロックに訊ねた。彼は両腕を組んで難しい表情で口を開く。
「実は……道に迷ったんだ……」
「……はい?」
訊ねたルシアは呆気に取られて目をぱちくりさせている。そのあまりにも単純かつアホらしい回答に俺は頭が痛くなるような気がした。
「一ヶ月以上も道に迷っていたというんですの? レオは一体何をして……あっ!」
セレーネが言いかけて何かに気が付く。その答えをトリーシャが話してくれた。
「そう言えばレオは重度の方向音痴だったわね。つまり方向音痴の二人だけでダンジョンに入ったから、案の定迷って抜け出せなくなっていたのね。――それじゃ、今まではどうやって依頼を受けていたの? ダンジョンに入る度に行方不明になっていたわけじゃないでしょ?」
「ああ、いつもは他の冒険者とパーティを組んでいたんだよ。でも今回は簡単な内容だったし、タイミング的にも丁度一緒に行ける奴がいなくてさ。だから俺とレオだけでダンジョンに入ったんだ」
「その結果がこれか。こんな強力な魔物だらけの場所で一ヶ月以上もいてよく無事だったな。この辺りならレッドキャップやオーガに襲われたんじゃないのか?」
「まあな。最初はまあまあ苦戦したけど今じゃそれほど脅威って相手じゃないな。レッドキャップは動きが速いが脆いし、オーガはパワーこそあるけどノロい。敵に合わせた戦い方で対応すりゃ問題ない」
ロックは特に威張ったり話を誇張したりしていない。当たり前の事を当たり前のようにやって来たという感じだ。
彼の隣にいるレオも同じ態度を取っている。
あれだけの魔物を相手にしてこう言えるって事は、二人は相当な手練れだということだ。今ここにこうして生きている事がその証明だ。
「お待たせしました。夕食の準備ができましたよ」
話も一区切りつき丁度良い所でアンジェが料理を運んできた。テーブルの上にはサラダや肉料理、スープ、ルシアお手製の各種パンが並べられた。
ここ一ヶ月まともな食事を摂っていないロックとレオは目の前に並べられたご馳走を見て心底嬉しそうな顔をしている。
「おい、見ろよレオ。これって夢じゃないよな?」
「うん、現実だよ。生きていて良かったねロック。――でも、これって本当にアンジェ姉ちゃんが作ったの?」
「そうですよ。パンはルシアのお手製ですが、残りは私が用意しました。お代わりもありますから遠慮せず沢山食べて大丈夫ですよ」
レオは目の前に出て来た料理に感動こそすれアンジェが作ったものに対して警戒している様子だ。
「それじゃ、いただきます」
各々食べ始めるとレオは俺たちの様子を窺いながら手始めにスープを口にした。
「!? 美味い!」
そこからは怒涛の勢いで食べ始める。二人共、文字通り味気の無い食生活が続いていたのもあって「美味い、美味い」と言いながら食べ進めていく。
そんな二人を見るアンジェは満足そうな笑みを浮かべていた。
彼女の作る料理は本当に美味しい。それはアパートで食べた朝食の時からいつも思っていた事だ。
本来こんなダンジョンの中で、このような上等な食事にありつけることは無い。アンジェには感謝しないとな。
「ご馳走様でした。あー、本当に美味かったぁ。ありがとう、アンジェさん。さすがはレオの姉さんだな」
「痛み入ります。普段レオがお世話になっているようですし、このくらいはお安い御用です。それと私のことはアンジェとお呼びください。仲間はそう呼びますので」
「分かった、それじゃそう呼ばせてもらうよ」
レオが元々アンジェ達の仲間ということもありロックも俺たちとすぐに打ち解けた。
話してみてさっぱりした感じの性格だし、魔物との戦い方で色々と情報交換ができて楽しかった。
ロックの相棒であるレオはその小さな身体のどこに入るのかと思うぐらい大量の料理を食べ、その結果現在動けない状態になっている。
「うう……、食べ過ぎた。アンジェ姉ちゃん、本当に料理上手になったんだね。昔はあんなだったのに驚いたよ」
「私も色々ありましたからね。千年もあればお互いに変わる部分もあるということです」
「それってつまりアンジェは昔料理が苦手だったっていうことか。興味あるなぁ、当時はどういう料理を作ってたの?」
訊ねるとアンジェは遠い目をして話してくれた。その様子を見るルシアは苦笑いをしている。
「魔人戦争時の私は料理という物を単純な栄養摂取の方法としか捉えていませんでした。今思い出すと恥ずかしいのですが、野菜は皮を剥かずにぶつ切りにして肉は強火で中までしっかり火を通し、味付けと言えば塩を使う程度でした。――その結果、野菜は中は生のまま、肉は炭のようになり、アジはしょっぱいだけのものでした。当然周囲からはクレームの嵐でしたね」
「今のアンジェの料理からすると考えられないな。だからレオが警戒していたのか」
「そのようです。私自身も料理下手だという自覚はあったので、『ゴシック』で研鑽を積み重ね今は人様に提供できるレベルになったのです」
「そんな謙遜を言って。アンジェの料理は本当に美味しいよ。俺もそう思うし皆も同じだ。いつもありがとう、感謝してる」
感謝を伝えるとアンジェは頬を赤く染め、はにかみながら上目遣いで俺を見る。
何だこのしおらしい表情は。中々に良いじゃないか。
「ありがとうございます。その熱いお気持ちは身体で払っていただけると大変嬉しいです」
「……そういうとこだよアンジェ。良い雰囲気がぶち壊しだわ!」
このメイドはいつもこんな感じで下ネタをブチ込んで来る。俺とアンジェのしょうもないやり取りを見ていたロックとレオは笑いを抑えられないようだった。
「あはは! 本当に仲いいんだなお前等」
「アンジェ姉ちゃん、さすがにそれはないよ……」
こうして夜は更けていきロックとレオには予備のテントで休んでもらう事にした。
二人はずっと元気だったが実際はかなり疲労が溜まっていたらしく泥のように眠っていた。




