赤い帽子の襲撃者
――それから一週間後。俺たちは現在、ダンジョン『ニーベルンゲン大森林』の第二層と第三層の境目辺りにいた。
あれだけ茂っていた樹木はまばらになり、周囲はゴツゴツとした岩場が多い地形に変化していた。
既にダンジョンに入って一週間が経過したが例の冒険者たちの行方どころか彼等に繋がる物は何一つ見つかっていない。
それどころかこの辺りの魔物に苦戦していて先に進もうにも進めなかった。
リクルートさんが言っていたようにダンジョンブレイクの影響でダンジョン内は魔物が溢れかえっている。
同じゴブリンでも『試練の森』で戦った個体よりも凶暴な上に多数で行動していて厄介だ。
ゴブリンの種類は多岐にわたるが、その中で特に数が多いのが通常のゴブリン、そして強靭な肉体を持ち銅等級の冒険者とも渡り合えるホブゴブリンの二種だ。
この程度であれば特に脅威にはならないのだが、この上に危険なのが二種類いる。
一つ目はゴブリンの大きな群れを統括するゴブリンキングで知能が高く人語を操り、卑劣な作戦を考えては配下のゴブリン達に実行させる。
さらに魔術を使う事も出来るので単体としての実力もかなり高い。
しかし、こいつは個体数が極めて少ない上に滅多に巣から出て来ることは無いため遭遇する可能性はほとんどない。
それよりも特に危険で俺たちがこの辺りから先に進めない原因になっているのが――〝レッドキャップ〟だ。
背丈はヒューマで言えば小柄な成人男性といった感じだが、その細身の身体は全身強靭な筋肉の塊だ。
しかもその動きはしなやかかつ俊敏で、他のゴブリン種とは桁違いの戦闘力を持っている。ゴブリンに限らず他の魔物と比べても、その強さは上位に位置する。
その名の由来として血のように赤い帽子をかぶっていて、身に着けている装備は倒した相手から奪った戦利品だ。
強いレッドキャップは金等級の冒険者とも互角に渡り合うと言われており、強力な装備の者に遭遇したらとにかく逃げろというのが冒険者たちの共通認識だ。
こんな危険なレッドキャップではあるが、個体数は少なく普通滅多に出会うことは無い――はずなのだが、ダンジョンブレイク後間もないこともあり俺たちは既にこいつらを十体以上倒している。
最初にレッドキャップと遭遇したのはダンジョンに入って二日目だった。
第二層のゴブリン種多発区域に入って間もなく驚異的なスピードで俺たちに近づき戦闘になったのだ。
その時遭遇したのは一体だったが、他のゴブリン種を圧倒する能力に驚かされた。
ダンジョンに入る前にゴブリンやオーク各種の特徴と能力は頭の中に叩き込んで来たのだが、見聞きするのと実際に戦うのでは全然違う。
気配や魔力察知で接近に気が付くと数秒後には敵の間合いに入っていて気が抜けない相手だ。
そのため最初は手間取った。しかし、油断さえしなければ十分対処が出来るレベルだという事も分かった。
そのように立ち回れたのはガーゴイル戦での経験が大きく影響している。
猛スピードと重い打撃を得意とする魔人との戦いを経て、俺は一段階上のレベルに上がる事が出来た。
それにより、レッドキャップのスピードに対応し倒すことが出来た。今では神薙ぎを装備した状態なら俺の方が速く動けるまでになった。
「ご主人様、前方からレッドキャップが三体接近して来ますわ!」
「三体……か。アンジェ、ルシア、セレーネの三人で二体の足止めを頼む。俺はトリーシャと一体目を倒してから他のを叩く!」
「「「了解です!」」」
レッドキャップが三方向に分かれて接近してくる。三体同時に相手をするのは初だが問題ない。
ゴブリンやオークは複数同時に現れても連携をしない。個々に好き勝手に暴れているだけだ。
ゴブリンの上位種であるレッドキャップもそこらへんは同じでチームワークは皆無、それぞれ獲物と認識した相手に向かってくる。
『ギャギャギャギャッ!』
甲高く薄気味悪い声を発しながら岩場をレッドキャップが疾走してくる。手にはヤツらの得意武器である槍を装備している。
「トリーシャ、準備はいいか?」
『勿論よ。さっさと倒すわよ!』
俺は右手に武器化したトリーシャ――神刀神薙ぎを携え身体の周囲に風の障壁を発生させる。風の加護を受けて身体が軽くなる。
真っすぐに俺に向かってくる一体のレッドキャップに高速移動し一瞬で間合いに入ると、そいつは驚いて黄色い目を大きく見開いた。
『ギギギギギギギッ!!』
慌てて槍で全力の一突きをしてくるが、神薙ぎの刀身で穂先を受け流しカウンターの一太刀で敵を真っ二つに斬り裂いた。
「……おせーよ。ガーゴイルの方がその倍は速かった」
『並のレッドキャップじゃもう相手にならなくなったわね。次に行きましょう!』
一体目を始末して残り二体に向かうとアンジェ達が奮戦しているのが見える。二体のレッドキャップは攻撃しては距離を取るヒットアンドアウェイ戦法を行っている。
攻撃が凌がれ一旦距離を取った二体に異変が起きた。連中を白い霧のような物が包むと身体の表面が凍っていき動きが鈍くなったのだ。
「わたくしのダイヤモンドミストの範囲内に入ったからには、もうさっきまでのようには動けませんわよ。この森の第一層にいる巨大植物も凍らせる魔術ですもの。――止めはお任せしますわ!」
セレーネの氷の魔術によってスピードが低下したレッドキャップにアンジェとルシアが接近する。
二人は魔力で作り上げたシャドーブレードとフレイムソードによる同時攻撃で一体を十字に斬り裂き倒した。
残り一体が逃げようとする中、俺は敵の頭上に回り込んで急降下する。
「逃がすかっ! 風の闘技、参ノ型――月閃!!」
空中落下と同時に風の斬撃を敵に叩き込み、赤帽子をかぶった魔物は一瞬で細々とした肉片と化した。
この世界へ来る前の俺だったらこのスプラッターな状況に吐き気を催しただろうが、さすがにもう慣れていた。
魔物との戦いが生活の一部の冒険者にとってこのような光景は日常茶飯事だからだ。
「お見事です、アラタ様。トリーシャの力をかなり引き出せるようになりましたね」
「ありがとう、アンジェ。でも、まだ鎧闘衣にはなれないからね。もっと精進しないと……」
敵がいなくなったのを確認するとトリーシャが武器化を解いて、亜人族ルナールをモデルとした姿へと戻った。
彼女は両腕を胸を押し上げるように組んで「ふふん」と得意げな顔をしている。
「殊勝な事を言うじゃない。私の鎧闘衣は他のとはスピードが段違いだから結構扱いが難しいのよ。まっ、その心がけを忘れなければ大丈夫でしょ」
「このようにトリーシャもアラタ様に期待しているようですし、近々鎧闘衣を扱えるようになると思います。心配なさらなくても大丈夫です」
「なっ!? 私は別に期待なんてしてないわよ!」
トリーシャは顔を赤くして否定しているようだが、この反応は本音を言われた時のものだ。
生活を共にするようになって、トリーシャは案外分かり易い性格である事が分かった。
「――さてと、レッドキャップとの戦闘も慣れてきたし、そろそろ本格的に第三層に進もうか。この一週間でインベントリバッグ内の物もかなり消費したし、探索に割ける時間もあと数日が限度だからね」
「そうですね。帰りの事も考えると、探索が可能なのはあと三日というところでしょうか。せめて何か手がかりが見つかるといいんですけど……」
インベントリバッグを確認しながら話すルシアの表情は暗い。何でもいい、彼等に繋がる何かが見つかって欲しい。
全員がそう思いながら殺風景な岩場を進んでいった。




