十司祭の集会
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そこは暗く広い空間だった。その暗闇の中に一つまた一つと光の玉が出現し光源となって周囲を照らし出す。すると、この場所には十人の人物が立っていた。
その中で爽やかな笑みを浮かべる二十代の青年が口を開く。
「皆さんお久しぶりです。こうして会うのは数ヶ月ぶりですね。誰一人欠けることなく今回の集会に集まれた事を嬉しく思います」
「随分と白々しいことを言うじゃないか、ダンタリオ。『アビス』に所属する魔人――それも〝十司祭〟である僕たちが下等な生物にやられる訳が無いだろう。むしろ人間どもを殺し過ぎていないのか注意をされるのかと思ったよ」
「ガミジンの言う通りだな。人間や魔物という枠から進化した我々が連中に負ける事などありえん。――もしも、それを脅かす者が現れたのなら真っ先に俺とやらせて欲しいものだ」
「これだから、獣王族は嫌なのよ。頭の中も筋肉で出来ているんじゃないのかしら? 美しくないわね、アロケル」
「そう言うブネは最近どうなんですの? あたくしは〝ディープ〟を統べる者なので海の中で過ごしていますが、あなた確かヒューマが造った都市で生活しているのでしょう。息が詰まりませんこと?」
「そんな事はありませんよ、ウェパルさん。人の生み出した物は全てが叡智の結晶なのですから。だからこそ、彼等が住むこの『ソルシエル』を優しく正しい世界に変えなければならないんです」
「くかかかかかかか! どの口でそんな事を言うんだ、ブエル? 俺よりも多くの人間を殺しているお前が言うと冗談としか思えないぜ」
「……アスタロト、ワライカタ……キモイ……」
「この笑い方は自分でもどうしようもねーんだよ。気に入らないなら俺とやるか、キマリス? くかかかかかかかかか!」
「……みなさん相変わらずの様ですね。お元気そうで何よりです。今回の集会は私、ダンタリオが司会進行を務めさせていただきます。よろしいでしょうか、アスモダイ様?」
見た目は優男のダンタリオがその名を口にすると、今まで好き勝手に話をしていた者達が一斉に静まり返る。
彼等の視線の先には外見が四十歳前後のヒューマの男性が佇んでいた。
彼の眉目秀麗なその姿は妙な色気を持っており、異性のみならず同性の者にすら美しいと思わせる魅力があった。
「ああ、よろしく頼むよ。集会と言っても固く考える必要はないからね。自由に会話を楽しんでもらって構わないよ」
アスモダイの姿と声を目の当たりにしたウェパルは自身の魔術で作りだした水槽の中で魚類を思わせる下半身をバタバタ動かし興奮していた。
「はぁはぁはぁ……アスモダイ様、相変らずお美しい……今日こそ、あたくしと熱い夜を……!」
「陸上で熱い状況下に置かれたら、半魚人のあなたなんて一時間後には干物になっているんじゃないの?」
ワインレッドのロングヘアに琥珀色の瞳を持つ女性――ブネが皮肉を言うとウェパルが額に青筋を立てながら睨み付ける。
「生憎ですけどあたくし、陸上では下半身を人間のような二足歩行に変えられますので。あなたのようなシスコンをこじらせて魔人になったような〝ねんね〟と一緒にしないでいただける? 確かお姉さんの名前はセレ……何とかだったかしら?」
「……言ってくれるじゃない! 以前からあんたの喋り方は、あの姉と似ていてうんざりしていたのよ。十司祭の人数を今すぐ九人にしてやるわ」
〝ウェパル〟と〝ブネ〟が睨み合う中、十司祭の中で三人目の女性である〝ブエル〟が仲裁に入る。彼女は神官服に身を包み和やかな雰囲気を持つ女性だ。
「お二人共、仲間同士でいがみ合うのはよくありません。神も嘆いていますよ」
「何が神よ。私たちはこの世界を破壊する魔人の集まりなのよ。どちらかというと神に敵対する存在でしょ?」
「いいえ、そんな事はありません。神は全てを許し包み込む寛容さを持っておいでです。それに破壊から生み出される再生こそ、神が望まれる世界の在り方……それ故、神は我々『アビス』を祝福してくださります」
そんな女性たちのやり取りを少し離れた場所から見ているのは、ライオンのような頭部と鍛え抜かれた人型の肉体を持つ獣王族と呼ばれる亜人族の〝アロケル〟。
全身にドクロのアクセサリーを身に着ける十代後半の中性的な少年〝ガミジン〟。血のように赤い帽子、赤い軽鎧と仮面を着けている〝キマリス〟。
身体にフィットした全身黒ずくめのローブを纏っている〝アスタロト〟。
司会進行を引き受けていた〝ダンタリオ〟は、集会が結局単なるお喋りの場と化したため十司祭のリーダーである〝アスモダイ〟と今後の話をしていた。
その二人の近くには全身に白い鎧を纏った〝バアル〟がいた。彼は今回の集会が始まってから一言も言葉を発していなかったが、突然思い出したように話し出した。
「そう言えば、先日『レギネア大陸』の東方にある都市『ファルナス』付近のダンジョンにガーゴイルを派遣したのだが、ダンジョンブレイク発生後間もなくしてヤツは倒されたようだ」
フルフェイスの兜の下から聞こえて来るバアルの声を聞いて、他の十司祭は珍しいと思い彼の話に聞き入る。
その内容にキマリスが片言で信じられないと声を発した。
「ガーゴイル、ツヨイ。ヤツ、マケル、シンジラレナイ。……ダレガヤッタ?」
「あの都市の冒険者ギルドには『クロスレイド』と『ブラッドペイン』という二大クランがあったはず。双方のクランの主力冒険者はかなりの実力を持っていると聞いたことがあります。恐らく彼等と戦って倒されたのでは?」
「いや、それは違う」
ダンタリオが持っている情報から可能性の高い推測を述べると、バアルはそれを否定した。彼はその推測を覆す情報を既に手に入れていたのである。
「当時、『ブラッドペイン』の主力は遠征していて不在だった。『クロスレイド』の主力はダンジョンに入ってガーゴイルと交戦したようだが、老いたクランマスターと参謀では歯が立たなかった。――ガーゴイルを倒したのは四人のアルムスを従えるヒューマの少年だったらしい」
その話に全員が興味を抱き静まり返る。そして、アスモダイが合いの手を入れるのであった。
「ほう、それは興味深いね。バアル、君の事だ。当然その者たちの情報を手に入れているんだろう?」
「無論だ。その四人のアルムスとは、魔剣グランソラス、聖剣ブレイスキャリバー、神刀神薙ぎ、竜剣ドラグネス。――これを聞いてどう思う?」
「なん……だと!? あの忌まわしき四人のアルムスと一人の人間が同時契約を果たしたというのか!」
今まで紳士的な態度を貫いていたアスモダイが初めて見せる焦り顔は狂気を孕んでおり、他の十司祭のメンバーはこれがただ事ではないことを察した。
アスモダイは周囲の反応には目もくれずバアルに詳細を話すように問い詰め、バアルはこの状況を楽しむように続きを語る。
「それでそのヒューマの少年はどの程度彼女たちの力を引き出せるのだ?」
「俺が知り得た限りでは、戦いはガーゴイルが一方的に押していたようだ。だが最終的には、少年とグランソラスとの同調レベルが第二段階に移行し鎧闘衣を発動、ガーゴイルを圧倒したらしい」
「ははは! なーんだ、その程度なら全然問題ないレベルじゃないか。アスモダイが狼狽えるからつい身構えちゃったじゃないか。あー、アホらし」
ガミジンが緊張感なく言い捨てるとアスモダイは彼に鋭い目つきを向ける。
「ガミジン、お前は事の重大さが理解できていないようだな」
「はっ、どういう意味だよ?」
「魔人戦争で猛威を振るった彼女たちにはそれぞれマスターがいた。だが、此度は一人の人間がその四人と同時に契約をしている。……マスターとしての器が以前の連中とは桁違いだ。おまけに鎧闘衣が使用可能になった直後にガーゴイルを倒したということは、あの異常な鎧の能力を即座に引き出せたという証拠。これは驚異的な事なのだよ」
事の重大さを認識し彼らに緊張が走る。その中で一人余裕を見せる者がいた。全身に白い鎧を纏う男――バアルだ。
「随分とお前らしくないな、アスモダイ。自分で言っていて気が付かないか? これだけの器と能力を持った人間だ。この世界の者とは思えない。――つまりこの少年は、約束の地からゲートを経てやって来た異世界人の可能性が高い。それならばその者を成長させることでゲート開放の呼び水となるのではないか?」
「だから今は敢えて泳がせるということか。……まあいいだろう。仮にその力が実りの時を迎えたとしても我々には届くまい。確かに冷静さを欠いていた様だ、皆すまなかったな。――では、その異世界人と思わしき少年に関しては、しばらく様子を見る事としよう。その他、各ギルドや国に関して当面は今まで通りの対応とする。それでは、皆また会おう」
アスモダイが集会の終了を伝えると、この場から十司祭のメンバーが次々と姿を消していく。そのような中、一人だけ異世界人の少年への対応に不満を抱いている者がいた。
「異世界人……それに千年前に活躍した四人のアルムス……か。こんな面白そうな獲物を野放しにしておくだけなんて面白くないよね。くくくく……あはははははははははは!!」
全身にドクロのアクセサリーを身に着ける少年――ガミジンの無邪気さと狂気を伴った笑い声が木霊し彼もまた姿を消すのであった。




