アラタ家を買う②
そこは二階で最も広い部屋だった。その中にあってとてつもない存在感を主張する物体が置いてある。
――それを俺は知っていた。というか先日使った。
「こちら特注品のキングサイズベッドになります。大人が十人同時に乗ってやんちゃをしてもびくともしない特別な品です。浴室と同様に前の家主さんがこだわりにこだわり抜いた逸品だそうです。――どうですか、お客様?」
「どうと言われましても。うーん……」
さっきまで真面目に建物の説明をしてくれた建築ギルドのお姉さんがニヤリと笑いながら俺を見る。
こういう人を最近立て続けに見て来た気がする。
コンビニ店員、宿屋の女主人、そして今回のこのお姉さん。俺は何かをしようとすると周囲に冷やかされる呪いにでもかかっているのか?
それにしても先日泊まった宿屋でお世話になった――もとい、休ませてもらったベッドと同じ物がこんな所にあったとは。
この運命的な再会に戸惑っていると、背後から妙な視線を感じ急いで振り返る。そこにはアンジェとルシアが立っていた。
表情こそいつも通りだが、彼女たちの目は夜間戦闘モードになっている。
「アラタさん……自分は特に希望は無いって言っていたのに……やっぱり、コレをかなり気に入っていたんですね。使い心地最高でしたよね」
「アラタ様が家に求めるこだわりはこういう物だったのですね。さすがは私たちのマスター……目指すは酒池肉林ですか」
「いや……ちがっ、俺もこんな物があるなんて知らなかったんだ! ……二人共頬を赤らめないで!」
「はははは、皆さん仲が良くて結構結構。近隣住宅とも少し離れていますし、丁度良いではないですか。これが若さというものなのでしょうな、ははははははは!」
リクルートさんってこんな風に無邪気に笑うんだ。悪気はないのだろうが、そう言われると余計に意識してしまう。
キングサイズベッドから滲み出る妙な雰囲気を感じ取ったトリーシャとセレーネがジト目で俺を見ている。
「……そんな目で俺を見ないで」
「あなたはこれで何をするつもりなのよ? まさかいやらしい事じゃないでしょうね?」
「何だかこのベッドからは普通の物にはない異様なオーラを感じますわ」
「そんなの二人の思い過ごしでしょ。ベッドなんだからぐっすり眠るための物なんだよ。それ以外に何に使うのさ」
俺が言っている事は間違ってはいない。俺が先日これと同型で何をしたのか知られたら色々と面倒くさいことになる。黙っていた方がいいだろう。
「ふふふ、アラタ様ったら面白い事をいいますね。これは就寝のための物ではなく、夜のお戯れ用の物ではないですか。先日同じ物であんな事やこんな事をしたでしょう? 使用感が良かったと言っていたじゃないですか」
「ぶふっ!」
しらを切ろうとした直後にメイドが色々と暴露した。それによって事の真相を知った二人が顔を真っ赤にして俺を睨む。
「やっぱりいかがわしい事をしていやがりましたわ、この男! あんな事やこんな事やそんな事までなんて……。しかもそれを隠蔽しようとするなんて悪質ですわ」
「言っておきますけどね、私たちのマスターになったからって恋人になったわけじゃないんだからね。エッチな事をしようとしたらぶっ飛ばすわよ!」
真実を知られた以上、言い逃れは出来ない。本心を言って二人に落ち着いてもらうしかない。
「〝そんな事〟ってなんだよ……とにかく二人に黙っていたことは謝る。それとトリーシャが言うような勘違いはしていないから安心してくれ。俺も君達とどうこうしようなんて考えてないからさ」
トリーシャもセレーネも俺に気が無いことが分かれば安心するはずだ。
それに現状だけでも俺は十分に幸福なんだし、これ以上の幸せを望んだら本当に明日あたり死ぬかもしれない。
「それってつまり私には女としての魅力が無いっていうこと?」
「〝そんな事〟はしていないんですの? ま、まあ、わたくしもさすがにそこまではしていないと思っていましたわ」
一人で勝手に思い違いをしていたセレーネはこの際放っておくとして、トリーシャは何故か納得していない感じだ。
どうすれば収拾がつくんだこれ?
話が途中で変な方向に行ってしまったが、全員がこの家を気に入ったので購入の流れになった。
そうなると気になるのは購入費なのだが、この町に以前から住んでいるトリーシャによれば相場で数千万ゴールドはするだろうとの事だ。
家の中の家具類の分を含めると一億を超えている可能性だって十分にあり得る。
自分の人生でこんな桁違いに高い買い物は初めてなので緊張で心臓がバクバクいっている。
諸々の手続きの為にリクルートさんの支部長室に戻り告げられた金額に俺たちは大いに驚いた。
「一千万ゴールドになります」
「え……? 安すぎじゃないんですか?」
「そうですね。清掃費やリフォーム費、それに備え付けの家具の費用なども合わせると五千万ゴールドはするのですが、今回はリクルート支部長の口添えもありますし、皆様は先日のダンジョンブレイク沈静化に尽力し『ファルナス』を救っていただいた方々です。本当は無料で提供したいのですが、こちらも仕事ですので当ギルドから可能な限りの心付けと思っていただければ……申し訳ないです」
申し訳ないと言われたが、この条件に対してそう思う人間はいないだろう。これってつまり八割引きってことじゃないか。
スーパーの売れ残った惣菜でもここまで割引されることは無い。破格オブザ破格だ。
そうなると購入を渋る理由などあるはずもなく必要書類に記入を済ませ、全ての手続きが終了した。
一応ローンという選択肢もあったが、皆と相談し一括払いで購入した。
「――はい、これで手続きは全て完了しました。こちらが玄関の鍵になります。すぐに居住可能です。本日はありがとうございました」
建築ギルドの職員は帰り、俺たちの手元にはあの家の鍵が残った。
少し前までは狭いアパートに一人暮らしだった俺が、今や一国一城の主……まだ現実味が湧かないが、異世界に来たことに比べれば大したことはないだろう。
…………いやいやいや、やっぱり大したことあるわ!
だってあんなに大きい家に女性四人と同居だよ? ラブコメの主人公かよ。しかも、そのうち二人とは結構な関係になってしまっている。
これはもう漫画で言うなれば青年誌向きの展開なのではないだろうか。いやー、本当に色々と恵まれ過ぎていて何か怖い。
この状況に追いついていけない俺に対して、うちの女性四人は逞しかった。生活必需品の購入リストを既に書き出し始めていたのだ。
既に現実と向き合っておられる。
「私とセレーネちゃんの魔術を組み合わせればすぐに大量のお湯を作れます。皆で一緒にお風呂に入りましょうね」
「ちょっと、私は入らないわよ! いきなり混浴なんて……」
「わたくしもいきなり〝そんな事〟をするつもりはありませんわ。でも、一緒にお風呂に入るくらいならやぶさかではありませんわ」
「新居に到着したら、お風呂にしますか? それともお食事にしますか? それとも、二階奥の部屋に直行しますか?」
四人が楽しそうにしている姿を見て、家を購入して本当に良かったと思った。願わくば、この幸せな日々がずっと続いてほしい。
その一方でセレーネの言う〝そんな事〟がどういうものなのか少しだけ気になる。
「そう言えばちょっと気になったのですが、訊いてもいいですかトリーシャ?」
「何よ、アンジェ」
「皆でお風呂に入ろうという話の時に、アラタ様と一緒に入ることを前提で考えていたあたり割とその気になっているのではないですか?」
「――!? ちっ、違うわよ。私はただ、その――」
アンジェは「ふふっ」と笑うと俺の方へとやって来て、顔を赤く染めたトリーシャが後を追って来る。
二人でひそひそ話をしていたつもりなんだろうけど、皆に筒抜けだったのは言うまでもない。




