リシュウ・クロスレイド
現在俺がいる冒険者ギルド直営の医療施設は、まさに病院そのものだった。と言ってもあまり病院には行ったことが無いのであくまで雰囲気的な視点からだが。
建物は全体的に白い色で統一されていて清潔感がある。
ここで働いている職員の多くは初級の治癒術を使える女性の治癒術師たちで、ナース服に似た純白のユニフォームを着用している。
ユニフォームは割とぴっちりとした形状のためかスタイルが丸わかりで、下はロングスカートになっている。
俺は自他ともに認めるメイド萌えなのだが、ここに来てナース萌えの人々の気持ちが何となく分かるようになった。
向こうは仕事とは言え優しくされたら患者は嬉しく思ってしまうだろう。
ここは大怪我をして治療のため入院している冒険者ばかりで、そのほとんどが独身男性だ。
そのため優しく治療してくれる治癒術師のお姉さん達とお近づきになろうと頑張る連中が多い。
ちなみに俺はアンジェとセレーネが治癒術を使えるので、治癒術師のお姉さん達はほとんどやって来ない。たまに俺の体調を確認しに訪れるだけだ。
そこに少しだけ寂しさを感じるが、俺の傍には常にメイドコンビと元宿屋の看板娘、うっかり冒険者が目を光らせているので迂闊な行動は取れない。
療養中は基本暇なのでリシュウ爺さんの所へ遊びに行ってみると、部屋から怒号が聞こえて来た。
「あんたは毎回……何度言えば分かるんだい!! デリカシーのないジジイに成長しやがって、私は恥ずかしくって仕方がないよ!」
「そんな事言ったって、少し姉ちゃん達にスキンシップしただけじゃねえか。……あっ、ちょっと待って、首締まってるぅ。……マジ決まってるからぁ……花畑が見えるがらぁ」
部屋に行ってみると紫色のショートヘアのお姉さんが、リシュウ爺さんの首に両手を掛け持ち上げていた。
その見た目二十代の女性は爺さんのパートナーでアルムスのアシェンさんだ。マーサさんと同じく竹を割ったような性格の快活な女性だ。
そのアシェンさんが今まさに夫に手を掛けようとしていた。その近くにはコウガイさんとルルさんがいる。
ルルさんは見た目が小学生くらいの女の子で茶色い髪をサイドでお団子にしている。何でも孤児だったコウガイさんを育て上げたアルムスらしい。
血祭にあげられている爺さんを見て二人は慌てていた。
「アシェンさん、何やってんですか!? それじゃ爺さんが死んじゃいますよ!」
「ああっ!? 何だ、アラタかい。いいんだよ、こんなどすけべジジイはいっぺん死んで生まれ変わった方がちったあマシな人間になるんだよ」
アシェンさんは物凄く怒っており聞く耳を持たない状態だ。爺さんの顔は青くなっており、そこにコウガイさんが助け舟を出す。
「まあまあアシェン殿、落ち着いて。そろそろリシュウ殿が限界ですよ」
「何言ってんだい、コウガイ! もしもルルがどこぞの馬の骨ともわからない男に『お嬢ちゃん、いい尻してるから安産型だね。がははは!』とか言われて尻触られたら許せるのかい?」
「……許せませんね、どうぞ続けてください。リシュウ殿、申し訳ありません。来世でお会いしましょう」
あっ、コウガイさんが見切りをつけた。
「てめえ、コウガイッ! この裏切者ォォォォォ! 俺がマジで死んだら毎日枕元に立って一生睡眠妨害じてやるがらなっ! 覚えでろよっ!!」
息も絶え絶えの爺さんの復讐内容は意外にスケールが小さいものだった。でも寝ている時に毎回こんな強面の爺さんが出て来たら嫌だなぁ。
そう考えると結構キツイ呪いかもしれない。
「ったく、自分の死に際ぐらいもっとスケールのデカい事でも言ってみな!」
アシェンさんは大きく溜息をつくと爺さんから手を離した。爺さんは床に倒れ虫の息だ。ガーゴイル戦の時よりも確実に大ダメージを受けている。
「ぐほぁっ! はぁ……はぁ……あぁ~、今のはここ三年で一番ヤバかったぜ」
「それはつまり三年以上前にはもっと凄い修羅場があったってことか? ホント何やってんの、この爺さん」
しばらくするとさっき騒動があった事が嘘のように室内は穏やかな雰囲気になっていた。爺さんとアシェンさんは隣り合ってベッドサイドに座っている。
これが長年夫婦としてやってきた二人のなせる業ということか。切り替え早っ!
「そういや、お互い明日ここを出るんだったな。ようやくシャバの空気が吸えるってもんだぜ」
「そんな厳つい顔の爺さんが言うとマジもんに見えるから。でも驚いたよ、まさかリシュウ爺さんが『クロスレイド』のクランマスターだなんて。この街の冒険者ギルド所属のクランで最大規模なんでしょ? どうしてそんな大物が『試練の森』なんかに来たのさ」
あの時、爺さんは他の冒険者に紛れて来ていた。パートナーのアシェンさんと一緒ではあったが、クランの護衛は一人もいなかったのだ。
「表向きにはまだクランマスターだがよ、実際は息子が後を継いでやってくれているから基本的には暇なんだよ。そんな時にイビルプラントの知らせがあったんだ。商業ギルドの方で管理しているドラゴンに乗って行ったからあっという間に現地に着いて、森でウロウロしていたてめえらに会ったのさ」
「……言い方。俺はあの時あそこで修業中だったんだよ。意味も無く森の中にいたわけじゃないんだよ」
「それで修業が終わってマーサから、あのローブ――ダークブルーヴェルを貰ったわけか」
「マーサさんを知ってるの!?」
「マーサとその旦那は元々うちのクランに所属していたからな。中々腕の立つ冒険者でな、アシェンとも馬が合って仲が良かったんだ。そういうのもあって、あの時急いで『試練の森』に行ったんだよ。結局、お前等が倒した以外のイビルプラントは見つからなかったわけだが」
リシュウ爺さん達とマーサさんにそんな繋がりがあったなんて知らなかった。そう考えるとあの森で爺さんやアシェンさんと知り合ったのも不思議な縁を感じる。
「実はな『試練の森』でお前等と別れた後、俺等はマーサに会いに『聖剣の鞘』に行ったのよ。そしたら面白い小僧がいるって聞いてよ。よくよく話を聞いたらそれが森で会ったお前だった訳だ。――おもしれえ縁だと思わねえか?」
「俺もちょうど同じように思ってた」
リシュウ爺さんはニヤッと笑い、ある提案をしてきた。
「アラタよ、うちのクランに入らねえか? 既にガーゴイルとの戦いで、てめえや嬢ちゃん達にはでっけえ借りが出来たし、あの現場にいた連中もてめえらにうちに入って欲しいと言ってやがる。――どうだ?」
「俺たちが『クロスレイド』に?」
それはとても魅力的な話だ。何といっても『クロスレイド』は、この『ファルナス』で最も規模の大きいクランだ。
強力な後ろ盾ができるという点では、これ以上に魅力的な話はないだろう。
でも――。
「リシュウ爺さん、ありがとう。でも、その申し出は受けられないよ」
「ほう、それは何故だ? 何か理由があるんだろう?」
「俺たちが冒険者ギルドに登録したのには、アンジェ達のかつての契約者の足跡を辿るっていう目的があるんだ。だから、この街から遠く離れた場所に行く事も結構あると思う。『クロスレイド』のような規模の大きいクランに入れば、そんな勝手な行動は難しいと思うんだ」
爺さんが顎に手を置いて目を閉じる。何か色々と考えている様子だ。そして目を開けると俺を真っすぐに見つめ口を開いた。
「なるほどな。だから自由に動けるようにクランには入らないという訳だな。筋が通ってるじゃねえか。分かった、それならこの話は無しだ」
「爺さん、ごめんな。せっかく気を遣ってもらったのに」
「別に気なんか遣ってねえよ。単純に俺が気に入ったから誘っただけだ。それにうちのクランに所属しなくてもそこら辺は何も変わらねえよ。何か困ったことがあったら、うちのクランを頼れ。――お前等すでに『ブラッドペイン』とひと悶着起こしたんだろ? 言っておくが、あいつらはかなりねちっこいからな。金で問題が解決してもその後何かしら仕掛けて来る可能性が高い」
「ああ、やっぱりそういう連中なのか。――分かった、何かあったら爺さん達を頼らせてもらうよ」
「おおよ、待ってるぜ!」
爺さんと握手を交わすと俺は自分の部屋へと戻った。
まだ分からない事だらけの世界と街で不安は大きかったけれど、少しずつ誰かと繋がりが出来ていくことに俺は喜びを感じていた。




