意志の奇跡
ガーゴイルが常軌を逸した残酷な事を言い出した。こいつ本気か?
その時、俺の傍にいたトリーシャとセレーネがガーゴイルの方に走り出したので、ルシアと一緒に制止する。
二人の顔は悔しさで一杯になっていた。
「トリーシャ、セレーネ、今あいつに近づくのは危険だ!」
「そんなの分かってるわ! でも、このままじゃアシェンがやられる」
「そうですわ。鎧闘衣が解除されたらルルは捕まってコアを破壊されてしまいます。そうなったらいくらアルムスでも死んでしまいます」
『アシェン様はトリーシャと、ルル様はセレーネと製作者が同じなのです。それは言うなれば姉妹みたいなものなのです』
それで納得した。トリーシャもセレーネも殺されそうな家族を助けたいだけなんだ。
「……分かった。俺が時間を稼ぐから、その間に皆は爺さん達を連れて離れてくれ」
「そんな! そんな事をすればアラタさんは……」
ルシアが俺を止めようと手を伸ばすが、途中でその手を下ろす。それは状況的に爺さん達を助けるにはそれしかないと分かっているから。
そして、何を言っても俺を止める事は出来ないと分かっているから。
「ありがとう、ルシア。それじゃ、三人共頼んだよ。――アンジェ、悪いな俺に付き合ってくれ」
『私はあなたの剣です。何処までもお付き合い致します』
「ありがとう――それじゃ、行くぞ!」
ガーゴイルは両腕に魔力を込めて二体の鎧闘衣に止めを刺そうとしていた。
俺は全速力で疾走しながらグランソラスに魔力を集中させ、敵の懐に飛び込む。
『なっ!?』
「このまま爺さん達をやらせるものかっ! 白牙ァァァァァァ!!」
ガーゴイルの腹に白光の斬撃を直接食らわせ後退させる。その隙に鎧闘衣が解けた爺さん達をルシア達が連れて後退していく。
ルシアに担がれながら爺さんは息も絶え絶えに俺に言った。
「この……バカやろう共が……俺達を助けに来やがって……」
「悪いな、爺さん。やっぱり俺、爺さん達を残して逃げ出せなかったよ。せっかく時間を稼いでくれたのにごめんな」
『本当に……あなた方はバカばかりで呆れますねぇ!』
ガーゴイルが何事も無かったかのように立ち上がり、俺たちを罵り始める。
『私にしてみればあなた方は理解しがたい生き物です。自分の家族でもない、恋人でもない、そのような自分と全く関係の無い者のために命を危険に晒しているのですから。どうしてもっと賢く生きられないんですかね。全然理解できませんよ。自分の命が惜しくないんですか?』
「ガーゴイル……確かにお前が言うように自分の命は大切だよ。俺だって死にたくないし、それはリシュウ爺さん達だって同じだ。でも、それでも目の前で消えそうな命を黙って見過ごす事が出来ないんだよ。それが家族でなくても恋人でなくても。――お前の言う賢さが、消えそうな命を見過ごして自分の安全だけを守るものなら、俺はバカでいい、バカで十分だ。自分の気持ちに嘘をついて生きていったとしても、それは俺が望む生き方じゃない。俺は例えバカでも自分の気持ちに正直でありたいと思うんだ」
『アラタ様……』
『ふん……やはり理解できませんよ。自分の命と他人の命を天秤にかける事など私にはできません。命あっての物種ですから』
「そうだろうな。お前みたいな考え方もまた正しいのかもしれない。命に対する価値観は人それぞれだ。――でも、お前は魔人戦争のような大きな戦いを経験してもなお、仲間の命というものを全く考えていない。命の尊さ大切さをお前は理解していない。だから、お前は自分で自分を不幸に追いやっていったんだ。他の誰のせいでもない。お前の中にあるその歪みが原因なんだよ」
『私の中の歪み……だと? ふざけるなよ、生まれてからずっと虐げられてきた私の気持ちがお前に分かるものかっ!! 魔剣でも聖剣でもない単なる石ころ程度のアルムスであった私の惨めな気持ちが!!』
ガーゴイルは目を血走らせ、咆哮を上げながら俺に近づいてくる。自分のコンプレックスを全力で刺激されて激昂しているのがよく分かる。
「俺はお前じゃない。だから、お前を完全に理解する事なんて出来ない。でも、もしも俺がお前の立場だったらって考えてはみたさ。生まれながらに個人の能力に差があるのは当然だ。それはアルムスだけじゃなく、他の種族だって同じなんだよ」
『だから我慢しろというのか? 私は彼女たちとは違って日陰の存在だった。惨めなまま生きて行けというのか!!』
「お前は力を持ったアルムスとして生まれて沢山の魔物や魔人と最前線で戦いたかったのか? その辛さ、恐怖をお前は考えた事があるのか? この世に生まれたばかりのアンジェ達がどういう思いであの戦争を戦い抜いたのか、それをお前は少しでも考えた事があるのかよ。お前だけが不幸なんじゃない。皆それぞれ色んな思いを内に抱えて生きてんだ! 甘ったれんのもいい加減にしろよ、このクソ野郎!!」
『ふざ……けるな。ふざけるなよ、小僧!! 私が甘ったれだと!? 私を否定する者は全てぶち壊してやるぅ!!』
完全にブチ切れたガーゴイルが怒りに任せて拳を打ち込んで来る。怒りで攻撃が直線的になっているのを利用し、俺は仲間から離れるように回避していく。
もっとヤツを引き付ける。そしてもっと皆から離れるんだ。
その時、グランソラスのエナジストが紅い光を放ち始めた。それはまるで初めてグランソラスを手にした時のような眩い光だった。
『アラタ様……あなたが私のマスターである事を心から誇らしく思います。今、第二段階のアンロックが完了しました。――鎧闘衣が使用可能です』
「本当か!?」
『はい。鎧闘衣は強力な力を持つ反面、魔力消耗が激しい諸刃の剣のようなものです。魔力コントロールが難しいですが、あなたと私なら大丈夫だと判断します。――マスター、ご指示を!』
アンジェから熱い闘志が漲っているのが伝わって来る。その熱は心強く、俺の風前の灯火だった力を奮い立たせてくれた。
「よし! やってみよう、アンジェ。俺たち二人であいつを倒すぞ。――はあああああああああっ、イクシードォォォォォ! 来いっ、<マナ・オライオン>!!」
『了解。鎧闘衣――<マナ・オライオン>起動します』
グランソラスが黒いオーラとなって俺の身体を包み込んでいく。俺の身体とアンジェが一つに溶け合っていくような感覚が全身を駆け抜けていった。




