マナの鎧
爺さんとコウガイさん二人の意志を前に俺が言い淀んでいると、止めを邪魔されたガーゴイルが俺たちを睨みながら立ち上がった。
『いいところで邪魔をしてくれましたね。いいでしょう、その少年たちを消す前にあなた方を先に始末します。……そう言えば、あなた方は彼をすぐに逃がそうとしていましたね。どうやらあなた方も彼の力に気が付いているようだ。その洞察力も危険ですね。申し訳ありませんが、全員ここで仲良く散ってください』
「言ってくれるじゃねえか! そう簡単にやれると思うんじゃねえぞ。――アシェン、鎧闘衣を使うぞ!」
『あいよ。ったく、もう歳だってのに最後まで無茶するね。まぁ、あんたらしいよ』
リシュウの爺さんが武器の直刀に語りかけると快活な女性の声が聞こえた。あれは爺さんのパートナーのアシェンさんの声だ。
竹を割ったような性格のお姉さんだったが、彼女も覚悟を決めているようだ。
「それでは我々もやりますか、ルルさん」
『そうですね、コウガイちゃん。最後までお付き合いしますよ』
コウガイさんが手に持っている斧から女の子の声が聞こえた。
彼等全員が俺たちを逃がすために命を懸けてガーゴイルに立ち向かおうとしている。
「爺さん、どうしてそこまでしてくれるんだ。俺は爺さん達にとって知り合い程度の相手でしかない。それなのに命を懸けてまで戦うなんて……!」
「何バカ言ってんだ、てめえは? 目の前で悪党に殺されそうになっているヤツを助けるのに理由なんかいるのかよ。第一、それを言うならてめえも同じだろうが。自分には全く関係のないクランの連中を助ける為に危険を冒してまでここまで来たんだろ。――俺たちがやっている事に何の違いがある? 違わねえだろ!」
リシュウ爺さんは敵を正面に見据えたまま言った。そうだ、俺も爺さんもやっている事は同じなんだ。
爺さんとコウガイさんの二人が魔力を高め始めると、それぞれの武器のエナジストが光り出すのが見えた。
「エナジストがあんなに輝いている。一体何が始まるんだ?」
『アラタ様、よく見ていてください。今から彼等が行おうとしているのが鎧闘衣です』
アンジェが口にした鎧闘衣――それはアルムスと契約者が融合した形態だとトリーシャが言っていた。それが今から行われようとしている。
『リシュウ、こっちの準備は出来たよ』
「おうよ! 久しぶりだがやってやるぜ。――イクシード! <マナ・ヌエ>!!」
爺さんが「イクシード」と唱えると直刀が雷光の粒子となって爺さんの身体に溶け込み、その身体から電撃が放たれる。
リシュウ爺さんは電撃に包まれながら身長二メートルほどの、全身プロテクターのような鎧をまとった姿へと変身した。
両目は黄色い光を放ち、敵であるガーゴイルを睨んでいる。
その姿を見て俺は気が付いた。あれは人が鎧を着こんだとか、そういうレベルの話じゃない。
まるで鎧自体が意思を持って動いているような感じだ。ファンタジーに出て来るゴーレムのイメージに近い。
実際、あれはリシュウ爺さんの体格とは全く違う。爺さんはずんぐりむっくりしているが、あの鎧はどちらかというとスリムな感じだ。身長も全然違うし。
爺さんの変貌に戸惑う俺にアンジェが鎧闘衣について説明してくれた。武器化した彼女とは意識が繋がっている状態なので俺の考えは彼女にお見通しだ。
『鎧闘衣についてですが、概ねアラタ様の考え通りです。アルムスと契約者が融合し、強力な戦闘力を有した人工生命体へと変身します。それが鎧闘衣の正体です。身体を構成する骨格、筋肉、外骨格の全てが強固なマナで構成されていて、あらゆる生物を凌駕する力を発揮できます。鎧闘衣はアルムスの中でも私たち魔剣クラスに持たされた能力であり、対魔人用の切り札なのです』
「あれが鎧闘衣……まるで昔テレビで見た変身ヒーローみたいじゃないか」
鎧闘衣になったリシュウ爺さんに見入っているとその隣にもう一体の鎧闘衣が姿を現した。
爺さんが変身した<マナ・ヌエ>よりもマッチョな感じで如何にもパワータイプの戦士だ。両目が光り敵を睨んでいる。
『リシュウ殿、高齢での鎧闘衣は少々身体に悪いのでは?』
『年寄り扱いするんじゃねえよ。お前こそ<マナ・エレファント>になるのは久しぶりだろうが。すぐにへばるんじゃねえぞ!』
鎧闘衣に変身したリシュウ爺さんとコウガイさんは軽口を言い合うと、それぞれ直刀と斧を装備した。
ガーゴイルは鎧闘衣二体を目の前にして余裕の表情をしている。
『鎧闘衣が二体ですか。普通に考えれば驚異ですが……さて、どうでしょうかね』
対峙する三人が同時に動き出す。驚異的なパワーとスピードを持つガーゴイルに対し、<マナ・ヌエ>は猛スピードで圧倒する。
電撃を纏った直刀でガーゴイルの鋼の双腕と互角に斬り結んでいる。刀と打撃の応酬が繰り広げられる中、競り合いに勝ったのは<マナ・ヌエ>の方だった。
ガーゴイルの身体に雷光の斬撃を浴びせ麻痺させると、コウガイさんが変身した<マナ・エレファント>が強大な魔力を集中させた斧の一撃をぶちかました。
身体を損傷し地面を転がって行くガーゴイルを追撃するべく二体の鎧闘衣が猛スピードで駆け抜けていく。
さっきまで俺がやっていた戦いとは全てのレベルが段違いだった。
「凄い……これが魔人と鎧闘衣の戦いなのか」
『その通りです。魔人戦争の後期は今のガーゴイルのように自らを強化する能力を持った魔人が現れるようになり、それと対等に戦えるのは鎧闘衣だけでした。このような戦いがあの戦争の終盤では日常的に繰り広げられていたのです』
これがアンジェ達が経験してきた戦い。俺が今までやってきたものとはレベルが違う。俺に出来るのだろうか、あのようなとんでもない戦いが。
『ぬおおおおおおおおおっ!!』
『コウガイちゃん、パワーダウンしてるわ。このままじゃ――』
さっきまで優勢だった<マナ・エレファント>と<マナ・ヌエ>が次第に押され始めた。
パワーもスピードも今やガーゴイルの方が上回っていて、二人が連携をしても攻撃が通らなくなっている。
『リシュウ、何やってんのさ!!』
『分かってる! くそっ、まさかここまで弱体化しているとはな。歳は取りたかねえな!!』
『その言葉、私にとっちゃ皮肉以外のなにもんでもないよ!』
<マナ・ヌエ>からリシュウ爺さんとアシェンさんの声が交互に聞こえて来る。その攻撃は躱されカウンターを食らって地面に落下した。
一方の<マナ・エレファント>はガーゴイルの双腕から繰り出される連続パンチをもろに受けて膝を折り、頭部を掴まれ地面に叩き付けられる。
『ぐおぁっ!!』
『きゃああああああっ!! コウガイちゃん、もうこれ以上は持たないよ』
地面に倒れ屈服した二体の鎧闘衣を見下ろすガーゴイルは心底満足そうに目を細める。起き上がろうとする<マナ・ヌエ>の頭部を足で地面に叩き付け、その衝撃で地面に亀裂が発生する。
『ダメじゃないですか、起き上がろうとしちゃ。それにしても滑稽ですね。鎧闘衣の維持は魔力をかなり消耗しますが、それにしてもあなた方のパワー切れは早すぎる。――〝老い〟とは悲しいですね』
『くっ、この野郎!』
『ふふふ、このまま頭を踏みつぶしてもいいんですが……そうだ、面白い事を思いつきましたよ。鎧闘衣が解けた後、アルムスの方を先に始末します。身体からコアであるエナジストを引きずり出して契約者の目の前で握り潰すというのはどうでしょうか?』




