魔人の底力
『最後は魔剣グランソラスですか! いいですねぇ、敵味方から恐れられた孤高の魔女を滅茶苦茶にできると思うと高鳴りますよぉぉぉぉぉぉ!!』
「孤高の魔女だって?」
『そうです。今でも覚えていますよ。、敵を徹底的に斬り刻み返り血を浴びたあの姿。そして屍となった敵を見下ろす氷のような冷たい目。あれはまさに命を刈り取る死の女神そのものといった感じでしたよ』
ガーゴイルが興奮気味にアンジェの過去を話していると、当の本人から凄まじい怒りが込み上げてくるのを感じた。
『……ガーゴイル、他人の過去を面白おかしく話すのは感心しませんね。あなたが魔人に堕ちたのは、その性悪さ故ではないのですか?』
『否定はしませんよ。それにしてもあなたも随分変わりましたね。私の記憶が正しければ、あなたはそのような話し方ではなかったはず。確かもっと男性のような口調だったと思いましたが、今のそれは何の冗談ですか? 恰好もメイド服を着ていて雰囲気も全然違いますし、以前のあなたからすれば考えられない事です』
二人の会話の内容が気になったが、俺はガーゴイルの拳を受け流すので精一杯だ。しかし、この戦いの中で段々とヤツのパワーやスピードに慣れてきた。
それに四人の中で最も攻撃、防御、スピードのバランスが取れているグランソラスなら柔軟にガーゴイルの攻撃に対応できる。
敵の正拳突きを斬り払い懐に入り込んで肘打ちを食らわせ動きを鈍らせると全力の袈裟懸けを浴びせる。
その時、今までには無かった確かな手応えを感じた。
ガーゴイルを斬った場所から黒い液体が噴き出す。もしかしてこれがヤツの血液なのか?
『なん……だと!?』
目の前にいるガーゴイルの黄色い目が驚きで見開かれる。
「いける! これならっ!!」
距離を取ろうとするガーゴイルに肉薄しヤツの身体の至る所に斬撃を浴びせていく。
硬質化している両腕でガードをしてくるが、その防御を斬り崩し容赦なくぶった斬る。
黒い血液が飛び散る中、刀身に闇のオーラを纏わせ接近する。
「これでぶっ潰す! 闇の闘技――無影斬ッ!!」
高密度の闇の斬撃を直接ガーゴイルに叩き込むと黒い斬撃波にヤツは飲み込まれていった。地面には大きな斬撃の痕が残り土煙が舞い上がる。
しばらくして土煙が風に流されて消えると、そこには身体中から血を流す灰色の魔人が立っていた。
『……まさかこの私がここまで追い込まれるとは思いもしませんでしたよ。ハイアルムスとの同調率がまだ第一段階にも関わらずこれほどの力とは。やはりあなたはここで始末しなければなりませんね』
『負け惜しみのつもりですか? 既にあなたは戦闘不能のように見えますが』
俺もアンジェもそれに他の皆も同じように思っている。ガーゴイルは既に満身創痍だ。もう一撃技を当てれば倒せるはずだ。
その時ボロボロのはずの灰色の魔人はニタリと大きく笑った。その不気味な笑みに背筋が寒くなる。
『ふはははははははは!! 幾度となく魔人と戦ったあなたがそんな事を言うとはね。平和ボケもいいところですよ。――どうやら魔人の真の恐ろしさをあなた方はお忘れの様だ。だから思い出させてあげますよ。千年前に世界中を震撼させた怪物の真の力をね!』
『なっ、……まさか! マスター、早くあいつに止めを!!』
アンジェがいつになく狼狽えている。まだ、ガーゴイルに戦いを続けるだけの力が残っているのか。
急いでグランソラスに魔力を込めて斬撃波を放つ。それがガーゴイルに当たる寸前、バリアのようなものが展開され霧散した。
『惜しかったですねぇ。もうちょっと対応が早ければやられていたところです。――それでは最終ラウンドといきましょうか!』
ガーゴイルから今までに感じたことの無い強力な魔力が放出されると、その灰色のボディは瞬く間に完全に修復された。
さらに身体が二回りほど大きくなり、細長かった姿はマッシブなものへと変貌する。
その姿を一目見ただけで、さっきまでとは段違いのパワーアップを果たしている事が分かる。あいつから溢れだす魔力の質がずっと凶暴なものになっていた。
「こっちは力をほとんど使い切ったのに、ヤツはさらに強くなったのか。これが魔人の力……」
『アラタ様、申し訳ありませんでした。魔人には戦闘に特化した形態がある事を失念していました。私の……ミスです』
「アンジェのせいじゃないよ。君たちの力を引き出せない俺の未熟さが一番の原因だ。ここまで力の差があるなんて。甘く見ていたわけじゃないけど、世の中は本当にとんでもないヤツがいるんだな」
身体がデカくなったガーゴイルが俺の目の前までゆっくりと歩いてきた。その巨体によってできた影が俺をすっぽりと覆う。
俺の傍にはルシア、トリーシャ、セレーネが寄り添って来て敵を睨み上げている。
『本当に私はついていましたよ。こんな危険人物を早い段階で発見し始末出来たのですから。もしもあと一ケ月でも見つけるのが遅れていたら非常に面倒くさい状況になっていたかもしれません。呪うのなら自分たちの運の悪さを呪ってくださ――』
ガーゴイルが勝利宣言をして腕を振り下ろそうとした瞬間、二人の魔闘士の攻撃がヤツを殴り飛ばした。
その二人はリシュウの爺さんとコウガイさんだ。この辺りに溢れかえっていた魔物のほとんどは倒され、残りは『クロスレイド』の他の冒険者たちが応戦していた。
「てめえら、よくここまで持ちこたえたな。大したもんじゃねえか。後は俺たちに任せて今度こそ逃げやがれ。出来るだけ速く出来るだけ遠くにな!」
「アラタ殿、あなた方は恐らく此度の魔人との戦における希望と成り得る存在。こんな所で死なすわけにはいきません。お早く」
「で、でも――」
リシュウの爺さんもコウガイさんも戦いが始まった時と同じ目をしていた。死を覚悟した戦士の目だ。




