マナギアの気配
後方にそびえ立つ大木に衝突する直前、トリーシャが受け止めてくれたお陰で俺は難を逃れた。
歪む視界の中でアンジェとルシアがガーゴイルと戦っているのが見える。
「セレーネ、早くアラタに治癒術を!」
『既にやっていますわ!』
身体に温かい光が広がっていくと痛みと傷が癒えていく。ぼやけていた意識と視界もはっきりし身体に力が戻った。
「ありがとう二人共、お陰で助かったよ」
「礼を言うのはまだ早いわよ。このままじゃ確実に全滅するわ。今はアンジェとルシアが何とか抑えているけど長くは持たない。それに『クロスレイド』は大量の魔物の相手をしていて援護は期待できない。私たちだけで何とかするしかないわ!」
『さっき攻撃をして分かったのですが、ガーゴイルは外皮だけでなく筋肉や骨格に至るまで全てが強固なマナ構造体になっていますわ』
「それって……鎧闘衣と同じってこと!?」
『わたくしの分析ではそういう結論に至っています。魔人化した際に彼が望むアルムスの力――鎧闘衣に近い能力が付与されたとしか思えませんわ』
二人がさっきから話している鎧闘衣とは一体なんだろうか? 鎧みたいな物なのだろうか。
「鎧闘衣って一体?」
「緊急事態だから詳しい説明は省くけど、言うなればアルムスと契約者が融合した最強形態みたいなものよ。それを使用するには同調率が第二段階にいかなければならないし、使用できるようになっても扱いが難しくてすぐに実戦では使えない代物よ」
「そうか……その説明だけで十分だ。とにかく今の俺にはどうしようもないってことか」
今の俺とアンジェ達の同調率はまだ第一段階だ。だから、その鎧闘衣とかいう力は使用出来ない。
ない物ねだりをしても仕方がないし、今は持てる力を最大限振り絞って戦うしかない。
「ガーゴイルは動きが速い上に防御力も高い。遠距離重視のドラグネスじゃ分が悪いか。――トリーシャ、いけそうか?」
「問題ないわ。私ならあいつの動きにも付いていけると思う」
「よし! セレーネは治癒術で支援を頼む。マテリアライズチェンジ――神刀神薙ぎ!」
セレーネは人の姿へと戻り、入れ替わるようにしてトリーシャが武器化する。俺は大木を蹴った反動を利用してガーゴイル目がけて一気に加速する。
『ヤツには魔術による攻撃は効果が薄いわ。接近して直接斬撃を叩き込めばダメージが通るはずよ!』
「分かった。まずはヤツに食らいつく!」
ガーゴイルを抑えているアンジェとルシアは既にボロボロの状態だ。このままじゃ二人がやられる。
『いくらハイアルムスと言っても武器化しなければこの程度ですか。少々興ざめですね!』
「元アルムスのあなたがその言葉を使うんですか!」
ハイアルムスという言葉はアルムス達にとって同胞を差別する言葉であり好まれていない表現だ。
ルシアはその言葉を用いるガーゴイルに憤りを覚えていた。
炎の魔力で作ったフレイムソードで怒りを込めた斬撃を浴びせるが、そのことごとくをガーゴイルは受け止め無力化している。
「ガーゴイル、あなたは既に我々とは違う存在へと堕ちたようですね」
ルシアの攻撃を受け止めるガーゴイルの背部にアンジェが回り込み、闇魔術デスサイズで思い切り斬りつける。
息の合った二人のコンビネーションが敵に炸裂した。あれを受けたらさすがのガーゴイルも無事では済まないはず。
『堕ちる? その表現は間違っています。私はね――進化したんですよ!!』
「「きゃああああああああっ!!」」
ガーゴイルが魔力を放出し近くにいたアンジェとルシアを吹き飛ばした。無防備になった所に追撃を入れられたら終わりだ。
「アンジェ! ルシア! ……この野郎、よくもやってくれたな!! トリーシャ、このままガーゴイルに突っ込むぞ!!」
『分かったわ。リアクター最大出力、いつでもいけるわよ!』
「了解! まずはこれでいく。風の闘技、弐ノ型――穿空!!」
魔力を放出した直後で隙だらけのガーゴイル目がけて猛スピードで突撃する。神薙ぎの刀身に込めた風の魔力を刺突攻撃として放ちヤツの胸に直撃した。
『ぐふっ!!』
攻撃を受けたガーゴイルが後ずさりする。俺はその隙を逃さず追撃に入った。
「これも食らいなっ! 壱ノ型――疾風ッ!!」
風を纏わせた連続斬りを灰色の身体に何度も浴びせていく。敵に反撃する暇を与えずひたすら斬り続ける。
『ぬおおおおっ!?』
「まだだっ! これで駄目押しだ、白零・腕ァァァァァ!!」
左腕に光系統の魔力を込めてガーゴイルの顔面をぶん殴った。ヤツは上体をのけ反らせながら後ずさりする。
だが、俺は分かってしまった。ヤツに拳を打ち込んだ時の手応えでほとんどダメージを与えられていない事が分かったのだ。
「く……ちくしょう……!」
『ふ……ふふ……今のは少々痛かったですよ。この私に痛覚を与えるとは予想以上の力です。それに、面白いものが見れましたよ』
ガーゴイルはゆっくり上半身を起こすと、わざとらしく自分の頬を撫で労わる仕草を見せつける。
「面白いものだと?」
『ええ、そうですよ。いえね、最初から気になっていたんですよ。四人のハイアルムスと一緒に来たのは一人のヒューマだけ。かつては彼女たち一人につきマスターが一名だったのに不自然でしょう? だから確かめたかったんですよ。このヒューマの少年が彼女たち四人と同時契約をしているんじゃないかとね。そして、現にあなたは竜剣ドラグネスに続いて神刀神薙ぎと同調して見せた。この分だと聖剣ブレイズキャリバーと魔剣グランソラスとも契約している可能性が高い。ならば――』
「だったら何だっていうんだ!」
ガーゴイルは黄色い目を血走らせて俺を睨んだ。それはさっきまで俺たちに向けていた嘲笑のものではなく焦りと興奮が同居したものだった。
『その力が育つ前に確実にこの場で抹殺しなければなりません! あの四人と同時契約する器であればどれだけの潜在能力を持っているのか未知数。非常に危険な存在なのですよ、あなたはっ!!』
大声を上げながらガーゴイルが俺に向けて飛び込んで来た。トリーシャの風の加護のお陰で今度はヤツの動きに反応出来る。
ガーゴイルの両腕が硬質化し連続で繰り出され、俺は神薙ぎの刀身でそれを受け流すのであった。




