深淵よりの宣戦布告
『だから魔人になったと言うんですの? 自身のマスターと共に歩むのが、わたくし達アルムスの存在意義のはずですわ』
『それはあなた方のように力を持って生まれたアルムスだけに通じる話ですよ。かつての私のようなゴミは、マスターから存在を否定されながらも仕え続けなければならないんです。『お前は使えない。お前はゴミだ』と罵られながらね。それはもう、地獄の日々でしたよ。そして私は思ったんです。――どうしてアルムス等という種として生まれたのか、どうして自分はこんなに弱いのか、どうしてこんなクズに仕えなければならないのか、どうしてこの世界で下を見ながら生きなければならないのか。そんな疑問を考えている間に一つの結論に至ったのです。こんな世界もそこに生きる生命も全て壊してしまえばいいと。そして私は魔人へと進化したのです!』
「アルムスは魔人や魔物と戦うために生み出されたのに魔人になるなんて事があるのか?」
「十分あり得ます。世界に生きる生命体全てが魔人になる可能性がありますから。魔人戦争時に存在した魔人も元はヒューマ、亜人族、魔物――その出自は様々でした。魔人になることで知性と強力な力、そして残虐性がもたらされるのです。それにより生み出される悲劇は凄惨なものでした」
アンジェ達が戦っていたのはそんなとんでもない相手だったのか。彼女たちとシンクロした時に垣間見たあの怪物の中には元人間もいたなんて――。
「そんな……マジかよ」
俺は魔人というものをちゃんと理解していなかった。魔物がさらに凶暴化して暴れまわるようなものだとばかり思っていた。
こんな明確な知性と殺意を持っているなんて思ってもみなかった。
『他の魔人も私と同じように何かしらの憎しみを抱き魔人となったのです』
「それはつまり、あなたは他の魔人と行動を共にしているということですか?」
アンジェがガーゴイルに探りを入れる。その意図を理解した灰色の魔人はニタリと妖しい笑みを浮かべていた。
『その通りです。今回私がこのダンジョンブレイクを起こしたのは言わば宣戦布告というか、我々の組織〝『アビス』〟の存在を世に知らしめるためだったのですよ。『アビス』は大勢の魔人により構成された組織です。魔人戦争を経験したあなた方ならこの意味が分かりますよね?』
アンジェ、ルシア、トリーシャの顔が見る見る青くなっていく。俺の手の中にいるセレーネからは絶望感が広がっていくのが分かった。
「皆、大丈夫か? ガーゴイルが言ったのはどういう意味なんだ?」
ルシアが皆を代表して敵の発言の意味を教えてくれる。それはまさに絶望の二文字に相応しいものだった。
「魔人戦争の序盤から中盤、魔人は個別に破壊活動をしていました。そのため私たちは各個撃破していくことが出来たんです。でも、終盤になると魔人は徒党を組んで対抗するようになりました。それからは彼等を倒すことも難しくなり味方の被害が増えるようになっていったんです。それでも魔人の数は終盤にはかなり減っていたので、私たちは何とか勝利することが出来ました。――でも、あの時序盤から魔人が組織的な行動をしていたら私たちは勝てなかったと思います。今活動を始めている魔人たちは既にそんな組織を作っているんです」
「……そう言う事か。今の魔人たちは千年前よりも倒しにくい環境を整えているって事なんだな」
「倒しにくいとかそう言う問題じゃないわ。当時、全ての国が同盟を結んで魔人と戦った結果がそれだったのよ。今はそんな同盟軍はないし、それどころか魔人そっちのけで国同士が争っている状況よ。――このままじゃ確実に魔人に滅ぼされるわ」
トリーシャがルシアの説明に絶望的な情報を追加した。このままでは俺たちはガーゴイルやその仲間たちに蹂躙される。
『理解していただけたようですね。それと今更『ファルナス』に戻っても無駄ですよ。あなた方を全滅させた後、私は『ファルナス』を破壊する予定ですから。メッセンジャーとして少数の生存者を残す予定ですがね。新たな魔人の軍勢である『アビス』を世界に知らしめ人間どもが恐怖する。わくわくしますねぇ』
「そうかよ。それじゃ俺たちがここで逃げても無駄って事だよな。――それなら、ここでヤツを倒すしかない。アンジェ、ルシア、トリーシャ、セレーネ……やるぞ!!」
「「「はい!」」」
『やっぱりやるしかなさそうですわね』
俺たちが戦いの意志を固めるとガーゴイルは鋭い爪を有した手を開いたり閉じたりしながら薄ら笑みを浮かべていた。
そこには自分の勝利は揺るがないという余裕が見て取れる。
「出し惜しみは無しだ! 遠距離から最大火力で叩く。アイシクルビット……射出!!」
『ブレードパージ完了、敵との距離算出、各セグメント待機位置固定完了!』
アイシクルビットをガーゴイルを包囲するように配置する。その間ヤツは全く動かずにこちらの様子を見ているだけだった。
それが逆に不気味だ。だが、この配置なら逃げ切る事は不可能なはず。
「これで決めるっ! アイシクルビット一斉斬撃ッ!!」
『攻撃開始しますわ!!』
七つの氷刃が一斉にガーゴイルに向かって行く。回避する隙間は無い。確実に当たる。そう思っていた矢先それは起こった。
『残念でしたねぇ。私の身体は強固な金属のようなものでして、この程度の氷の刃は通りませんよ』
ガーゴイルの身体に当たると同時にアイシクルビットはパリンと乾いた音を立てて次々と割れていった。
七枚の氷刃全てが壊れるとガーゴイルは翼を広げる。そして移動を開始したかと思った次の瞬間、ヤツは俺の目の前にいた。
「はやっ――!」
『これはお返しですよ』
腹に凄まじい衝撃を感じるとそれは一瞬で全身に伝わり激痛となって俺を襲う。口の中に鉄の味が広がり吐き出すと真っ赤な液体が地面に流れ落ちた。
「がはっ!!」
『おやおや、手加減したはずなのですがこれはいいのを頂きましたね』
吐き出した液体の一部がガーゴイルの身体に付着する。その灰色のボディが赤くなったのを見て俺が吐き出したのは血液だったという事に初めて気が付いた。
俺の腹にはガーゴイルの拳が深くめり込んでいた。
魔力を通したローブは物理攻撃にも魔力攻撃にも高い防御力を発揮するはずなのに、それでもこのダメージ。
ローブが無かったら今ので確実にやられていた。
『ふひひ、良い表情ですね。その驚きに満ちた表情――何度見ても堪りません!』
腹にめり込んだガーゴイルの拳に回転が加えられ、そのまま俺を後方に吹き飛ばす。俺は痛みで全身が麻痺していて身体が上手く動かせなかった。




