ちょろい氷竜の力
アンジェの時代を感じさせる発言にツッコみを入れると俺たちは『ニーベルンゲン大森林』に向かった。
そこは『ファルナス』の北門を出て北に真っすぐ進んだところに位置している大型のダンジョンだ。
宿場町『マリク』付近にあった『試練の森』よりも数倍広い規模を持つこのダンジョンは、以前と同様に森というカテゴリーではあるが内部は別物だ。
『試練の森』は普通の森に魔物が多く生息している場所であったが、『ニーベルンゲン大森林』はあらゆる植物が巨大化した不思議な場所だった。
「まるで自分が小さくなったみたいな錯覚に陥るな。葉っぱが人間よりも大きいなんて面白い所だね」
「面白がっていると酷い目に遭うわよ。この森は見ての通り植物が異常発達した場所なの。その中には動物を襲う植物だっているわ。――そいつらの獲物にはもちろん人間も含まれる」
トリーシャが周囲に警戒しながら進んで行く。この森に何回も来たことのある彼女に案内役を頼み俺たちは『クロスレイド』の後を追って森の奥に向かって行った。
巨大な植物が常に密集した風景を見て俺はここでの戦い方を考えていた。
「この森は想像以上に植物が密集しているな。ここではルシアの炎は使えないな。確実に森林火災を引き起こす」
「そうですね。イビルプラントとの戦いでは開けた場所だったので問題ありませんでしたけど、ここではそういうわけにはいきませんね。今回私はバックアップに回ります」
「それで頼むよ。――という訳で、今回メインはセレーネでいこうと思う。それでいいかな?」
俺がセレーネを指名すると皆の視線が彼女に集中する。だが彼女は振り返るとこう言った。
「お断りしますわ!」
「ええっ、なんで!?」
「『なんで』ですって!? あなたがわたくしにした仕打ちを忘れたんですの!」
そこで俺はセレーネとの過去のやり取りを思い出した。思わぬ契約、余裕の無い状況、すぐに武器化解除した後の彼女のギャン泣き。
「あっ……」
「どうやら思い出したようですわね。あんな辱めを受けたのは生まれて初めてですわ。そんなあなたに協力するつもりは毛頭ありませんわ」
「あの時は俺も余裕が無かったんだ、ごめん」
頭を下げてセレーネに謝ると彼女は胸の前で腕を組んで顔を逸らす。それでも俺をちらちら見ているようだ。
「なっ……謝って済むのなら冒険者はいりませんわ。ぜ、絶対に許すつもりはありません!」
口ではそう言ってはいるが、やはり俺の動向を窺っている様子だ。セレーネの性格を考えて誘導すればいけるかもしれない。
「……そうか、分かったよ。確かに君には酷い事をした。今後セレーネには頼らず皆でやっていくよ。でも凄く残念だ。君の力ならこのメンバーの中で一番上手く森の中で立ち回れると思ったんだけどな。残念で仕方がないよ……」
手で自分の目線を隠しながら非常に残念そうな感じを強調する。
指の隙間からセレーネの反応を観察していると、そっぽを向いていた彼女のエルフ耳がぴくっと反応した。よーしよしよし、餌に反応したぞ。
「わたくしがこの中で一番……それはどういう事ですの?」
俺の話に興味を持ったようだ。餌に食いついたな。
「さっきも話した通り、この森では炎系は被害が拡大するからおいそれと使えない。でも氷系統の能力ならデメリット無しに植物系魔物に大ダメージを与えられると思うんだ」
「…………」
セレーネの耳がさらにぴくぴく動いている。既に俺から顔を背けるという行為さえ忘れて興味津々のご様子。もう少しでいけそうだ。
「ここ以外にも森のダンジョンはたくさんあるし、セレーネの活躍の場は多かったと思うんだけど……非常に残念だ。でもそれも仕方がないよね。全ては俺のせいなんだから。今後俺たちはエース無しで頑張っていくしかないよね。あー、残念無念!!」
「エース……わたくしがエース……活躍の場がいっぱい……分かりましたわ! そこまで言うのならこの竜剣ドラグネスの力、貸してあげてもいいですわ!!」
釣れたっ!! ドラゴンが釣れたぞ。しかもノーミスワンチャンでいけてしまった。そのあまりのちょろさに逆に心配になってきた。
俺と同じ事を思ったのだろう。アンジェ、ルシア、トリーシャの三人は複雑な表情を浮かべている。
「ここまでちょろいと呆れを通りこして感動すら覚えますね。根が素直すぎる故なのでしょうが、この先悪い人に騙されないか心配です」
メイド仲間であるアンジェが割と本気で心配している。このクールメイドにそこまで言わせるのだからセレーネのちょろさは相当なものだ。
セレーネの今後を心配していると周囲に殺気を感じた。明らかな敵意が俺たちに向かって来る。
巨大な草木の向こうから出現したのは、大型犬ぐらいの大きさはある蜂の魔物だ。それが五匹向かってくる。
「あれはポイズンビーです! 尻尾の毒針は非常に危険です」
ルシアの注意喚起によって素早く警戒態勢を取る。その時何処からともなく現れた植物の触手がポイズンビー達に絡みつき動きを止めた。
その触手の根本には巨大なハエトリグサのような植物がいた。二枚の葉がくっ付いて口のようになっており、触手で捕まえたポイズンビーをその中に放り込むと咀嚼を開始する。
「ポイズンビーを食った!?」
「あれはフライトラップという植物系の魔物です。ああして触手で捉えた獲物を葉に似せた口の中に入れて食べてしまいます。あのまま気付かずに近づいていたら私たちも同じ目に遭うところでした」
早くもこのダンジョンの恐ろしさを目の当たりにして背筋が寒くなる。気を抜けば一瞬で全滅してしまう。こうなればやられる前にやるしかない。
「セレーネ、早速力を貸してもらうよ!」
「了解ですわ。こちらの準備は既に出来ています。バッチ来いですわ!」
「……野球やってた?」
セレーネはやる気に満ちている様子だ。少し乗せ過ぎた感が否めないが気合いがあるのは良い事だろう。
「それじゃいくよ。マテリアライズ――竜剣ドラグネス!!」
「はうっ!」
お互いの魔力がシンクロし、その刺激でセレーネが甲高い声を上げる。
水の渦となったセレーネに手を伸ばすと彼女は七支刀の如き剣となり、たちまち氷の刃によって構成された大剣へと変貌した。
ドラグネスを手に取り魔力を流し込むと氷の刃から周囲に冷気が放たれ、目の前に大量出現している触手を凍らせていく。
「やった! 思った通りだ。セレーネの氷の魔力は植物系の魔物に有効だ」
『本当ですわ! 以前こういう相手はルシアがしていたので気が付きませんでしたわ』
「ルシアの炎じゃ周りも燃えてしまうのでは?」
『ですから火の手を消すためにわたくしが奔走していたのですわ』
その時の状況が目に浮かぶ。きっとドタバタしていたんだろうなぁ。
それはともかく、今目の前にはハエトリグサの怪物が視界を埋め尽くすほどに沢山いる。まとめて叩き潰してやる。
「セレーネ、一気に決めるよ!」
『了解ですわ!』
ドラグネスに魔力を集中して斬撃と共に広範囲に氷の波動を放つ。
「これで決めるっ! 氷の闘技――氷竜波ァァァァァァッ!!」
氷の波動の範囲内にいたフライトラップは触手も本体も含め全てが凍りついていった。動きを停止した敵の群れをドラグネスで斬り壊して進んで行く。




