冒険者になりました
宿屋に戻ると部屋のど真ん中には巨大なベッドが鎮座していた。こんな大きいベッドは生まれて初めて見る。
これは王様とか貴族とかお金持ちが使うやつではなかろうか。
そんな事を考えつつ、とりあえずベッドに腰掛け一休みする。
「アラタ様、今日はいくつも我儘を言ってしまい申し訳ありませんでした。それとパーティ結成の件ありがとうございます」
「私からもお礼を言わせてください。トリーシャちゃんとセレーネちゃんを助けてくれてありがとうございます」
「いやさ、あの二人はアンジェとルシアの大切な仲間なんだろ? それに彼女たちの元契約者は俺と同じ異世界人だったわけだし。なんか放っておけないと思ってさ。とにかく昔の仲間とまた一緒につるめるんだしいいんじゃないかな。トリーシャもセレーネもいい人みたいだったし」
酒場で四人が楽しそうにしている姿は見ていて気分が和んだし、あの光景が心無い連中によって壊されるのは心底嫌だと思った。
気が付くとアンジェとルシアが俺の両隣に座っていた。二人共目が潤んで甘い雰囲気を漂わせている。
俺もそれなりに経験を積んだのでこの雰囲気が何を意味するのか分かるようになっていた。
「そろそろ……寝ようか」
「そうですね」
「はい」
その時、トントンと部屋のドアを誰かがノックした。
いい雰囲気に水を差された感じだ。アンジェがドアの方に行くと、どうやら宿屋の女将さんが約束していた水を持ってきてくれたらしい。
ガラス製の瓶の中に二リットル程の氷水が入っていてその中にはスライスされたレモンが数枚入っていた。
それに人数分のグラスも用意してくれていたようだ。直前まで冷蔵庫型魔道具に入れてくれていたみたいでキンキンに冷えている。女将さんいい仕事をしているなあ。
「これで準備は万端ですね。では……さっそく」
「それではちょっと早いかもしれませんけど就寝しましょ。朝まで時間がたっぷりありますね」
『マリク』を発ってから数日振りのベッドでゆっくり休める……はずもなくほとんど徹夜だった。眠ったのはせいぜい二時間ぐらいだ。
それでも朝の目覚めはすっきりだ。睡眠時間は少なかったが眠りは深かったので短時間で結構休めたみたいだ。
アンジェとルシアも目覚めた直後は少し気だるそうだったがシャワーを浴びるとシャキッとしていた。
そろそろ冒険者ギルドが始まる時間になったので、俺たちは宿屋を出発する事にした。階段を下りるとフロントには女将さんが立っている。
この人はいつ休んでいるんだろうと漠然と思ったがあまり深く考えない事にする。
「おはようございます。ゆうべはお楽しみいただけましたか?」
「はい、素晴らしいベッドでした」
「お水もレモンの酸味があって美味しかったです。素敵な夜でした」
女性三人が朝から何やら盛り上がっている。女将さんが俺の方を見て「それは良かったです」と言って笑っていた。
もうここの宿屋は使えないな。仕事は丁寧だし良い宿ではあるけど、女将さんが気を利かせすぎる。恥ずかしすぎて気が気じゃない。
代金は前払いで払っていたので、女将さんに挨拶をして宿を出ると冒険者ギルドへと直行する。
「言い宿でしたね。また泊まりたいです」
「私もです。元宿屋の従業員としては女将さんの仕事ぶりは見ていて勉強になります」
「もうあの宿屋には泊まりません! それにこれからはこの街でしばらく過ごすんだし部屋を借りたいと思います」
そうこうしている間に冒険者ギルド『ファルナス』支部に到着した。建物の前には既にトリーシャとセレーネがいる。
「おはよう。ごめん、遅くなっちゃったかな」
「おはよう。そんなことはないわ。私とセレーネが少し早めに来ただけだから」
「おはようございます。本日からよろしくお願いしますわ」
建物に入り、受付に行くと早速冒険者の登録を始めた。
実はこのイベントに内心ドキドキしている。やっぱり魔力測定器とかで魔力を計測したり、実技試験をしたりしなければならないのだろうか。
あれは冒険者登録の醍醐味なんだよね。
「それではこの書類にサインをお願いします」
手渡されたのは一枚の書類だ。どうやら契約書みたいで俺とアンジェとルシアは名前を書いて受付嬢に渡した。
「ありがとうございます。それでは今から認証用プレートを作りますので少々お待ちください」
――数分後、銀色の認証用プレートが完成し受付嬢が冒険者について色々と説明をしてくれた。
既に知っている内容だったので特に新しい発見があったわけではない。そこで俺は魔力測定器や実技試験について訊ねてみることにした。その答えは――。
「そういったものは特にありません。契約書にサインを書いていただき認証用プレートが発行されれば冒険者としての登録は終了ですよ」
「そうですか……」
というわけでこれといったイベントは無く俺はあっさり冒険者となった。
いやさ、別にスムーズに物事が進むのは良い事だと思うよ。でも、少しぐらいハプニングというかちょっと一波乱あっても良くないですか?
そんな俺の心情を悟ってかアンジェがクスクス笑っていた。
「アラタ様が愛読していた書物のようにはいきませんでしたね。ですが、これから様々な依頼をこなしていけば想像以上の出来事が起きるはずです」
「そう……だよね。まだ始まったばかりだよね」
気を取り直して依頼書が貼ってある所に行こうとするとルシアがインベントリバッグを持ち出してくる。
「冒険者登録も済んだことですし、まずは『試練の森』で採取した魔石を売却しませんか? バッグの容量を結構使っているので整理も兼ねて」
「そうだった。それをしばらく生活資金に充てるんだったね」
受付嬢に魔石の売却を依頼したのだが、かなりの量である事を伝えると奥の部屋へと案内された。
大きなテーブルの周りにはソファが置いてあり、そこに座ってしばらく待っていると小柄で骨太なおじさんが入って来た。
冒険者ギルドの職員が着ているスーツに近い服を着ているのでギルドの職員だろう。
「アラタさん、この方はドワーフです。手先が器用で優秀な鍛冶職人はドワーフの方が多いんです。それに魔石にも詳しくて冒険者ギルドの魔石鑑定士として常駐しているんですよ」
「そうなんだ。――ではドワーフさんよろしくお願いします」
「ドワーフさんって……そんなに固くなる必要はないよ。それにしてもかなり数があるな。少し時間が掛かるから、ちょっと待っていてくれや」
ドワーフのギルド職員は俺たちの許可を取るとテーブルの上に置かれた沢山の魔石を次々に鑑定し始めた。
ゴブリンやオークなどの低級の魔物の魔石しかないので単体の価値はそれほどでもないだろう。但し数があるのでそれなりの金額にはなるはずだ。




