旅立ちの日
初のダンジョン攻略に挑んで一週間が経ち、俺とアンジェとルシアは宿屋『聖剣の鞘』へと帰って来た。
マーサさんは俺たちを一目見ると満足した笑みを見せてサンドイッチなどの軽食を用意してくれた。
それを食べつつこの一週間の出来事を語るとマーサさんは時々頷きながら話を聞いてくれていた。
そして一通り話し終えるとお茶を飲んで彼女は言う。
「アラタ……あんた等がやったのは一流の冒険者でも中々出来ない事だ。イビルプラントを一撃で倒し、周辺地域の砂漠化を止めたなんていう話は聞いたことが無い。実際、あんたが報告してくれたイビルプラントの件の話はデマだったという形で決着された。冒険者ギルドでも前代未聞の案件だからね。確かな証拠がない以上、そういう結論にせざるを得なかったんだろう」
「別に俺はそれでいいと思いますよ。イビルプラントを倒したのは俺たちだって自慢するつもりもありませんし。――ただ、気になるのはルシアが言っていたようにイビルプラントは自然発生する魔物じゃないって話です。あれの種を『試練の森』に植えたヤツはこの辺りを砂漠化させようとしたって事ですよね。物騒すぎますよ」
「そこら辺は『ファルナス』の冒険者ギルドもちゃんと分かってるよ。表向きはデマ話で終わらせたが、水面下ではイビルプラントを仕込んだ黒幕の調査を始めているからね」
それは意外だった。森の中にはイビルプラントがいたという証拠は残っていなかったはずだ。
冒険者でもない俺たちが話したことを信じてそこまで動いてくれるとは。
「実は『試練の森』の調査に行った連中の中に昔なじみの冒険者がいてね。そいつが冒険者ギルドに掛け合ってくれたのさ。『あの森には確かにイビルプラントがいて、それを倒した凄腕の魔闘士がいた』ってね」
「その流れでイビルプラントを仕掛けた犯人の話になったんですね」
ルシアが深刻そうな表情をして話す。一歩間違えば『マリク』は人が住めない環境になっていたのだから当然だ。
「まあね。まあ、ここから先は冒険者ギルドや国の騎士団が関わる案件だからね。あんた等が気にする必要はないよ。――しかし経験を積めとは言ったけどたった一週間で成長しすぎだよ。しかもうちの看板娘とまで契約を結んじまうとはね。……アラタ、あんた等はこれからどうする気だい?」
俺はアンジェとルシアと顔を見合わせると今後の身の振り方を話すことにした。それはこの一週間、二人と話し合った末に決めたことだ。
「冒険者になろうと思います。冒険しながら色々と調べたいことがあるんです。仕事をこなしつつゆっくりやっていければいいかなと」
「そうかい。自分たちでそう決めたのならそれでいいと私は思うよ。ただ経験者の立場から言わせてもらえば冒険者ってのは危険と隣り合わせの職業だ。それに色んな連中もいるから何かしらのハプニングに巻き込まれることもあるだろう。そんな時には信用できるヤツを頼りな。きっと味方になってくれるヤツがいるはずだからね」
「分かりました。アドバイスありがとうございます、マーサさん。それとなんですけど……」
俺はルシアの方を見てからマーサさんに再び向き直す。結婚の承諾を得るため親御さんに挨拶に来た男たちの気持ちが分かった気がする。
緊張で胃がキリキリする。
「ルシアを一緒に連れて行っていいでしょうか? 彼女がこの宿屋にとって看板娘なのはよく分かっています。けど――」
「いいよ、連れていきな」
俺が言い終わらないうちにマーサさんから許しが出てしまい俺たち三人は呆気に取られてしまう。
「元々ルシアをいつまでもここで働かせる気は無かったからね。いつか相応しいマスターが現れてルシアが自分からここを出て行こうと思ったのなら、それが一番いいと思っていたからね。――ルシア、アラタやアンジェと一緒に頑張るんだよ」
「はい。ありがとうございます、マーサさん」
――数日後、旅立ちを翌日に控えた日。マーサさんに呼ばれて宿屋内の一室に行くと、その部屋の中心に布が掛けられた何かが置いてあった。
「これは何ですか?」
「布を取ってみな」
なんだろうと思いながら布を取り、その中にあった物を見て俺は息を呑んだ。
そこには黒に近い青色のロングコートのような服をベースとして胸と両肩が銀色の金属製になっている軽鎧があった。
さらに付属のガントレットも同様の銀色の金属が用いられており、この一式から神々しい雰囲気が出ていた。
「これってもしかしてローブですか?」
「ああ、そうさ。これは見ての通り黒に近い青色――紺桔梗色の特殊な繊維で編まれていて魔力を通せばかなりの防御力を発揮する。それと銀色の金属部分はミスリル製で防御力が高く、魔力を流すと硬度が増し軽くなる性質を持っている。私と旦那が冒険者をやっていた時に旦那が使っていた物でね。アラタ、これをあんたに使ってもらいたいと思ってね」
「ええっ!? これってマーサさんの旦那さんの形見じゃないですか。受け取れないですよ!」
「どのみちここに置きっ放しにしていればいずれ使い物にならなくなる。それなら気に入ったヤツに使ってもらった方がいいってもんさ。きっと旦那も同じことを思ってるはずさ。それに既にこのローブはあんたの身体のサイズで仕立て直してあるし」
そう言えば『試練の森』に行く前に身体のサイズを測っていたのを思い出す。あれってこれのためだったのか。
「本当にいいんですか? こんなに大事なものを俺なんかに」
「いいんだよ。これであの二人を守ってやんな」
「マーサさん、ありがとうございます。このローブをありがたくいただきます」
マーサさんは笑うとローブの装着の仕方を教えてくれた。教わった通りにローブを着てみると確かに俺の身体のサイズにピッタリと合っている。
金属製のパーツもあるためか普段来ている服よりもいくらか重い感じだが、マーサさんの言ったようにローブに少し魔力を流してみる。
するとさっきまでの重量感が無くなりまるで羽毛のように軽い。
「凄い! 魔力を流すと本当に軽くなった」
「それがそのローブ〝ダークブルーヴェル〟の特徴だよ。魔力を流すことで高い防御力と軽量化を実現した一品で魔力の高い者でなければ使いこなせない。スピードを活かすあんたの戦闘スタイルにピッタリだろ」
確かにこれなら多少の攻撃を受けても問題なさそうだし非常に動きやすい。いきなり凄い物をもらってしまった。
「マーサさんありがとうございます。このローブ、大事に使わせてもらいます」
「ああ、頑張りなよ!」
そして旅立ちの朝を迎え、宿屋『聖剣の鞘』の前には俺とアンジェ、ルシア、それにマーサさんの姿があった。
女性陣はマーサさんと抱擁を交わしていた。
「色々とお世話になりました。マーサさんもお元気で」
「行ってきます、マーサさん。今度はお客として泊りに来ますね」
「二人共自分とマスターを大事にするんだよ。いつかまたここおいで。そん時はたっぷりサービスするからね」
女性陣の抱擁が終わると俺はマーサさんと握手をした。彼女の手は俺が思っていたよりも小さい事にその時初めて気が付いた。
「ありがとうございました。しばらくして落ち着いたら顔を出します」
「あんたは根が真面目だからね。自分を追い込み過ぎないようにするんだよ」
「はい!」
こうして俺たちはマーサさんと別れ『マリク』を旅立った。
目的地は『試練の森』で出逢ったリシュウ爺さんたちが住んでいる都市『ファルナス』。そこで俺たちは冒険者になるんだ。




