ルシアの願い
「――眠れん」
テント内で両隣をセクシーなネグリジェ姿の美少女に挟まれた俺は結局寝付けなかった。
二人を起こさないように注意しながらテントを出て近くを流れる川で顔を洗う。それで気分がリセットされるかと思ったが中々そうはいかない。
アンジェとルシアさんの色香漂う姿が頭から離れない。
これが自分の手が全く届かない存在であったなら諦めがついて逆に冷静に慣れるのだろうが、二人の内一人はむしろやる気満々であり俺の意思次第でそのような関係に持っていくことも可能っぽい。
そんな状況故に色々と妄想してしまう。再び顔を洗って煩悩を退散させようとするが……まあ、駄目ですよね。
「こんな調子じゃテントになんて戻れないぞ。こうなったら――」
俺は自分の右手を見つめる。二人が寝ている今ならイケるはずだ。
「――眠れませんか?」
「ぴっ!!」
意を決してと思った矢先、突然後ろから声を掛けられて滅茶苦茶驚いた。変な声が出たし心臓が口から飛び出たと思った。
恐る恐る後ろを振り返るとルシアさんが立っていた。心配そうでいながらも温和な笑みで俺を見ている。
「テントから出て行って中々戻られない様子だったので……」
「ごめんなさい。起こしちゃいましたか」
ルシアさんは「ここいいですか」と言って俺が頷くと隣に座って近くを流れる小さな川を眺めていた。
「少しお話をしてもいいですか?」
川を見ながらルシアさんが言うので俺は再び頷いた。それから少し時間をおいて彼女は口を開く。
「間違っていたら申し訳ないんですけど、アラタさんってもしかして異世界から来た方なんですか?」
正直驚いた。推測している様子から見てアンジェが話したわけではなさそうだが、そもそも異世界に対する認識がある事に意表を突かれた。
ルシアさんは信頼が置ける人だし本当の事を話しても問題ないだろう。
「ルシアさんの推測通り俺は異世界から来た人間です」
「やっぱりそうだったんですね。雰囲気がかつてのマスターに似ていたものですから」
「マスター……って事はルシアさんはアンジェと同じアルムスなんですね」
「……はい。私の真名はルシア・ゼル・ブレイズキャリバーと言います。一応、聖剣の端くれです」
アンジェの古い友人という事だったのでアルムスかもしれないと思ってはいたが、聖剣だったことには驚いた。
聖剣と魔剣って敵対しているイメージがあるが、普段仲良くしている二人を思い出すと不思議な感じがする。
色々と驚く事実が発覚し、気が付けばルシアさんとお互いの事を話していた。
俺は地球でのこれまでの生活やアンジェとの出会いを話し、彼女は千年前の魔人戦争の頃や十年前に封印から目覚めて『聖剣の鞘』で働くことになった経緯を説明してくれた。
彼女の話では魔人戦争時にアンジェやルシアさんのマスターになった人物の多くは異世界から召喚された者たちだったらしい。
彼等は類まれな強力な魔力を持っており召喚されてから短期間で驚くほど強くなり、誕生したばかりのアンジェ達のマスターになって魔人や魔物と戦った。
彼らがこの世界にもたらしたのは平和だけでなく生活を楽にする魔道具の開発にも貢献したようだ。
それでコンロやシャワーなど地球に存在している製品に酷似している物があるらしい。これで素朴な疑問が解決した。
「アンジェはそんな大事なことを全然話してくれなかったな」
「アンジェちゃんは心配しているんだと思います。そういう前例があるとアラタさんが知ったら、かつてのマスター達と同じように魔人との戦いに身を投じてしまうかもしれないと思ったんだと思います」
「あー、確かにアンジェだったらそう考えているかも。俺がそういう戦いに巻き込まれるのを嫌がっているからなぁ」
ふと気が付くとルシアさんが小首を傾げながら俺の方に顔を向けていることに気が付く。その表情は昼間の元気なそれとは違ってしっとりとした色気を持っていた。
その大人な雰囲気にドキドキしていると彼女は俺を見つめたまま呟く。
「アンジェちゃんはアラタさんのようなマスターに出会えて幸せだと思います。――アラタさんが私のマスターだったらなぁ。アンジェちゃんが羨ましいです」
そんな事を言われて嬉しくないはずがない。この甘酸っぱい雰囲気に耐えかねた俺は平静を装って話題を少し逸らすことにした。
「そ、そう言えば複数のアルムスと契約することって出来るんですか?」
「可能ですよ。実際にそうしている魔闘士の方は大勢いると思います。でも私やアンジェちゃんのような聖剣や魔剣といったクラスを同時に契約するのは難しいみたいで魔人戦争時もそのような方はほとんどいませんでした」
「そっかぁ」
それが分かっていたから……俺と契約する事は出来ないと分かっているからルシアさんはこのように残念そうに話しているんだろう。
この夜、空が明るくなるまで俺とルシアさんは話し込み、いつの間にか俺は彼女に対し砕けた口調で話すようになっていた。
朝になって少しだけ睡眠を取った後、朝食を食べてからダンジョンの探索に出た。
昨日よりも更に森の奥へと進んでいくと再びゴブリンやファングウルフの集団に遭遇しこれを叩き潰していく。
魔物を倒しても特にレベルやステータスが上がるようなことは無いが、グランソラスで戦う度にその中に蓄積された戦いの経験が俺の中に吸収されていくような感じがする。
それにアンジェが普段使っている闇系統の魔術や闘技もグランソラスを装備している時は俺も使えるので中々便利だ。
『アラタ様、十時の方向からホブゴブリン三体接近中です』
「まだ距離があるな。それなら……シャドーランス!」
左手に発生させた魔法陣に魔力を充填する。魔法陣が紫色に輝くとその中から俺の身長ほどの長さがある黒い槍を発射した。
射線上にいた人間の大人サイズのゴブリン――ホブゴブリンを三体同時に貫通し倒した。
『お見事です。状況における闘技と魔術の使い分けが上手になってきましたね』
「アンジェのサポートのお陰だよ。昨日のファングウルフ戦で判断の遅れが状況を悪化させるって学んだからね。とにかく戦いまくって自分なりの戦い方を固めてみるよ」
『それが出来た時にはアラタ様は上級の魔闘士に成長していると思います』
アンジェが魔剣から人の姿へと戻る。
こっちの戦いは終わったので他のゴブリンを相手にしてくれたルシアの状況を確認すると何体ものゴブリンが消し炭の山になっていた。
「二人共お疲れ様です。こちらもさっき終わったところですよ」
笑顔で敵殲滅の報告をするルシア。さすが聖剣なだけあって戦闘力が高いようだ。
彼女は外見こそ大人しそうではあるのだが意外と戦闘が好きなようで、俺の邪魔にならないように配慮しつつ戦いに参加してくれている。
「一人でこれだけのゴブリンを倒すなんてルシアは強いんだね」
「全盛期に比べればまだまだです。アルムスは契約したマスターの魔力供給によって能力が上昇するのでこれでも抑え気味なんですよ」
「マジか」
笑顔で答えるルシアから黒焦げになったゴブリンの山に視線を移す。これで抑え目って……本領発揮したらどれだけ強くなるんだこの人は。