アラタVSキマリス
『槍がウェパルの血を飲んでる……だと?』
槍の赤い穂先に付着していたウェパルの血液が吸収されるとその赤みが増した。一体何なんだあの槍は? 普通に気持ち悪いぞ。
『キマリスが所持しているクリムゾンランスは傷つけた相手の血液を吸収して魔力に変換する能力を持っていますわ。その効果であいつは魔力が枯渇することがありません。体力が続く限り殺戮を繰り返すことが可能なのです。おまけにあの槍でつけられた傷は簡単には塞がりませんわ』
『普通にチート武器じゃないか! ――くそっ!!』
<マナ・フェネクス>の両翼から炎の羽を噴射して勢いよくその場から飛び出すとキマリス目がけて最高速で突っ込む。
キマリスがフォルネウスに槍を突き立てる寸前でブレイズキャリバーで穂先を受け止める。
刀身の接触部位から火花が散り、その向こう側にいるキマリスの目が俺を見据える。確かにこいつの目は以前戦ったレッドキャップと同じ特徴がある。
パワーで押し切ろうとするとキマリスはバックステップで一旦距離を取りすぐに再攻撃してきた。
その一瞬かつ流れる様な動きに意表を突かれたが、こちらも即座に対応し剣で受け止める。
こいつ戦い慣れている。力もかなりある上に柔軟な動きで攻撃に緩急をつけてくる。スピードに乗った時の刺突攻撃の鋭さはスヴェンと同じかそれ以上……。
一瞬でも気を抜けば連続して攻撃を叩き込まれる!
目にも留まらぬスピードで槍による斬撃、刺突、なぎ払いといった様々なパターンの攻撃が続けられ、俺はそれらを凌ぐので精一杯だ。
捌ききれなかった攻撃が<マナ・フェネクス>の装甲表面をかすめていく。
『ちっ、こいつ……!』
『ヒハハハハハハ! キマリスノ攻撃ノ方ガ強イ。オ前弱イ。ナラ、ココデ殺ス!!』
さらにキマリスの槍捌きが激しくなる。それでいて攻撃は精細さを欠くことなくこっちの急所を狙ってくる。
しかし、こいつはさっきから槍による攻撃しかしてこない。魔術や闘技の類は今のところ一切使ってこない。
こいつまさか――。
剣戟がしばらく続いた事で少しずつキマリスの攻撃パターンが分かってきた。こいつは今まで戦ってきた他の十司祭とは違う。
ガミジンとウェパルは魔術主体、アスタロトは魔術と闘技をミックスした近~中距離戦を得意としていた。
けれど、キマリスはそれらの特殊な攻撃方法を使わずゴリゴリの肉弾戦を仕掛けてくる。
それにこいつは元々レッドキャップ――つまりゴブリンの亜種だ。ゴブリン種は魔術や闘技の類は使えない。
だとすればキマリスもそれらを使えないか、もしくは使用頻度が少ないのかもしれない。
そう言えば亜人族は体内のマナを筋力に変換することで身体能力が高い一方、魔力が低いという特徴があった。
それがキマリスにも当てはまるとすれば、この異常な動きも納得出来る。
――試してみるか。
刺突攻撃を切り払って蹴りを入れて後退させると、仮面から覗くギラついた目が俺を睨む。
『コイツ、キマリスニ蹴リ入レタ!』
『蹴っ飛ばされただけで怒ったのか。カルシウム足りないんじゃないの? ――ブレイズエッジ! 続けて、フレイムランサー連発……いけぇっ!!』
ブレイズキャリバーの刀身に炎を纏わせると複数の魔法陣を展開しフレイムランサーを同時に何発も発射した。
キマリスはまるで踊る様にして炎の槍を避けて俺に向かってくる。その柔軟な筋肉や圧倒的な身体能力は今まで戦ってきた相手とは一線を画する。
『ソンナ攻撃ハ、キマリスニハ当タラナイ!』
こちらの魔術を躱しつつ一瞬で間合いを詰めるキマリス。その赤い穂先が俺を捉えるが、ブレイズエッジの燃える刀身で受けきりカウンターを繰り出す。
『捉えた!』
ブレイズエッジによる一撃がキマリスに決まった。そこから連続して斬撃を入れようとすると槍の柄で殴られて攻撃が中断してしまう。
その間にキマリスは離れて態勢を整えようとしていた。ブレイズエッジによる斬撃の痕が修復され何事もなかったかのように元通りになった。
ウェパルと同等かそれ以上の修復能力。やはりこいつは身体能力にマナを割り振ったタイプと見て間違いない。
それに今までのやり取りで確信した事が他にもある。キマリスの戦い方には型がない。つまり我流だ。
野性的な戦術は先が読みづらい上に、あの柔軟な筋肉から繰り出される槍攻撃は素早く強力だ。
度重なる実戦の果てに身につけた自分だけの戦法か――。
『オマエ、キマリスノ身体ニ傷ツケタ。ダカラ、強イ認メル。オマエ殺シテ、ソノ血肉ヲ食ラッテ、キマリスモット強クナル!!』
……え? 今こいつ俺を倒して食べるって言った? マジか!? こわっ!!
『戦いを重んじる部族によっては、戦で討ち取った敵を食べる事によって相手の力を取り込む風習があると聞いたことがあります。多分それと同じ考えを持っているのでしょうね』
『そんなこと冷静に言われても困るわ! 奴等が口癖にしてる弱肉強食の意味を勘違いしてんじゃないの、あいつ!!』
ルシアの冷静な説明が逆に恐怖を煽る。でもさ、いくら元ゴブリンでもこうして戦っている相手に食欲なんて持つ訳が……。
『食ッテヤル。食ッテ、キマリスモット強クナル。……ジュルッ……』
キマリスの顎のあたりからおびただしい量の涎が流れ落ちていくのが見える。
おい、ちょっと待て。あいつ完全に俺を食料として見ていませんか?
『アラタさんを食べる気満々ですね。まるで夜のアラタさんみたいにギラギラしています。食欲旺盛なところがまたそっくり』
『似てねーよ! 食べるにしてもそれ意味違うじゃん。ってか、本当に今日どうした!? 発言がおかしいよ!!』
『……私、最近気が付いたんですけど。戦いが激しくなるほど性欲が強まるみたいなんです。今思えばアラタさんと契約した時の戦いも苛烈なものでした。その反動もあって、その日の夜に……やっちゃいましたよね』
『そういやそうだった。……いや、その話は後でしよう。今は目の前の敵に集中!』
『はいっ!』
ルシアの告白に驚かされたが、気を取り直してキマリスとの戦いに集中する。奴の戦い方がより野性的になった気がする。
俺を食料と見なした事で戦いというよりも狩りをしている感覚になったのかもしれない。