巨大海蛇の吐息は大地を抉る
かくして俺はウェパルとの本格的な戦いに突入した。敵の弾幕は俺の接近を阻み遠距離戦をする事となった。
『この……白零!』
白零を連発し水弾幕を吹き飛ばしながらウェパルに当てていく。多少ダメージはあるみたいだが、何せ相手の図体が大きいため大した効果は望めない。
『あなたはイポスを手に掛けました。あたくしの臣下を殺しておいて休戦しようなどとのたまう気は無いでしょうね!』
『……奴は戦いに関係の無い人たちを沢山傷つけた。そんな虐殺を楽しむ相手に手心を加える理由はない。――それと、この状況で俺が説得なんかすると本気で思ってるのか? だとしたら随分甘く見られたもんだな!』
視界いっぱいに迫ってくる水爆弾――ハイドロップを氷竜波で凍らせて無力化する。その隙を突いて二基のアイシクルビットをウェパルに突撃させる。
その巨大な身体の表面を斬っただけでアイシクルビットは弾かれてしまった。
『つぅっ! 本当に忌々しい男ですわ!!』
『やっぱり二基だけじゃ威力不足か……』
ウェパルに効果的なダメージが与えられない以上、このままじゃジリ貧だ。
こうなればもっと高火力の魔術を叩き込むしかないが、そうなると周辺に被害が広がる。
まだ皆は回復中だ。出来ればその場から動かしたくはない。
作戦を考えているとウェパルが身体を大きくくねらせて口を大きく開いた。そこに巨大な魔法陣が展開されて鳥肌が立つような凄まじい魔力が充填されていく。
『この魔力は……何かヤバい気がする!』
『ウェパルが展開した魔法陣に膨大な魔力が集まっていますわ。上位クラス……いえ、それ以上の魔術を発動させる気ですわ!』
ウェパルがこれから放とうとしている攻撃は今までの比じゃない。回避や防御に集中しなければ……やられる。
その時、念話でシルフィの焦った声が聞こえてきた。
『二人とも気をつけて、ウェパルはハイドロブレスを使う気だよ!』
『ハイドロブレス……!?』
『超圧縮した水の大砲だよ。ボク達はそれを食らってやられたんだ。直撃を受けたら鎧闘衣でも持たない。注意して!』
ウェパルを見上げると奴と目が合った。臨界寸前の魔法陣を俺に向けてとんでもない何かを放とうとしている。
魔法陣が臨界の光を放った瞬間、俺は全力で後方に飛んだ。
その直後、ウェパルの魔法陣からまるでレーザー砲みたいな水の砲撃が発射され、ついさっきまで俺がいた場所を撃ち貫いた。
その砲撃――ハイドロブレスは地面を砕いていき、発生した衝撃波によって俺は吹き飛ばされ競技場の外壁部分に叩きつけられた。
ウェパルからかなり離れたはずなのに、ここまでハイドロブレスによる衝撃波が伝わり外壁に押しつけられる。
間もなくハイドロブレスが終了すると砲撃を受けていた大地が大きく抉れて巨大なクレーターとなっていた。
そこに海水が激しい勢いで流れ込み新しい湖が誕生してしまった。
『くそっ、何て威力だ……これじゃ、まるで怪獣相手に戦っているようなもんだ。――セレーネ、ダメージはどうだ?』
『装甲表面にダメージ軽微。事前にアイシクルビットを防御モードで配置しておいたのが功を奏したみたいですわ。戦闘継続に支障はありません』
『シルフィが事前に教えてくれなかったらヤバかったな』
鎧闘衣となった身体を起こし全身のチェックをすると確かにほとんどダメージは無かった。生身であったなら、あの衝撃波だけで大怪我を負っていたところだ。
『さすがは<マナ・ドラグーン>、うちの四体の鎧闘衣の中で一番防御に優れているだけのことはある。――頑丈だ』
改めて鎧闘衣の能力の高さに感心しているとウェパルに動きがあった。
口部に再び魔法陣を展開し魔力を充填し始めた。
『ウソだろ! あんなバカみたいな威力を連射出来るのか!?』
『いえ……先程と全く同じという訳では無さそうですわ。魔法陣への魔力充填率がかなり低下しています。次のハイドロブレスまで時間に余裕がありますわ。それに来ると分かっている攻撃を躱すことは難しいことではないはず。問題ありませんわ』
確かにセレーネの言う通りだ。不意を突かれたならともかく、既に見た攻撃を回避するのはそんなに難しい事じゃない。
しかもハイドロブレスは射程こそ長いが攻撃範囲はそんなに広くない。横に動けば簡単に回避できる。
この場から動こうとした時、俺たちの考えを見透かしてかウェパルの嘲笑う声が聞こえてきた。
『そこから動きたいのならご自由にどうぞ。――ですが、あたくしはこの狙いを少しも変える気はありませんわよ』
一体何を言ってるんだと思い、今自分がいる場所に気が付く。俺の後ろには競技場がある。そこには沢山の住民が避難していた。
『まさか、競技場ごと中の人たちを……!』
『あたくし達の目的は陸の民の殲滅……。ここで消そうが後で消そうが大して変わりはありませんわ。――むしろ、この場で消えていった方がこの先待ち受ける地獄を見ずに済むのですから幸せでしょう』
まずい、あんなものを撃ち込まれたら競技場は確実に崩壊する。そうなれば沢山の人たちが犠牲になる。
競技場から避難をさせようにも間に合わない。仮に避難できたとして外にはあちこちにディープや魔物がうようよしている。とても守り切れる状況じゃない。
どうする? 最悪の状況を回避するにはどうすればいい? 考えろ、何か方法があるはずだ――。
『色々と考えてはいるようですが、別に難しい話ではありません。あなたが選べる選択肢はたった二つ。一つ目はその場から離れてその建物ごと陸の民が消え去るのを黙って眺めること。二つ目は自らが盾となってハイドロブレスの直撃を受けて消え去る。――簡単でしょう?』
『――っ!?』
こいつ……何て意地が悪い! ハイドロブレスを止めさせようにもあの巨体をぶっ飛ばすのは難しい。
『考える必要なんて無いでしょう。誰だって死にたくはない。ならば一つ目の選択肢一択になるはず。――でも、それはあなたの戦う理由を根本から崩すことになる。自分の命を取るか、それとも自らのアイデンティティに呑まれて死ぬか……どちらにせよ、あなたはもう終わりですわ。うふふふふふ……!』
その人を小馬鹿にした物言いと笑い方に俺の中の何かが切れた。
『この海蛇人魚のメスガキが……! 黙って聞いてれば調子に乗って……その生意気なお前に三つ目の選択肢を見せてやる。――そう、お前をぶっ飛ばすっていう選択肢をなっ!!』
『ふん、負け惜しみを……!』
俺の挑発にウェパルは苛ついてる様子だ。巨大な海蛇の目がギラつき俺への殺意が増したのを肌で感じる。
さらにやる気満々になった敵に対しセレーネは悲観的になっていた。
『もうおしまいですわぁ。こうなるんだったら、もっと美味しい物を沢山食べておくんでしたわ……ぐすっ』
『泣くな泣くな、まだ終わってない! 泣いてないでこっちも攻撃準備だ。――ランチャーを使うぞ!』