氷竜VS巨大海蛇
島が蹂躙され殺伐とした状況の中、異質とも言える存在が俺の視界に入ってくる。
海岸付近に巨大な海蛇が鎮座していた。そいつがいる周囲の大地は大きく抉れて海水が流れ込んでいる。
海水で作った湖から姿を現す規格外サイズの怪物は俺たちに気が付いたみたいでジッとこっちを見ている。
『敵との距離から換算して、あの海蛇型の魔神は少なくとも全長百メートル以上はありますわ。この魔力の圧から考えて恐らく十司祭ウェパルのものかと』
『こいつは驚いたな。これまで戦ってきた相手とは桁違いの大きさだ。――って、あれは……!?』
海蛇の周囲に複数の魔力を感知し<マナ・ドラグーン>のデュアルアイを望遠モードにしてそれらを見てみる。
すると、それは三体の鎧闘衣とアンジェとルシアだった。いずれもかなりダメージを受けていて身動きを取ることもままならない様子だ。
『アンジェ、ルシア、<マナ・ライガー>が……!? それにあの二体の鎧闘衣はもしかして……』
『ルイスの<マナ・ファルコン>とクレアの<マナ・ユニコーン>ですわ! 各鎧闘衣のダメージレベルは深刻です。それにアンジェとルシアも大怪我をしていますわ。このままでは……!』
『くそっ!!』
竜翼を羽ばたかせ皆の所を目指し飛翔する。すると、俺の接近を阻むように海蛇が魔法陣を展開し、無数の水の弾を発射してきた。
水の散弾を何とか躱すが、皆は海蛇の近くにいるため助けに行こうとすると敵の攻撃が激しくなり接近できない。
『近づけさせはしません。この者たちはあたくしの臣下を傷つけると同時にたぶらかすという愚行に及びました。おまけにこのあたくしに休戦を要求してきたのです。――愚かしいでしょう?』
『この声は……やはりウェパルか! 皆が休戦を持ちかけたって一体どういうことなんだ?』
状況が呑み込めず困惑していると念話でアンジェの声が聞こえてきた。
『良かった……アラタ様、ご無事だったのですね。敵が奇襲に向かったという話を聞いていたので……心配していたのですが……本当に良かった』
『アンジェ、無事だな!? 今助けるからもう少しだけ辛抱してくれ!』
アンジェの声はか細いものだった。それだけで彼女の状態はあまり良くないという事が分かる。
しかし、アンジェはそんな身体でも念話を続けた。
その内容はウェパル達ディープの民の悲劇とその悲しい状況を何とかしようとして彼等が『アビス』に加わったというものだった。
『皆……それぞれディープの魔人と戦って……我々は戦うべきではないという……結論に至りました。それで……ウェパルを説得しようとしたのですが……結果はこの有様です』
『……そうか、分かった。分かったからもう喋るな。傷に響く……』
『……はい、申し訳ありませんが……少し、休ませていただきます』
アンジェとの念話が切れた。最後に彼女は気絶したようだった。
念話中もウェパルの攻撃の手は止まず、空を飛ぶ俺を落とそうと水の弾幕を張り続けている。
『ふふ……今の念話、聞こえていましてよ。あなた方、陸の民が我々ディープに歩み寄ろうなどと……油断させようという魂胆が見え見えですわ。おまけにあたくしの臣下をも巻き込んで、そのような世迷い言を吹聴するなど。――万死に値しますわ!!』
ウェパルは相当怒っているみたいで、海蛇と化した彼女の目は血走っていた。
それによく見るとウェパルの後方には水の玉が三つ浮かんでおり、その中に人……いや、恐らく彼女の仲間の魔人たちが入っている。
必死にウェパルに何かを訴えているようだが、当の本人はそれに耳を貸さず俺への攻撃を取り憑かれたように続けている。
『さあ、あなたの仲間たちは既に戦闘不能。後はあなたを倒せばそれで済むのです。あたくしの手に掛かり塵になりなさい!!』
さらに魔法陣が追加され今までよりも大型の水の玉が向かってくる。それを見たセレーネが注意を促す。
『あれはハイドロップですわ。周囲を巻き込んで爆発する魔術です。ぎりぎりで躱すのは危険ですわ』
『分かった!』
セレーネの助言通りに大きく距離を取って回避するとハイドロップは大きく爆発した。高水圧による爆発はその衝撃波で大地に巨大な穴を開けた。
『まずいぞ。あんなのを一発でも食らったら皆が……!』
巨大な魔神から放たれる水爆弾の威力にゾッとしていると今度は連続して放ってきた。
最初は回避しようとしたが、俺の後方に<マナ・ライガー>が倒れているのに気が付く。
『ちぃっ、やらせるかっ! 爆弾といっても、相手が水ならば……氷竜波ッ!!』
竜剣ドラグネスから氷気を纏わせた剣圧を放つ。その範囲にあったハイドロップは凍り付きその場で崩れ落ちた。
『やりましたわ!』
『いや、こんなのは一時しのぎだ。連発されれば捌ききれない。――アイシクルビットを使う!』
『合点ですわ。アイシクルブレードパージ、各セグメントとのシンクロ開始。――アイシクルビット射出します!』
ドラグネスの刀身を覆っていた氷の刃を七つの小型刃に分割して<マナ・ドラグーン>の周囲に待機させる。
アイシクルビットに意識を集中し、ある場所に向かって五つの氷刃を射出する。
高速で飛行する五つのアイシクルビットを、それぞれ<マナ・ライガー>、<マナ・ファルコン>、<マナ・ユニコーン>、アンジェ、ルシアの五名の側に到着させた。
『アイシクルビットにはこういう使い方もある。――ヒール!』
皆の近くで待機しているアイシクルビットを中継して治癒術を皆に掛ける。その行動に気が付いたウェパルが目を細めて俺たちを見下ろしていた。
『遠隔操作の氷の刃……攻撃だけではなく、その様な使い方をするなんて面白いですわね。でも、その分本体であるあなたの守りは手薄になるのではなくて?』
敵は相変わらず水の弾幕で俺を近づけまいとする。俺はウェパルの頭上を飛び回りなんとか弾幕を回避し続けた。
『ちょろちょろと飛び回って……いい加減に落ちなさい!!』
ウェパルの水弾幕の層が厚くなり<マナ・ドラグーン>をかすめる。
あともう少し……もう少しで準備が整う。
『――今だ!!』
仲間の側で治癒術を発動させていたアイシクルビットにさらに魔力を送り込んで、力場を展開し皆を包み込む。
力場の作用で仲間たちが浮遊するとその場から離脱させ競技場側に移動させた。
ウェパルの注意をこちら側に向けさせていたお陰で比較的安全に皆を撤退させることが出来た。
『皆の撤退が完了しましたわ』
『上手くいったな。セレーネ、アイシクルビットで引き続き皆の回復を頼む。俺は戦いに専念する』
『合点ですわ』