ムトウ・アラタ
◇
――夢を見ていた。
俺は物心ついた時から自分の中の力に振り回されてきた。感情が高ぶると力が暴走して周囲にある物を壊してしまい皆に迷惑を掛けてきた。
そんな自分が怖くて嫌で仕方が無かった。
この頃は気が付いていなかったが、俺の家は普通の家庭ではなかった。そもそも俺のいた世界ですら普通じゃなかった。
テレビなどメディアでは表沙汰にされない社会の裏では、はるか昔から妖怪による被害が続き、それに対抗する人間の組織もまた存在していた。
その組織には特殊な武器や異能の力を用いて戦う、『退魔師』と呼ばれる者たちが所属していた。
俺の家は代々退魔師を輩出してきた家系だった。
父親の武藤玲司もまた退魔師であり、日々凶悪な妖怪と戦い続けていた。俺はそんな父が誇らしくて好きだった。
母親の武藤蛍は常に笑顔を絶やさない女性だ。
専業主婦でいつも楽しそうに家事をしている。父さんは母に頭が上がらないので実質うちで一番偉い人と言えるだろう。
それと、俺には歳が一つ上の姉、武藤楪がいる。母に似ていて優しい姉だが怒ると非常に怖い。
――夢を見ていた。
俺が小学校に入学する前、家族で京都旅行に行った。
お寺を巡ったり美味しいものを食べたり、家族で旅行に行くのなんて初めてだったからとても嬉しかった。
父さんも母さんもずっと笑っていたけど、時々ふと辛そうな表情をしている事に俺は気づいていた。多分姉さんも気が付いていたと思う。
京都旅行二日目、市内にある『六波羅』という場所に行った。とても不思議な場所だった。
建物は昔の屋敷みたいなものばかりで、すれ違う人たちは袴を着ていてこの場所だけ歴史に取り残されたような感じだった。
両親は姉を預けると俺を建物の中に連れて行ってくれた。薄暗く広い部屋に到着し、回りを見渡していると蝋燭の火が次々に灯っていき部屋が明るくなる。
部屋の中心には床に不思議な文字が書いてある舞台があった。
そこにも袴を着た人が何人もいて、その内の一人が俺たちの所へやって来た。
「お久しぶりです。近藤局長」
父さんと母さんが、近づいてきたお爺さんに会釈する。俺も慌てて両親と同じく頭を下げた。
「久しぶりだな、玲司、蛍さん。それと――」
「ほら、新。ちゃんと挨拶しなさい」
「う、うん――こんにちは! 武藤新です。六歳です。もうすぐ小学生になります!」
「おお、そうかそうか。元気一杯にちゃんと挨拶できて偉いなー。わしは近藤総一朗だ」
近藤と名乗ったお爺さんは俺の髪をぐしゃぐしゃに撫でて屈託のない笑みを向けていた。それが心地よくてすぐにこの人が良い人なのだと分かった。
「お父さん。近藤のお爺ちゃんはお父さんよりも偉い人なの?」
「そうだぞ。父さんよりもずっと偉い立派な人なんだよ」
尊敬の眼差しを向けると近藤さんは笑っていた。
「なーに、大した事はないさ。妖と戦っている現場の人間の方がずっと偉い。常に危険と隣り合わせの生活を送っているんだからな。――それで、今この子の力を確認してみたが、なるほど、これは強力すぎる。こんな幼子の身体と精神では器として心許ないだろう。当初の予定通りに封印の儀を執り行う必要があるな」
「……はい、お願いします」
両親と近藤さんが難しい顔をして何やら話している。俺はそれが不安で仕方が無かった。
「お父さん、お母さん、これから何かするの?」
「……これから新が怖がっていたものに眠ってもらうのよ。大丈夫、怖くないからね。すぐに終わっちゃうから」
母さんが腰を下ろして俺と同じ目線の高さで微笑んでいる。
「……本当? あの怖いの眠っちゃうの? もう、怖い思いしなくていいの?」
俺と母さんの会話を聞いていた父さんと近藤さんが話を再開する。
「この子の力は呪いの類を始め、自身に害を及ぼすあらゆる術式に対し破壊反応を起こします。感情が高ぶれば本人の意思に関係なく暴走してしまいます。このままだといずれ自分自身を滅ぼしかねないでしょう」
「――うむ。それ故、中途半端な封印術ではすぐに術式が綻び破壊されるだろうな。最も強力な封印術式を組み込むことにする。それによって、新の力は完全に封印されるだろう。ただし、それが一生続くのか、それとも何かをきっかけとして解かれるのか……それはわしにも見当がつかん。封印が生涯続くのなら何ら問題は無いが、途中で封印が解けた時が一番危険だ。肉体と精神が未熟であれば今と同じ……もしくは今よりも危険な状態になりかねん」
「――大丈夫です」
父さんは俺を抱き上げると頭を撫でてくれた。
「新の力が戻る、戻らないにかかわらず、これからもしっかり鍛えていくつもりです。例え退魔師としての道が閉ざされたとしても、人として強く生きていけるように。そして、この先何が起きても自分の道を切り開いていけるように。この子ならきっと――」
こうして俺の中にあった力――ディストラクションは封印された。
さらに封印の儀の後遺症で当時の記憶は曖昧になり、特に退魔師に関連する記憶がごっそり抜け落ちてしまった。
その後、家族は退魔師や妖といった裏社会に関する事柄を隠し、俺が一般生活を送れるように普通の家庭の子供として俺を育ててくれた。
その中で唯一異常だったのが父親との日々の鍛錬であったのだが、それは自分も好きでやっていたので別に苦ではなかった。
俺自身忘れていた記憶の数々がディストラクションの封印が解けたと同時に蘇った。
父との厳しい鍛錬が何のために続けられてきたのか、それが今分かった。
それは全て俺が自分の足で歩いて行けるように、いつか復活するかもしれない自分の力に負けない心と身体を作るという父からの贈り物だったんだ。
そして、全てを忘れてしまった俺を支えてくれた母と姉を含めた家族全員が今の俺を形作ってくれたんだ。
記憶が戻った今、俺は家族の優しさを痛感していた。
深い眠りに落ちていた意識が段々と鮮明になっていく。すると何やら人の怒号や叫び声が聞こえてくるのが分かった。
周囲では大変な状況になっていると分かり、まどろんでいた意識が一気に覚醒する。
俺のすぐ側には、トリーシャがいた。俺を守るようにしながら、ある一点を見つめている。その先には空中を高速飛行する半魚人がいた。
そいつは両腕のヒレを剣のようにして冒険者たちを斬り飛ばしていく。この禍々しく強い魔力は魔人のものだ。
「……一体何がどうなってるんだ。どうしてここに魔人が?」
「良かったぁ、目が覚めたのね! ――ディープの魔人が一人侵入してきたのよ。今セレーネや冒険者たちが戦ってくれているけど、圧倒的に不利な状況よ」
俺が眠っている間のことをトリーシャがかいつまんで説明してくれた。そのお陰で状況が大体理解できた。
――うん、はっきり言って超ピンチだ! こうしてはいられない、とっとと行って皆と合流しないと。
まずはその手始めとして目の前で好き勝手やっているあの魔人を倒す。