奇襲の魔人
外ではウェパル率いるディープの大軍と冒険者たちが戦う中、競技場内は侵入した魔人イポスによって地獄絵図と化していた。
イポスは両腕に付いているヒレを翼のように広げる事によって短時間ではあるが高速飛行が可能。その能力を生かし競技場の上空から簡単に侵入を果たした。
上空からの敵侵入に備えていた冒険者の多くは、イポスの奇襲によってその役目を成すこともできずズタズタにされて戦線離脱を余儀なくされた。
残った冒険者とギーグ、それにセレーネが中心となってイポスと戦闘を開始したが、イポスは周囲の避難民にもお構いなしに戦いの場を広げ犠牲者が増えていった。
「こいつ……! わざと避難民の近くに行って、わたくし達が攻撃出来ないようにしていますわ。何て卑怯な!!」
「くそ! このままじゃ全滅する。避難民の誘導はどうなってる!?」
「競技場内は既に人で一杯になってます!! 誘導しようにも逃げ道がないですよ!」
最悪の状況にギーグは唇を噛む。ロングソード型のアルムスを装備して接近戦に持ち込む中、イポスは両腕のヒレを剣のように硬質化させ鍔迫り合いをする。
「ふん、脆弱な陸の人間共が! 貴様等の力では魔人であるこの俺様を倒すのは無理なんだよ。いい加減、ここに逃げ込んだ異世界人の居場所を教えたらどうだ? そうしたら余計な犠牲者が増えることもないだろう」
「異世界人だと!? 彼がそうだというのか」
「そうだ。あのガキはこの世界の住人じゃない。そんなのがどうなろうが貴様等の知ったことではないだろう? ほら、早く教えろよ。異世界人のガキはどこにいる?」
「……ふざけるな! 俺たちは仲間を売るようなマネはしない!! ましてや彼は命の危険を冒して他の冒険者を救った英雄だ。異世界人であるというのなら、彼は自分に関係の無い世界の為に戦ってくれているという事じゃないか。そんな恩人をお前に売るぐらいなら死んだ方がマシだ!!」
啖呵を切ったギーグをイポスはディープのオス特有の黄色いギョロ目で睨み、ケタケタ笑うと彼を蹴飛ばして両腕のヒレに魔力を集中する。
「まぁいいさ、この近くにいるのは確実だからな。この一帯を全て破壊すればいいだけの話だ。――消え失せろ、ウジ虫ども!!」
イポスがヒレに溜めた魔力を解放しようとした瞬間、無数の氷の針がミサイルのように飛び込んで来た。
すかさずそれらを全てヒレで斬り刻むとその氷を撃ち込んできた張本人――セレーネを睨む。
「全部斬り落とされてしまいましたか。斬撃のスピードが並じゃありませんわね」
「今の氷はお前がやったのか。その話し方といい、魔術の系統といい、ウェパル様と何となく似ているな」
「あなたの主と似ていると言われてもちっとも嬉しくありませんわ! ――これならどうです。……ハイドロソーサー!!」
セレーネは両手の先に魔法陣をそれぞれ展開するとそこから水の玉を出現させた。
水の玉は高速回転を始めると円形に平たく伸び、その端はのこぎり刃の如くギザギザに変形した。
セレーネは高速回転する二枚の円形のこぎり刃をイポスに向かって投げつける。
イポスはハイドロソーサーを叩き落とそうとヒレで攻撃するが魔力が干渉し合って火花が散り切り払うのみに止まる。
すると、一度切り払われた二枚のハイドロソーサーは高速回転しながらイポスを追尾し始めた。
「ちぃ、厄介な魔術だ!」
「逃げても無駄です! ぶった切ってやりますわ!!」
イポスは両腕のヒレを翼状に広げて空中を飛び回りハイドロソーサーはそれを追う。
しばらく追いかけっこが続いたが、ハイドロソーサーの特徴に気が付いたイポスは回転軸である中心部に手刀を突き入れ破壊した。
「ハイドロソーサーが!?」
「面白い攻撃だったが俺様には通じん。――今度はこちらの番だ!」
イポスはセレーネ目がけて飛び込んでくる。ギーグを始めとする冒険者たちが次々に闘技や魔術を放ち彼女の元に行かせまいとする。
しかし、それらをかいくぐり冒険者たちをヒレで斬り伏せるとイポスは瞬く間にセレーネの眼前に舞い降りた。
「ほう、中々上玉のアルムスじゃないか。例の異世界人と契約しているってところかな? 異世界人の居場所を教えれば傷つけることはしないと約束するぞ。そして、奴をぶっ殺した後は俺がお前のマスターになって、毎日たーっぷり可愛がってやるぜ。同族でアルムスを孕ませた奴はいなかったからなぁ。くくく、今から楽しみだぁ!!」
ギザギザの歯を見せながら下卑た笑い声を上げるイポスをセレーネは軽蔑の眼差しで睨み、腕に魔力を纏わせ竜の如き氷の三本爪を形成する。
「あなたのような最低最悪の者にご主人様の居場所を教える訳がないでしょう? わたくしがボコボコに――」
三本爪で攻撃する前にイポスのヒレがセレーネの肩を斬り裂き血しぶきが舞う。体勢を崩すとイポスは彼女の首を片手で掴んで持ち上げる。
「くっ……かはっ!」
首を絞めるイポスの腕を放そうと抵抗するがびくともしない。呼吸がままならずセレーネは少しずつ視界が暗くなり意識が遠のいていく。
「いいね、いいねぇ、その強気な感じ! その強情さが俺様の力の前に屈服する瞬間がたまらねーぜ! お前のマスターを殺したら、その首の前で毎日お前を犯してやるよ。ギャハハハハハハハハハハハハハッ!!」
「う……ああ……ごしゅ……じん……」
セレーネの目から涙がこぼれ頬を伝って地面に落ちていく。イポスの前に屈強な冒険者たちが全員倒れ絶望が競技場内を呑み込もうとしていた。
「いい加減にしろよ、このクズ魚類!!」
「なにっ!? ぶるぁっ!!」
セレーネの首を絞めていた腕はナイフで切断され、その顔面に勢いよくストレートが入るとイポスは競技場内の地面を勢いよく転がっていった。
「がはっ、ごほっ! ……はぁ……はぁ……誰が……?」
呼吸が出来るようになり酸素を取り込むとセレーネの視界が戻っていく。彼女を救い抱き寄せていたのはマスターであるアラタであった。
「遅れてごめん。でも、もう大丈夫だ。後は俺に任せろ」
「うう……ひっく……ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇん、ご主人様ァァァァァ!!」
安堵したセレーネは思わず泣きじゃくりアラタに抱きつく。
アラタは彼女の髪をそっと撫でて何度も謝ると一緒にここまでやってきたトリーシャに預ける。
そして、怒りを体現するかのように深紅に燃える魔眼でイポスを睨み付けるのであった。