獅子王争覇
『ちょ、どうして下がったのさ! もう少しで倒せたのに……』
『いや……あいつの目は死んでなかった。あれは勝利を諦めていない、闘志をみなぎらせた奴の目だった。俺の直感が正しければ、あのまま続けていればこっちがやられていた!』
フォルネウスに警戒するロックの焦りを感じ取りレオもまた敵の一挙手一投足に注意をする。
すると棒立ちになっていたフォルネウスが突然笑い始める。
今までにはなかった敵の行動に二人は唖然としながらも、身体にまとわりつく嫌な予感が的中したのを確信した。
『ふふふははははははっ!! 本当に楽しませてくれる! まさか今のタイミングで逃げられるとは思わなかったぞ。そう、このシャークバイトフルカウルからな!!』
突如フォルネウスの身体を覆うオーラが発生しサメの形状を取る。それは今までロック達を苦しめてきたシャークバイトが巨大化したものであった。
『フルカウルだって? まさか……シャークバイトで身体全体を覆っているの!? 腕に展開した時でもあれだけのパワーだったのに。この魔力量は……まずいよ!』
『ああ、分かってるさ。これまでとは段違いの魔力をあの技につぎ込んでやがる。もしもあのサイズで噛みつかれたら一瞬でやられる。さっき感じた殺気の正体はあれだったのか』
『その通りだ。フルカウルは私の最強の技だ。お前が最後の一撃を入れようとした時にカウンターとして発動しようと考えていたのだが、まさかあのタイミングで攻撃を中断するとはな。お前の勘の鋭さには敬意を表する。――今度こそ決着を付けよう』
『上等だ!!』
ロックは再び獣王蓮華で高速移動し、フォルネウスの頭上に回り込むと蹴りを叩き込む。
しかし、周囲に展開されているシャークバイトフルカウルを突破することは出来ず突破口を見つけようとあらゆる位置から打撃を加えていった。
だが、結果は変わらずフォルネウスに攻撃は通らなかった。
『獣王蓮華が効かない! ウソだろ!?』
『その技は圧倒的なスピードと手数によってダメージを与えるものだろう。それでは鉄壁の鎧であるフルカウルを突破する事は不可能だ!!』
攻撃が通らず体勢を立て直すために下がる<マナ・ライガー>に巨大なサメと化したフォルネウスが食らいつく。
そのスピードはこれまでの比ではなく、まるで海中を泳ぐ魚類の如く俊敏なものだった。
速度を緩めることなくフォルネウスは<マナ・ライガー>に体当たりし、フルカウルの表面で相手の装甲を削り吹き飛ばす。
攻撃は一回では終わらず、すぐさま方向転換すると再突撃しロック達を翻弄、それを何度も繰り返す。
『くうっ! 各部損傷甚大! 左腕損傷、これじゃ獣王蓮華はもう使えない。ロック、こうなったら……』
『ああ、こうなったら一か八かだ。獅子王武神流のもう一つの奥義を使うぞ!』
『ほう、まだ奥義があるのか。いいだろう、ならばその奥義と私のシャークバイトのどちらが優れているか勝負を決めよう』
フォルネウスは攻撃の手を止め魔力を高め始める。一方のロックもまた己の魔力を右腕に総動員し奥義を発動させようとしていた。
お互いに最大の一撃を繰り出すために魔力を練り上げ、その間ロックとフォルネウスは言葉を交わす。
『キザな野郎のくせに戦いに関しては本当に真っ直ぐな奴だな、フォルネウス。戦っていてこんなに気分が良いのは初めてだぜ!』
『奇遇だな、私も同じ事を思っていた。お前のようながさつな奴は不快だが、その戦いに対する真摯な姿勢だけは共感に値する』
ここまで戦い抜いた二人は拳を通じてお互いを尊敬し理解し合う仲になっていた。そこに芽生えたのは敵でありながらも友情と呼べるものであった。
しかし二人はそれでもなお戦いを止めない。それぞれ背負っているものがあったから。そこには仲間、約束、目標……様々なものがあったから。
お互い背負っている物を投げ出そうとは微塵も考えてはいない。それは言うなれば己を己たらしめるものを捨てるのと同じであるからだ。
だから自らの全てを賭して己の存在意義を賭けてこの戦いに終止符を打とうとしていた。
ロックとフォルネウスの魔力は限界まで高まり、最後の一撃に向けた準備が終わる。
『移動時に消費する魔力はこっちで微調整するよ。ロックは奥義に集中して!』
『サンキューな、レオ。これが通用しなかったら俺たちは終わりだ。お前の命……俺に預けてくれ!!』
『そんなのロックと契約した時にとっくに預けてるよ。遠慮せず全力でぶちかませ!』
『ああ! いくぜ、相棒!!』
<マナ・ライガー>の右腕に魔力が集中し琥珀色のオーラが立ち上る。
それを見届けたフォルネウスは全身を覆うサメのオーラ――シャークバイトフルカウルを展開し突撃を開始した。
『攻防一体のフルカウルはウェパル様をお守りするために編み出した我が奥義! 抜けるものか!!』
サメのオーラの口が大きく開かれ<マナ・ライガー>に食らいつこうと接近する。その瞬間、その場から動かなかったロックは正拳突きの動作を取る。
それを目の当たりにしたフォルネウスは落胆と怒りが混在した感情を抱いた。
『何だ、それは! ただの正拳突きではないか。そんなものが獅子王武神流の奥義だとでもいうのか!? 最後の最後で私を落胆させるのか、ロック!!』
『……馬鹿かお前? 確かにこれから放つのは正拳突きだ。ただし俺の残りの魔力と気力と経験をつぎ込んだ最強の一撃! 獅子王武神流奥義――獅子王争覇ァァァァァァァァァ!!!』
右腕に込めた魔力を爆発させるように解放すると獅子のオーラが<マナ・ライガー>を包み、向かってくる巨大なサメを迎撃する正拳突きが打ち込まれる。
『獅子のオーラを纏った正拳突き……だと!?』
獅子王争覇とシャークバイトフルカウルが衝突するとビキビキという亀裂音が発生する。
獅子の拳がサメの鎧に突き刺さり、今まで傷つくことのなかったその外殻を破壊し始めていた。
『フォルネウス……俺たち武闘家にとって正拳突きは最初に教わる基礎中の基礎だ。今まで星の数ほどの正拳突きを打ってきたからこそ、絶対の自信を持つこれが奥義になったんだよ。鍛えに鍛え抜いたこの一撃に砕けないものはない!!』
獅子のオーラの正拳突きは、ついにサメの鎧をぶち抜きフォルネウスの腹部に打ち込まれた。
『なっ、シャークバイトが屈服した……だと!?』
ロックはそのままフォルネウスを地面に叩き込み、地面を大きく抉りながら突き進んでいく。
『うおおおおおおおおおらああああああああああああああああああっ!!!』
ロックの雄叫びと共に<マナ・ライガー>の放った獅子王争覇はフォルネウスの魔神化した身体を砕きながら前へ前へと進んでいく。
ロックの闘志みなぎる咆哮とは対照的なフォルネウスのからは苦痛の声が漏れる。
『ぐあああああああああああああ!! くぅ……これが、獅子王武神流の……奥義か……!!』
『これで……しまいだあああああああああああああああ!!』
臨界に達した獅子のオーラは爆発を起こしフォルネウスを呑み込み、<マナ・ライガー>はぎりぎりで爆発から逃れると着地した場所で片膝をついた。
限界を超え体内が高温になっていた<マナ・ライガー>の放熱部から熱が強制放出され周囲の大気が歪む。
『はぁ……はぁ……これが今の俺の精一杯だ!』
『執行形態終了、オーバーヒート発生、強制冷却開始。……これ以上の戦闘続行は不可能。これで倒せていなかったら……』
『……いや……俺たちの……勝ちだ……!!』
爆発により発生した土煙が風で流されると地面に大きく出来たくぼ地の真ん中に身体中から黒血を流し仰向けに倒れているフォルネウスがいた。