ロックVSフォルネウス
「千年前の魔人戦争は、表向きは魔人の軍勢とアルムスを保有した同盟軍による戦いと認知されているが実際はそれだけではない。同盟軍に所属していたアルムスの工房がいくつも離反し魔人側に付いた。その結果、戦争終盤にはアルムス契約者同士の戦いが頻発し泥沼の惨状と化した。――そうなったのは同盟軍側の人間がアルムスを一つの生命体として認めず武器という名の消耗品として接していたからだ。そしてその思想は千年経った今も変わっていない」
「それは……」
『……事実だよ、ロック。あの時、魔人側に付いたゾフの工房出身のアルムスは特に手強くて、何人もの仲間が犠牲になったんだ。そうなった原因の一つは、同盟軍の上層部の中にアルムスを蔑視する者が何人もいたからなんだよ。今でも人工生命であるアルムスに対する処遇は国や大陸によって様々だ。ロックのように家族として迎えてくれる人もいるけど、フォルネウスが言ったように消耗品や奴隷のように扱う人も大勢いる』
「その結果、人間とアルムスの間の溝はますます大きくなっていき協力関係は薄れていった。今、魔人戦争が再来してもアルムスの多くはかつてのように人間に手を貸すことはしないだろう。実際に、戦後命を賭して魔人と戦おうとするアルムスはいなかった。いれば、魔人はここまで増えず『アビス』という新たな魔人の軍勢が組織されるには至らなかったはずだ」
フォルネウスは冷たく言い捨て、ロックとレオは反論できなかった。彼が言った事は紛うことなき事実だったから。
アルムスに対する処遇問題は『ソルシエル』全土に広がっていたからである。
「今ここで起きている惨状は人間たちが行ってきた罪の代償。アルムスを……我々ディープを蔑視した故の帰結だ」
「……つまりこうなったのは、俺たちの自業自得ってことか。回りくどい言い方をしやがって、人間が憎いなら憎いって最初からそう言えばいいだろっ!!」
吠えながらロックが打ち込んだ拳はフォルネウスの左手に止められ、圧倒的な握力で握りつぶそうとしてくる。
「非常にシンプル過ぎる意見だが、お前の言う通りだ。私は陸で生きる人間が憎い、そして我々ディープに歪んだ繁殖を押しつけたこの世界の在り方が憎い! ――だから、この世界を壊す『アビス』の意志に賛同したウェパル様と共に戦うのだ!!」
フォルネウスはロックの拳を握ったまま彼を振り回し地面に叩きつける。それを何度も繰り返すと最後は蹴りを入れて壊れかけの建物にぶつけた。
建物はその衝撃で倒壊しロックは瓦礫の中に埋もれてしまう。
フォルネウスが静かな眼差しで瓦礫の山を見つめていると破片が一つまた一つと転がり落ち、次の瞬間内部から爆発したように四散する。
その中から現れたのは傷つきながらも全身から魔力のオーラを放つロックだった。
「いてて……野郎、めちゃくちゃにぶん投げやがって。一瞬、意識が飛びかけたぜ」
『クールな性格かと思いきや割と荒っぽい戦い方するね。ロックと良い勝負じゃない?』
「……ぬかせ。でも嫌いじゃない」
レオと軽口を言い合いながらフォルネウスの目の前まで戻ってきたロックはぴんぴんしていた。
その様子をフォルネウスは何処か楽しそうな表情で見ていた。
「私も身体の頑丈さには自身があるが、お前も相当だな。陸の人間の割にはよくやる。さすがはアロケル殿の弟子と言ったところか」
「どうしてそれを!?」
「お前が使っている獅子王武神流はアロケル殿が使っている流派だ。私は何度か彼から鍛錬を受けたことがあるから分かる。――ただし、技のキレや重さは比べようもないレベルだがな」
「……余計なお世話だ。それよりもお前に訊きたい事がある。師匠は今どこにいる!?」
「それを知ってどうする?」
「決まってんだろ。どうして魔人なんかに……十司祭になったのか、その理由を問いただす!」
ロックの目を見てその意志の強さを悟ったフォルネウスはしばらく考え込むとゆっくりと口を開いた。
「あの方は我々以上に人間を滅ぼすことに執着している。彼の邪魔をしようものなら弟子であるお前であっても排除されるだろう。それでも彼に会いたいのか?」
「……ああ。俺は知りたいんだ。優しかった師匠があんな憎しみに染まった目をするようになった理由を! そして師匠がこんな惨劇と同じ事をしようとしてるのなら、それを止めるのが弟子である俺の役目だ。――だから!!」
「……いいだろう。私は現在彼が何処にいるのかを知っている。私に勝ったら教えてやろう」
「そうか。だったら何が何でもぶっ倒して師匠の居場所を教えてもらう! いくぜ、フォルネウス!!」
「――来い、ロック!!」
より一層気合いを入れたロックとフォルネウスはそれぞれ魔力を高め闘技を繰り出した。
「獅子王武神流、破砕掌!」
「噛み砕け、シャークバイト!」
岩をも粉々にする掌底とあらゆる物を噛み砕くサメのオーラが衝突し魔力の干渉波が巻き起こる。お互いに一歩も譲らない状況に二人は笑みを浮かべる。
「今までとは比較にならない技の威力だ。――面白い、本気のお前の力をもっと見せてみろ!!」
「言われなくてもたっぷりと見せてやるよ! そんでもって吠え面をかかせてやる!!」
ロックはもう片方の拳に魔力を込めてシャークバイトに打ち込み一時的にフォルネウスの体勢を崩す。その隙に懐に入り追撃に入った。
「これを食らえ! 破砕連撃掌ッ!!」
両手に魔力を集中し破砕掌を連続で繰り出すとフォルネウスの身体に次々と打ち込んでいく。
強靱な肉体と防御力を誇るフォルネウスであったが、岩をも粉砕する攻撃を食らい続けてダメージが蓄積し黒血を吐きながら殴り飛ばされた。
受け身を取ってすぐに立ち上がると腕で血を拭い不敵な笑みを見せる。そこにロックは一瞬恐怖を覚え構える。
「面白い……戦っていてこんなに面白いと思ったのは初めてだ! ロック、お前には私の全力をぶつけたくなった。――魔神化!!」
禍々しいオーラを纏ったフォルネウスの身体は三メートル以上の体躯に巨大化し、頭部がサメを彷彿とさせる形状へと変化した。
更に刃のように鋭いヒレが全身の所々に生えて一層暴力性と攻撃性が高まっていく。
好敵手の本気の姿を目の当たりにしたロックとレオもまた魔力を高め、魔神と化したフォルネウスと戦うべくその力を解放しようとしていた。
『リアクター出力向上! こっちはいつでもいけるよ!』
「よっしゃあああああ! イクシードォォォォォォォ! ――いくぜ、<マナ・ライガー>!!」
ロックを包むように魔法陣が展開され、その中でロックとレオは光の粒子となって融合すると一体の鎧闘衣へと姿を変える。
黄色を基調とした装甲に身を包み、各所に鋭い牙や爪のパーツが組み込まれた獅子と虎の申し子の姿。
鎧闘衣<マナ・ライガー>は琥珀色のデュアルアイを意思の灯火の如く発光させると力強く大地に立った。
<マナ・ライガー>へと変身したロックは両前腕に魔甲拳グレイプルを装着し構えると対峙するフォルネウスもまた構える。
姿を変えた両者は言葉を交わす事なく、付近の廃墟が倒壊した瞬間を合図にしてその場を飛び出す。
そして、それぞれが繰り出したパンチが相手の頬に同時に打ち込まれるのであった。