雷の処女
執行形態ドンナーケンタウロスを発動した<マナ・ユニコーン>は、その四本脚から繰り出される恐るべき瞬発力によってサレオスの回りを走り翻弄し始める。
『――速い!? まだこんな力を残していようとは……!』
『ドンナーケンタウロスを発動させた<マナ・ユニコーン>の実力はこんなもんじゃないよ! ――アクセラレーション!!』
<マナ・ユニコーン>は全身に雷光を纏ってさらに加速し、雷の如きスピードで大地を駆け巡る。
その圧倒的スピードで四方八方からサンダーシュナイダーを撃ち込み、サレオスの全身を焼いていく。
サレオスは魔術で反撃するが、雷と化した標的の動きを捉えることすら出来ず、そのことごとくが外れるのであった。
『ぐくぅぅぅ! こんな……いや、それがしは負けん……お嬢の為にも……ディープの為にも……負けられんのだ!!』
『負けられないのはこっちも同じだよ! あなた達を放っておけば沢山の人が犠牲になる。ここで知り合った人も……それにいずれはゴシックの皆にも被害が及ぶ。絶対にそんな事はさせないよ! ――クレア、アレで勝負を決めるよ!!』
『確かにアレであればサレオスの堅固な防御を突破できるか。――それではやるぞ!』
サレオスの放つレインショットの弾幕を躱し、<マナ・ユニコーン>は後方に跳び距離を取った。
優勢な状況であるにも関わらず攻撃の手を止めるシルフィ達の行動をサレオスは訝しむ。しかし、その謎の行動の理由を彼は間もなく知ることになる。
聖弓ミストルティンが突如二つに分かれるとブレード状の形を取り<マナ・ユニコーン>の両腕に装着された。
すると胸部装甲が開かれ内部のエナジストが露出、両腕のブレード同士の空間に電光が走り始めエナジストの魔力と共鳴増幅されていく。
『両腕部砲身形成完了。胸部装甲オープン、エナジストと砲身の共鳴増幅開始、力場形成……照準送るぞ』
『……照準きた。目標をサレオスにセット!』
<マナ・ユニコーン>のデュアルアイの前に照準用魔法陣が展開されるとシルフィは雷光溢れる砲身をサレオスに向け照準をロックした。
この異質な魔力と武装を目の当たりにしてサレオスは狼狽える。
『な……それは一体何なのですか!? この凄まじい魔力が込められたそれは……!?』
『まあ、お主が驚くのも無理はあるまい。――そもそも鎧闘衣という代物は異世界人がもたらした『ロボット』という思想を参考にしたものなのじゃが、アウの工房で創られたアルムスと鎧闘衣はその特色が強くてのう。これはそれを象徴する『キャノン』という武装じゃ』
『キャノン……ですと……!?』
『サレオス……ボク達が放つ次の一撃で決めさせてもらうよ。全身全霊の雷の砲撃を受けてもらう!』
<マナ・ユニコーン>のエナジストの出力が臨界点を迎え、砲身を形成する雷光が激しくなっていく。
『クリート固定完了。リアクター臨界点を突破、砲身への魔力充填率八十……九十……百パーセントに到達! 撃てるぞ、シルフィ!』
四脚の足底部から滑り止め用の爪が地中に打ち込まれ衝撃に備える。そして砲身への魔力伝達が完了し遂に雷撃砲の発射準備が整った。
『了解! 射線オールグリーン……雷の処女――発射ァァァァァァァ!!』
シルフィの咆哮と共に雷光走る力場から膨大な魔力の雷撃がレーザー砲の如く発射された。
『『いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』』
光の速度で放たれた雷の処女は一瞬でサレオスに直撃し、堅固な鱗を雷撃で焼き、分厚い皮膚で守られた鉄壁の肉体を焦がしていく。
『ぐあああああああああああっ!! こんな……馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ……お嬢、申し訳ありません!! それがしは……ここまでですっ!!!』
雷の閃光が止むと射線上にいた魔神は元の魔人の姿へと戻っていた。全身は黒焦げになり力なく大地に倒れる。
雷の処女を放ち魔力をほとんど使い果たしたシルフィとクレアは、サレオスが倒れたのを見て戦いの終わりを悟った。
『……クレア、サレオスの所へ……』
『うむ。……行くぞ』
鎧闘衣形態を解きクレアはエルフ姿へと戻ると、二人は息も絶え絶えに横たわるサレオスの側までやって来た。
そんな二人のやるせなそうな姿を見るとワニ顔の紳士は穏やかな笑みを二人に見せる。
「……勝者がそんな悲しそうな……顔を……するものでは……ありませんぞ」
「でも……」
「見事な戦いじゃったぞ、サレオス。わしらが勝てたのは僅差じゃった」
クレアから労いの言葉を掛けられサレオスは微笑みながら目を閉じる。
「伝説の軍師殿にそう言ってもらえるのは……大変喜ばしい限りですが僅差だなんて……とんでもない。ディープであるそれがしが……実力以上の力を発揮できる水辺の戦いで負けたのです。おまけにあれほどの奥の手があった時点で……こちらには勝ち目は薄かったかと。……さすがですなぁ。それにシルフィ殿……正直あなたには驚かされましたぞ」
「……ボク?」
「ええ、そうです。それがしはミストルティン殿の……戦術に気を取られていましたが、あなたの底力は彼女の頭脳と合わさって……とてつもない力を発揮していました。……素晴らしいマスターとアルムスのコンビですなぁ……」
シルフィは驚きクレアを見るとエルフの美女は微笑み頷く。そして膝を立てて姿勢を低くすると横たわる敵の軍師に語りかける。
「主君に対するお主の忠義、見事であったぞ。お主と戦えたこと、わしは誇りに思う」
「あなたにそう言われるとは……軍師冥利に尽きますなぁ……」
「でも……でも、他に……戦わずにすむ方法はなかったのかな? だってサレオスも……ウェパルも……その他のディープ達だって別に戦いたくて戦っている訳じゃないでしょ? 皆、種族を絶えさせたくなくて……戦って……この世界を呪って……こんなの救いがないじゃないか! こんなのって……酷すぎるよ……」
止めどなく涙を流しシルフィは悔しそうに、そして悲しそうに声を震わせる。そんな彼女の肩に手を置いてクレアは優しく諭す。
「そうじゃな、シルフィの言う通りじゃ。この世界には歪で悲しい事実が沢山ある。ディープに関することは、その中の氷山の一角にすぎん。それでもわし達はこの世界で生きていかねばならんのじゃ。そして時には今回のように戦わねばならん事もある」
「シルフィ殿……それがし達のために泣いて頂ける……とは、あなたは本当に……優しい。お嬢と同じく……優しすぎる。……願わくば、その優しさを……忘れず……穏やかに生きていってください。――お嬢、志半ばで逝くこの老いぼれを……お許し……くださ……」
サレオスは頭上で輝く太陽に向けて手を伸ばすとウェパルに謝罪の言葉を述べ力尽き、その手は地面に落ち動かなくなった。
「クレア……ボク達、勝ったんだよね? でも……こんなの悲しすぎるよ。魔人との戦いが広がっていけば、この悲しみも広がっていくんでしょ? ――だったら、ボクは……!」
「シルフィ……お主、何を考えておるんじゃ?」
その時、咆哮と共に巨大な海蛇のような怪物が出現する様子が二人の目に入る。
「なに……あれ……?」
「この魔力は、まさかウェパルか? 何ということじゃ、魔神化したとは言えあれほどの規模を誇る者は魔人戦争でも見たことがないぞ!」
魔神化したウェパルの身体が光ると上空に戦場を覆う巨大な魔法陣が展開され、この地一帯に光が降り注ぐのであった。