雷鳴のケンタウロス
『どうやらやったようじゃな……』
『うん。確実な手応えがあった。これで――』
『――安心するのはまだ早いですぞ』
『『……っ!?』』
サレオスは全身黒焦げになりながらも生きていた。魔術で作った大量の水を浴びると『ジュワァァァァ』と音を立てて身体から煙が立ち上っていく。
その様子をシルフィとクレアは驚きながら見つめていた。
『そんな……あの状況で……紫電をまともに受けて無事だなんて……!』
『何というタフな奴じゃ。これほどの防御力と生命力を持ち合わせた魔人は前の戦争の時もそうそういなかったぞ……』
『いやぁ、さすがにそれがしも一瞬ヒヤリとしましたぞ。しかし、魔力を防御と鱗の生成に全振りしたのが功を制しましたな。下手に回避にこだわれば今の攻撃でやられていたでしょうな』
サレオスの焼け焦げた鱗が剥がれ落ちていくと、その内側から新たな鱗が姿を現す。それにより先程まで黒くなっていた身体は元の緑色へと戻っていった。
『さすがに全身の鱗を新しく生成したので少々魔力を使ってしまいましたなぁ。あれだけの威力の攻撃を連射するとは驚きましたぞ』
『鱗が生え変わった!? ウソでしょ!』
『全身を覆う頑丈な鎧を自らの意思でいつでも新調できるという訳か。つくづくとんでもない奴じゃな。けれど紫電で内部に受けたダメージは消えてはおらんはずじゃ』
『ミストルティン殿の目は誤魔化せませんな。確かに先程の紫色の矢によるダメージは残っておりますが、魔神となったこの状態は再生力に富んでいますのでもう少しすれば完全に回復します。――さて、それでは今度はこちらから行かせてもらいますぞ』
サレオスは再び魔法陣からハイドロップを繰り出し、その爆発によって周囲の地形を変えていった。
<マナ・ユニコーン>はその全ての爆撃を回避するがシルフィは腑に落ちないのを感じていた。
『おかしいよ。サレオスはさっきからハイドロップしか使っていない。あの術は威力はあるけどスピードが遅いから<マナ・ユニコーン>に当てられないのはすぐに分かるはずだ。それでもしつこくあれしか使わないのには理由があるはずだよね?』
『わしも同じ事を考えていた。あの知将が無意味な攻撃をするとは思えない。――待てよ、まさか……』
その時、クレアはこの周辺の土地が度重なる水爆弾によって大きくくぼんでいる事に気が付いた。
そしてサレオスの作戦に気が付き青ざめる。
『シルフィ、すぐにこの場から離脱するぞ。あやつは水系統の魔術を使う。恐らく次に来るのは――』
『さすがですな。それがしの戦術を読まれましたか。しかし少々気が付くのが遅かった様子。準備はたった今完了しました。――さあ、始めましょう。タイダルウェーブ!!』
<マナ・ユニコーン>が立っているくぼ地を囲むように複数の魔法陣が展開されると、そこから大量の水が噴き出し、大津波となって大地を呑み込んでいく。
四方八方からの水攻めによって逃げ場を失った<マナ・ユニコーン>は津波に呑み込まれ、くぼ地を削りながら深みを増していく渦巻く水の中に沈んでいった。
『うあああああああっ!! 身体のバランスが維持出来ない!』
『くうっ! やはりタイダルウェーブか……! シルフィ、全身の魔力を操作して渦から抜け出すぞ』
『無理だよぉー、ボクがカナヅチなの知ってるでしょう!? うう……苦しくなってきた……』
『何を馬鹿なことを言っておるんじゃ! 鎧闘衣の状態なら呼吸しておらんから窒息はせん。空を飛ぶ時と同じ要領で水中を移動すればいいんじゃ!』
クレアの助言を聞いてシルフィは「そういえばそうだった」と言って渦巻く水中で流されないように身体を固定する。
その間、タイダルウェーブによって削り取られた大量の岩や石などが<マナ・ユニコーン>の身体に猛スピードで当たっていく。
『いたたたたたたっ! このまま水中にいたら身体が削られちゃう。陸に上がらないと』
<マナ・ユニコーン>は外に向かって水中を急浮上していく。しかし、ここでクレアは注意を促した。
『まだ水中から出てはならぬぞ。わしの予想が正しければサレオスは、<マナ・ユニコーン>が外に出てきた瞬間を狙って攻撃を仕掛けてくるはずじゃ』
『でも、それじゃどうするの? このままここにいても埒が明かないよ』
『……執行形態のスピードで一気に急浮上し攻撃を躱すしかあるまい。今準備を――』
クレアがエナジストの出力を上げ始めると水中で異変が生じた。渦が弱まったかと思うと今度は水面の方に向かって身体が押し上げられ始めたのである。
『上に向かって押し上げられる……駄目だ、身体が動かない……!』
『これは……スプラッシュだと!? 奴め、わしらを強制的に外に押し出す気か!?』
大規模な水の上昇が巻き起こり、その流れに呑まれた<マナ・ユニコーン>は大量の水と共に一気に外に吹き飛ばされた。
その一瞬、二人はサレオスの姿を捉える。彼は口を大きく開きそこに魔法陣を展開していた。
『中々出てこられないので、失礼ですがお手伝いさせていただきました。――では、これで終わりにしましょう。……ハイドロブレス!!』
水中から強制的に空中に投げ出された<マナ・ユニコーン>に向けて、魔法陣から超圧縮された水の奔流がレーザー砲のように発射される。
敵の攻撃で一時的に動きが麻痺していた<マナ・ユニコーン>は水のレーザー砲――ハイドロブレスの直撃を受けると地面に叩きつけられ大地を削りながら吹き飛ばされていった。
『う……くぅ……』
『っつぅ……全身の六割以上が損傷……完全に……してやられた……のう……』
大ダメージを受けた<マナ・ユニコーン>は全身の装甲に亀裂が入り、内部を循環するマナが損傷した箇所から吹き出す。
そんな満身創痍の白い鎧闘衣に向かってサレオスは悠然と歩きながら近づいていく。そこには勝者の風格があった。
『勝敗は決しましたな。さすがのミストルティン殿とそのマスターでも、それだけダメージを受けては立ち上がる事もできますまい。それがし個人としてはここで手打ちとしたいところですが、我々ディープにとってあなた方は危険な存在。――ここで消えて頂かなければなりません。ご容赦を……』
『ふん……まさか魔人にそのような事を言われるとはの……しかし、いささか時期尚早じゃのう。サレオス……』
『……負け惜しみにしてもハッタリにしても、伝説の軍師の最期に相応しい態度ではありませんな。この状況であなた方の勝率はゼロです。諦めが肝心と思われますが』
『クレアの言う通りだよ。ボク達はまだ――戦える!!』
次の瞬間、<マナ・ユニコーン>の一本角が光ると、その光は全身に広がっていき損傷した箇所を一瞬で修復していった。
その異常とも言える回復速度を目の当たりにしたサレオスは、驚愕で表情がこわばる。
『な……なんという修復速度! ……上級の治癒術ですらこれほどの効果は無いはず。それをどうやって?』
『この<マナ・ユニコーン>は戦闘で受けた魔術や闘技の魔力を額の角――ヒールホーンに蓄積して治癒術を発動することが出来るんだよ。連続して使える能力じゃないけど、こうして戦闘可能な状態まで回復できる優れものさ』
『そのような能力があったとは……。さすが魔人戦争を戦い抜いただけの事はありますな。その能力を使いこなすマスターの実力もまた常人離れしている』
<マナ・ユニコーン>のダメージが癒えたことで戦いは振り出しに戻ったかに見えた。ただし、これまでの戦いで双方の魔力は限界を迎えつつあった。
互いの戦闘思考が終局に向かう中、シルフィとクレアは決着をつける為に切り札の使用に踏み切る。
『クレア……やるよっ!』
『……うむ。リアクター最大、リミッター解除。執行形態――ドンナーケンタウロス発動!』
<マナ・ユニコーン>の下半身が馬を彷彿とさせる四本脚へと変化し、その姿はまさに雷鳴のケンタウロスそのものであった。