純白の鎧闘衣マナ・ユニコーン
「……忠告痛み入ります。しかし、ここまで来てしまったからにはもう後には退けないのですよ。我々ディープは歪な繁殖の仕方にずっと悩んできました。これはそれを払拭する為の戦いなのですよ。例えそれがあなた方、多種族から見て悪魔の如き行為であっても、それがしはお嬢に何処までも付いていく所存です。――それが地獄であったとしてもね」
サレオスの言葉と表情から一片の迷いもない事を悟ったシルフィとクレアは、説得は無理なのだと痛感した。
『どうやら説得は無理のようじゃな。――ならば!』
「うん、そうだね。サレオス、ボク達も負けるわけにはいかない。負ければ、ここだけじゃなく『アーガム諸島』全ての人たちが犠牲になるから。だから――!」
『「――全力でお前を倒す!」』
シルフィの目からは戦い対する迷いは消え、魔力が一気に高まっていく。同時に黄金の弓へと武器化しているクレアもコアであるエナジストの出力を高めていった。
「……あなた方も信念を胸に戦っている以上、やはり殺し合うのは必然だったということでしょうな。ですが、アクアジェイルに囚われたこの状況でどうする気ですかな?」
「本気を出したボク達を甘く見てると怪我じゃ済まないよ! ――クレア!!」
『……うむ、たった今準備が整ったところじゃ。いくぞ、シルフィ!』
聖弓ミストルティンのエナジストから紺色の光が広がっていき、アクアジェイルの内部では内から檻を軋ませる魔力が解放されようとしていた。
「いくよっ――イクシード! 疾走、<マナ・ユニコーン>!」
シルフィを包むように魔法陣が展開され、その中でシルフィとクレアはマナの粒子となって一体の人型へと姿を変えていった。
身体を構成する全てが強固なマナの金属で出来た二メートル超の人型は、全身純白の装甲を纏い、額には螺旋状の一本角を有していた。
意志を示すように紺色のデュアルアイが発光すると、黄金の弓――聖弓ミストルティンを装備し頭上に目がけて雷撃の矢を発射する。
たった一撃でアクアジェイルの天井部分が吹き飛び、そこから純白の鎧闘衣は颯爽と脱出を果たすのであった。
その美しい佇まいを目の当たりにしてサレオスは感嘆の声を漏らす。
「おお……何と美しい……それがし、この世で最も美しいのは海中のサンゴ礁だと思っていましたが、それにも劣らず何と麗しいことか……」
『お主、随分と舌が回るのう。魔人としてではなく評論家にでもなった方が性に合っておるのではないか?』
『ボク達が本領発揮できるのは鎧闘衣になった時……サレオス、お互い本気で戦おう!』
「……ふむ。先手を打てる状況で魔神化する猶予を与えるとは。その正々堂々とした振る舞いはフォルネウスと同じですな。戦場という血なまぐさい場では危うく、それでいて美しい思想……それがしの様な汚れた心の持ち主には眩しすぎますな。――魔神化!」
サレオスは魔力を高めると黒いオーラに包まれ身体が膨れ上がっていき、一瞬で三メートル以上の大きさにまで巨大化した。
ワニ顔と恰幅のいい人型の身体という外見こそ変わらなかったが、その獰猛さと堅固さが強化された姿は圧倒的なプレッシャーをシルフィに与える。
『凄いプレッシャーだ。これが本気を出した魔人の力なんだね。アラタ達はこんな凄い相手と戦ってきたのか……』
『その通りじゃ。しかも先程あやつが戦ったのは十司祭の一人……ここにいるサレオスよりも更にレベルが高い魔人。それを一騎打ちで討ち取ったのじゃから本当に大した奴よ』
『ふぉ、ふぉ、ふぉ……。それがしとアスタロト殿とでは比較にはなりませんよ。――それ故、あの異世界人の少年はあまりにも危険と判断しました。アスタロト殿との戦いで疲弊しきった今こそ仕留める絶好の機会。今頃は別行動をしている仲間の魔人が接触している事でしょう』
その衝撃の事実にシルフィとクレアはうろたえる。しかし、それぞれが魔人と対峙している現状では誰かをアラタの元へ行かせる事も出来なかった。
『……競技場に残っている者たちを信じるしかあるまい。それにアラタが寝入ってからそろそろ三十分が経つ。間もなく目を覚ますはずじゃ。我々は目の前にいる敵を討ち取ることに集中するぞ!』
『……分かった! サレオス……勝負だ!』
『その意気やよし……お相手致しましょうぞ!』
お互い距離を取ると、<マナ・ユニコーン>は横に駆け出し連続で雷の矢――サンダーアローを連射する。
それに対しサレオスはその場に留まり水系統魔術ハイドロップで迎撃を開始した。
サレオスが放った水の玉は地面に落下すると周囲を巻き込んで破裂し、連続で放たれたため次々と爆発、周囲の地面を穴だらけにしていった。
その間サンダーアローは立て続けにサレオスに直撃するが、その堅牢な鱗に阻まれ少々のダメージしか与えられない。
『魔神化した事でさらに防御力が上がっておるようじゃな。あれを撃ち抜くには中途半端な攻撃では意味が無いじゃろう』
『そうだね。攻撃の手数を増やしても駄目なら。――魔力集中……サンダーシュナイダー!』
ミストルティンから大玉の雷撃の矢が発射されてサレオスに直撃する。その雷の玉は当たった場所にしばらく留まり続け、継続的なダメージをサレオスに与えた。
『ぬぅ! これは……!?』
『その頑丈な鱗を一撃で貫通できなくてもずっと食らい続けたらどうかな? まだまだいくよっ!!』
<マナ・ユニコーン>はサンダーシュナイダーを撃ち続け、動きが遅いサレオスは回避が間に合わず身体の表面を雷の玉で焼かれていく。
シルフィはそこにサンダーアローの連射を組み合わせ、焼けて防御力が低下した鱗を撃ち抜いていった。
『――いけるっ! これなら押し込める!!』
『油断をするな。用意周到なあの者のことじゃ。ピンチに陥っているふりをして反撃のチャンスを窺っている可能性が高い。その執念を断つ一撃を入れるぞ!』
シルフィはミストルティンに魔力を集中すると正面に魔法陣が展開される。
魔法陣は照準装置のように標的であるサレオスをロックし、ミストルティンにセットされた雷の矢は高密度の魔力が集まり紫色の雷光を放ち始める。
その異常な雷の魔力にサレオスの表情がこわばる。
『何という魔力。さすがは聖弓ミストルティンとそのマスター……素晴らしいですな』
『そんな余裕はこの一撃で吹き飛ばすよ。照準ロック……紫電ッ! いっけぇぇぇぇぇぇぇ!!』
紫色の電光を纏う矢が一閃しサレオスに直撃した。
堅牢な鱗ごとその巨躯は紫色の雷に焼かれていき、雷光が止む頃にはサレオスの全身は黒焦げになっていた。