シルフィVSサレオス
ウェパル率いる魔人たちとアンジェ達の戦いが始まり、シルフィとクレアのコンビはウェパル側近のサレオスと対峙していた。
クレアは聖弓ミストルティンへと武器化し、雷撃の弓矢をサレオスに撃ち込んでいく。
しかし、硬い鱗と分厚い皮膚に覆われたサレオスはその威力を半減させていた。
一方でサレオスは水系統魔術による遠距離攻撃を得意としており、その高い防御力と合わせて堅牢な固定砲台となってシルフィに水魔術の弾幕を張っていた。
「ふぉ、ふぉ、ふぉ、大した瞬発力ですな。さすがは陸上最速を誇るオラシオン族といったところですかな」
素早く走り回るシルフィに対し、サレオスは余裕の笑みを浮かべながらレインショットで牽制をする。しかし、その好々爺の目には一片たりとも油断の感情はない。
その徹底的な水の弾幕を前にシルフィは回避を余儀なくされていた。
『レインショットは威力が低い分、連射性と攻撃範囲に優れておる。あれで足を止められたら更に威力の高い術を撃ち込まれるぞ』
「分かってる! あのおじいちゃん、別の種類の魔法陣を待機させてるからね。ボクの動きが鈍った瞬間にあれをぶつけてくる気なんでしょ」
レインショットは散弾銃の如く広範囲に放たれ地面や建物に無数の穴を開けていく。
一般的なスピードの魔闘士であれば躱すことは難しい攻撃であるが、俊足を誇るオラシオン族のシルフィだからこそ回避を可能としていた。
「ふむ……なるほどなるほど。そのスピードで長時間動き続けられるとは驚きましたな。オラシオン族の中でもあなたは優秀な走者のようだ。魔力、スタミナ共に実に素晴らしいレベルですな。――しかし!」
シルフィの足元に突然魔法陣が出現するとたちまち目の前に水の障害物が出現し、疾走していた彼女は思い切りぶつかってしまう。
派手に転んだシルフィが急いで身体を起こすと自分を囲むように格子状に組まれた水の檻に閉じ込められている事に気が付く。
「なに……これ……?」
『やられたっ! 奴め、予め魔法陣を設置しておったのか!』
唖然とした表情で水の檻を見回すシルフィと苦渋に滲む声を出すクレア。
その一方でサレオスはワニを思わせる顔をニコニコさせながら檻の外から彼女たちを見ていた。
「やれやれ、どうなるかと思いましたが上手くいって良かったですな。いくらそれがしでも、あれだけ素早く動かれたのでは魔術を当てるのは困難を極めますからな。からめ手を使わせてもらいました」
『……大した戦術じゃ。自身の近くで完成させておった二つ目の魔法陣はブラフか。わしとした事がまんまとやられたわ……』
「音に聞いた軍師ミストルティン殿も長い間戦いから遠ざかり勘が鈍っておった様ですな。そうでなければ、このような稚拙な罠に掛かったりはしなかったでしょう」
サレオスは冷静に状況を分析し最善の策を実行してきた。
その事実にかつて魔人戦争で幾つもの作戦を考え、味方を勝利に導いてきたクレアは自らの慢心を恥じていた。
『……やれやれ、わしもアラタの事をどうこう言えんのう。過去の栄光に囚われ敵を侮っておったのはわしの様じゃ』
「クレア……諦めるのはまだ早いよ。そうでしょ……?」
自嘲気味に笑うクレアに対してシルフィは気力をみなぎらせ、外に出ようと格子状の柵を掴んだ。
『シルフィ! うかつに檻に触れるな!!』
檻内の床から強烈な水柱が噴射しシルフィに直撃、天井に彼女を叩きつけるとしばらくして噴射は収まった。
シルフィは檻内の天井から床に落下し咳き込んでいた。
「げほっ、ごほっ……! っつ……今のは何だったの?」
『大丈夫か? 全く無茶しおって……。この水の檻――アクアジェイルは触れると内部でスプラッシュ級の水柱を発生させるんじゃ。下手に抵抗すれば自滅しかねんぞ』
「その通り。抵抗はしない方が身の為ですぞ、オラシオン族のお嬢さん。――しかし、走る事以外では心穏やかなオラシオン族がこんな血なまぐさい戦場に出てくるとは驚きましたな」
サレオスは訝しみながらシルフィを見つめる。その目はどこか哀れむような色を含んでいた。
「今まで色々あってね。……確かに戦いは好きじゃないよ。けど、戦わなければ守れないものが沢山ある。だからボクは戦うんだ。クレアと皆と一緒にね。おじいちゃん――サレオスだってそうでしょう?」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ……これは一本取られましたな。若いのによく出来たお嬢さんだ。確かにあなたの言う通り、それがしにも戦う理由がある。お嬢と……ウェパル様と共にディープという種を存続させる為に戦う理由がの」
『……それはディープ独自の繁殖問題のことか?』
「如何にも。我々ディープはオスとメスという性別がありながら、同族同士では繁殖出来ない歪な種族。それ故繁殖には陸に住む多種族の異性から種をもらうか、もしくは種を植え付けるかしなければならない。こんな状況故、我々は『海のゴブリン』などと呼ばれ蔑まれてきたのです」
サレオスは遠い目をしながらディープという種族の問題点を語る。シルフィとクレアはその切実な話を黙って聴いていた。
「ある日、陸の人間と争いが起こり、その中でウェパル様は魔人へと至りました。そして、あの方――アスモダイ様が我々の前に姿を現し、歪な生態系を我々に押しつけたこの世界の在り方を壊すと仰ってくれたのです。それ故にウェパル様は十司祭の一人となり戦っておるのですよ。あなた方はウェパル様を単なる悪人だと思っているのでしょうが、この事実だけは知っておいてもらいたかったのです」
「……そんな裏話があったんだね。――でも、それが本当だとしても、この惨状を引き起こしていい理由にはならないよ。そうでしょう?」
『……シルフィ……』
シルフィもまた悲しそうな表情でサレオスを見つめ、自身に起きた悲劇を話し始めるのであった。
「……ボクが生まれ育ったオラシオン族の集落は、近くで起こったダンジョンブレイクで大量に発生した魔物によって壊滅させられたんだ。ボクは運良く助かったけど、家族も友達も……ボク以外は助からなかった。サレオス達がやろうとしてるのは、そんな悲劇を生み出す行為でしょ? そんなの……駄目だよ!」
『シルフィの言う通りじゃ。サレオス……お主等とてこんな悲劇的なやり方は本望ではあるまい? 今ならまだ引き返せる。兵を引きアスモダイとも手を切れ。奴はお主等が思っているような男ではない。他人を捨て駒のようにしか考えておらぬ冷徹な者なのじゃ。魔人戦争の際も、奴は仲間の魔人たちを犠牲にし生き延びたのじゃぞ!』
シルフィとクレアの必死の説得の中、サレオスは笑顔を二人に見せる。しかし、その口から出てきたのは揺るがぬ忠義故のものだった。