約束がために
『ちぃっ! ……これは……!?』
『装甲表面に損傷! 躱したはずなのにどうなってるの!?』
『おやおや、動きを止めたりなんかしたら危ないでやんすよ』
フォカロルの竜巻攻撃は止まらず一瞬動きを止めたスヴェンに向かって正面から突っ込んでくる。
『直撃コース……回避間に合わないわ!』
『ならばっ! グラビティウォール最大出力だ!!』
スヴェンはグラビティウォールを展開し魔力を防御に集中した。
その直後ストームトルネードが直撃し、重力の防御壁で高速回転する竜巻を受け流すことに成功する。
防御が間に合いスヴェンとルイスが安堵した瞬間、グラビティウォールを何かが貫通し<マナ・ファルコン>の身体にいくつも突き刺さった。
『きゃあっ! グラビティウォールを貫通した!?』
『これは……ソードフェザーだと!? そうか、ストームトルネードの中に仕込んでいたのか。竜巻の高速回転に加えて羽根の刃の組み合わせとはな……やってくれる!!』
ソードフェザーが突き刺さった部分から鎧闘衣の内部を循環するマナの粒子が血液のように噴き出し、<マナ・ファルコン>のパワーが低下していく。
『ダメージ四十パーセント超過、マナ流出に伴いパワー低下! これ以上ダメージを受けたら危険よ!』
ルイスが危機的状況を知らせる中、スヴェンは驚きの行動を取ろうとしていた。
『……ルイス、攻撃に打って出るぞ。次に奴がストームトルネードを放ってきたら重波黒刃で突っ込む!』
『正気!? 下手したら竜巻とソードフェザー二つの直撃を受けることになるわ。そうなったら持たないわよ!』
『このまま防御に徹していてもジリ貧になるだけだ。ならば攻撃に転じて死中に活を見出すしかない。――大丈夫だ、俺とお前自身……<マナ・ファルコン>を信じろ!』
『……分かった、やってみましょう。まったく、今まではこんな分の悪い掛けしなかったのに、誰の影響かしら?』
ルイスの小言を聞かないふりをしつつ、スヴェン自身もまた自分の変化に内心驚いていた。
今まで戦いの中でピンチに陥ったことは何度かあったが、そんな状況においてここまで気力がみなぎった事はなかったからである。
ふと思い出すのは昨日知り合ったばかりのアラタとロックの二人の姿だった。
『あの馬鹿コンビにこうも影響されるとはな。――だが、悪くない気分だ!』
スヴェンはブリューナクに魔力を集中しながら少しずつフォカロルとの距離を縮めていく。
『わっちに少しずつ接近している……? この状況下で何か企んでいるみたいでやんすが、ストームトルネードをどうこうは出来ないはず。次で終わらせるでやんすよ!』
フォカロルは前方に形成した魔法陣に魔力を込めて<マナ・ファルコン>に止めを刺すべくストームトルネードを放った。
その瞬間、スヴェンは加速し反撃に打って出る。
『それを待っていた! 一か八か……勝負だ、フォカロル! 重力の闘技――重波黒刃ッ!!』
ブリューナクに魔力が集中し重力の刃が形成されると、ストームトルネードに正面から突撃する。
『これで終わったでやんすね……えっ!?』
勝利を確信したフォカロルの目の前には、ストームトルネードを斬り裂きながら突っ込んでくる<マナ・ファルコン>の姿があった。
竜巻の中に仕込ませたソードフェザーすらも重力の刃に一瞬で砕かれ消え去っていく。
『攻撃こそ最大の防御とはよく言ったものだ。これで――!!』
『しまっ――!?』
攻撃に意識を集中していたフォカロルは回避が間に合わず、その左翼を重波黒刃によって貫かれ大量の羽根が黒い血と共に舞い散った。
『くうううううううううっ!? そんな……でもまだ……!!』
痛手を負いながらも残った右翼と風操作によって急上昇したフォカロルは、残った魔力を総動員して最後の攻撃を行おうとしていた。
巨大な魔法陣が頭上に展開されると空では突然暴風が吹き乱れ、いくつもの竜巻が発生する。
『これがわっちの奥の手――タービュランスでやんす。こうなったらもうわっちの意志では止められない。今度こそ終わりでやんすよ』
空中は乱気流によって滅茶苦茶な状況となり、<マナ・ファルコン>はその場に留まることすらも出来なくなり吹き飛ばされてしまう。
『あいつ、まだこれだけの力を残していたのか!?』
『周囲に発生した竜巻がこっちに向かってくるわ。まともに動けないこの状況で直撃したらまずいわ!』
余力を出し切ったフォカロルは空高く舞い上がり暴風圏から抜け出すと、事の顛末を見届けようと<マナ・ファルコン>を見下ろしていた。
それに気が付いたスヴェンは最後の手段に踏み切る。
『ルイス、執行形態を使う。奴はこの乱気流を発生させたことで魔力を使い果たした。これを乗り切れば俺たちが勝つ。――いくぞっ!!』
『分かったわ! リアクター最大出力、リミッター解除。執行形態――グラビティマキシマム発動!』
<マナ・ファルコン>の翼から重力の羽根が発生し、身体の周囲にも重力のバリアが展開されると竜巻の包囲網に自ら飛び込み内部から一瞬で消滅させた。
その規格外の攻撃力を目の当たりにして、高高度から見下ろしていたフォカロルの目が大きく見開かれる。
『これは……参ったでやんすね。わっちの風が……屈服した……』
諦めとも言える言葉がフォカロルの口から漏れると、乱気流の中で何事もなく飛翔する<マナ・ファルコン>は標的を定め魔力を高める。
『敵座標確認! グラビティエール出力百パーセント! ――スヴェン!!』
『これで決めるっ! ブリューナク、お前の本当の姿を見せろっ!!』
ブリューナクの一本だった刃が五本に分かれ、その一つ一つに高密度の魔力が集中していく。
重力の翼たるグラビティエールを羽ばたかせると絶大な加速力で飛翔し暴風圏を抜けてフォカロルの目の前に一瞬で移動した。
『これは……お手上げでやんす……ね』
『終わりだ、フォカロル……。これが俺たち最大の闘技――超重波斬衝ッッッ!!』
ブリューナクの五本の穂先から一斉に重力の巨大な刃が解き放たれフォカロルに直撃した。
重力の刃はさらに乱気流うずまく暴風圏をも斬り裂き、嵐を鎮めるのであった。
空が落ち着きを取り戻していく中、フォカロルは羽根を散らせながら地上へと落下した。
執行形態を終了させたスヴェンは、後を追うようにゆっくりと降下しフォカロルの近くに着地すると鎧闘衣形態を解除する。
瀕死状態になったフォカロルの魔神化も落下中に解かれ、今は元のハーピーの姿へと戻っていた。
朦朧とする意識の中で、近くにスヴェンとルイスがいることに気が付くと微かに笑う。
「はぁ~、わっちの完敗……でやんすね。……ところで、一つ訊いてもいいでやんすか?」
「何だ……?」
「戦い始めた時……あんたは自分の戦う理由を……『約束』と言ってやんした。それって誰との約束……でやんすか? 実は戦ってる間……ずっと気になっていたでやんすよ……」
スヴェンは空を見上げると穏やかな目で、その相手を口にした。
「……母だ」
「お母さん……でやんすか……?」
「母は妾として俺を身籠もり下町で育ててくれた。身体が弱かったが俺の前ではいつも笑顔を絶やさない強い女性だった。その母の遺言が、『父親を憎まないであげて欲しい。そして、出来ればあの孤独な人を助けてあげて欲しい』というものだった。母が亡くなってすぐに俺は『アストライア王国』の国王の息子として引き取られた。まさか自分の父親が国王とは思わなかったな……」
「なるほど……強いはずでやんす。そんな大事な話をしてくれるなんて……驚いたでやんす」
「貴様は敵ではあったが、忠義に厚い戦士だったからな。礼節を持つには相応しい相手だと思っただけだ」
語りながら、表情を見られまいとスヴェンは顔を背ける。その姿を見てフォカロルは弱々しく笑っていた。
「ふ……本当に素直じゃないで……やんすねぇ。これは……パートナーは相当大変で……やんす」
そう言うとフォカロルはゆっくりと目を閉じて動かなくなった。
戦いに勝利したにも関わらずスヴェンとルイスが後味の悪さを感じていると、周囲に響き渡る咆哮と共に巨大な海蛇のような怪物が出現するのが遠くに見えた。
「なんだ……あれは……?」
「この圧倒的な魔力は……ウェパルのものだわ。それじゃ、あれは魔神化した彼女の姿だっていうの? ウソでしょ……桁が違いすぎる……」
離れた場所からでもしっかりと視認できるその巨躯は百メール前後にも及び、この場でディープと戦う者たちの心を絶望で塗り潰していくのであった。