スヴェンVSフォカロル
ハーピーの魔人フォカロルと対峙するスヴェンは側に寄りそうルイスとアイコンタクトを取ると、戦いに向けて彼女を武器化させた。
「いくぞ、ルイス。マテリアライズ……聖槍ブリューナク!」
ルイスの胸部に出現した紋章に手を触れ唱えると紫色の光に包まれた彼女は一本の槍へと姿を変える。
スヴェンはブリューナクを手に取ると穂先をフォカロルに向け殺気と魔力を合わせたプレッシャーを叩きつける。
一方のフォカロルは余裕の表情で楽しそうに笑いスヴェンを挑発するのであった。
「クスクスクス……、最初からそんなに一生懸命になって本当に可愛いでやんすなぁ。相手がお姉さんだからといって緊張しなくてもいいんでやんすよ?」
「……何を言っているのかさっぱり分からないな。俺を動揺させるのが狙いだろうが、その手には乗らん!」
スヴェンはフォカロルの周囲を駆け回り、相手の出方を窺いながら少しずつ距離を詰めていく。
フォカロルは笑みを絶やさぬまま、翼に魔力を集中し近づこうとするスヴェンに先制攻撃を開始するのであった。
「相手との距離をちょっとずつ詰めてくるのは良いと思うでやんすが、時には思い切って踏み込んでみるのも大事でやんすよ。――ウィンドカッター!」
フォカロルは翼の付近に魔法陣を展開し、そこから風の刃を連続して放つ。スヴェンはウィンドカッターを避けながら自身の攻撃範囲に相手を捉えた。
「一体なんの話だ。――グラビティ!」
「くぅっ、これは――!」
スヴェンの前方の一定範囲内に加重が掛かり地面が陥没、その中にいたフォカロルは堪らず膝を折る。
「なるほど、これが重力系統の魔術でやんすか。こんな感覚は初めてでやんす。わっちの初めて……あんたに奪われてしまったでやんすねぇ」
『はぁ!? さっきから何言ってんのこのエロハーピー! ……お姉様に同じ台詞を言ってもらったら、もの凄いはかどるのにぃぃぃぃ!!』
「戦いに集中しろ、ルイス! 侮れば足元をすくわれるぞ!」
フォカロルはクスッと笑うと加重が掛かった中で翼を大きく開く。そして、翼を刃物の様にして振り回すとグラビティは斬り裂かれてしまった。
一瞬かつ容易に重力の包囲網が崩されスヴェンとルイスは驚きを隠せないでいた。
「なっ……!?」
『そんな……翼でグラビティを魔術解除したの!?』
「そんなに驚く事でもないでやんしょ? あの程度の拘束力では魔人を長時間捕縛する事はできないということでやんす」
フォカロルは魔力が込められオーラを纏う翼を羽ばたかせる。すると舞い散った羽根の一枚一枚がナイフの様に硬質化し空中に留まっていた。
「羽根が金属の様に変化しただと?」
「その通りでやんす。これがわっちの固有能力――ソードフェザーでやんす。魔力を通すことで羽根を剣の様にして撃ち出すことが可能でやんすよ。……それ!」
舞い散った羽根の一枚が射出されスヴェンの頬をかすめて後方に立っていた石像を貫通し粉々に破壊した。
スヴェンの頬からは血が滴りローブの袖で拭う。
『このスピードと威力は危険よ、スヴェン』
「分かっている。しかも奴は今と同じ攻撃を何発も同時に実行できる。随分と厄介だな……」
スヴェンが険しい表情でブリューナクを構えているとフォカロルは余裕の笑みを絶やさぬまま口を開いた。
「そう言えば、戦いが始まる前にわっちに言っていたでやんすねぇ。『例え女であっても手加減はしない』と……。あれって誰に対して言った言葉でやんすか?」
「どういう意味だ? あれはこれから戦う貴様に向けて――」
「本当にそうでやんすか? 例えば……普段から老若男女関係なく皆殺しにする者が一人の女を手に掛けようとした時、わざわざそんな宣言しないでやんしょ? ――あれは、わっちにではなく自分に向けて放った言葉……でやんしょ?」
「――っ!」
『……スヴェン』
フォカロルの指摘を受けてスヴェンは身体をビクンと震わせる。ブリューナクを握る手に必要以上の力が入り、ルイスは心乱されるマスターを心配していた。
「最初に対峙した時にあんたを見て思ったでやんすよ。なんて優しい瞳をしているんだろうって。そして、どうしてこんな瞳をした人が殺伐とした戦いの場に身を投じているのか……とね。――本当は相手を傷つけたり、ましてや命を奪う行為なんてしたくはないんでやんしょ? それなのにどうしてあんな言葉で自らを奮い立たせてまで戦うでやんすか? 『アストライア王国』の勇者としての義務感だけでそこまでやれるとは思えないでやんす」
先程まで見せていた笑みはなりを潜め、フォカロルは真面目な顔でスヴェンを見つめている。
スヴェンはしばらく沈黙するとフォカロルを見つめ返し槍の穂先を向けた。
「……約束したからだ。そう……俺にとって大切な人との最後の約束。俺はその為に戦っている。相手が誰であろうと、立ちはだかる敵は全て……叩き潰す!!」
「本当に優しい瞳でやんすね。ウェパル様と同じでやんす。正直言って戦うのは気乗りしないでやんすが……お互い退く気がないのであればやるしかないでやんすね。――それじゃ押し問答は終わり。ここからはお互いの信念に従って殺りましょう」
「貴様等のボスと同じ評価をされるのはいささか不満だが、いいだろう。受けて立つぞ、フォカロル!」
お互いに戦いに対する迷いを吹っ切り戦いが再開される。
フォカロルは翼を大きく羽ばたかせ、舞い散った無数の羽根を剣に変えてスヴェンに向けて射出した。
「さっきはわざと外したでやんすが今度は本気……斬り刻まれるでやんす!」
スヴェンは回避を交えながら全面に重力の障壁を展開し、飛び込んできたソードフェザーの軌道を逸らせ無力化していく。
「一度俺に攻撃を見せたのが間違いだったな。ソードフェザーはグラビティの様な広範囲に展開する魔術には干渉できても、狭い範囲で強力に作用する魔術には干渉できない様だ。それが分かればいくらでも対処方はある!」
無数に放たれるソードフェザーの弾幕をかいくぐりスヴェンは急加速して一瞬で間合いを詰める。
その常人離れした動きにフォカロルの目が驚きで見開かれる。
「はやっ――!」
「重力の闘技、グラビトンハンマーだ。こいつは痛いぞ!」
バリアとして展開していたグラビティウォールを鈍器の形状に変化させ、フォカロルに思い切り打ち込む。
重力のハンマーの直撃を受けたフォカロルは「ぐぇっ」と声にならない声を上げながら吹っ飛び、遙か後方の瓦礫の山に勢いよく衝突した。
その衝撃で瓦礫は崩れフォカロルは押し潰されるようにしてスヴェンの視界から消えていった。
『スヴェン……羽根が……』
「ああ……大した奴だ。俺がグラビトンハンマーを打ち込む瞬間に反撃してきた」
左肩に刺さった三枚のソードフェザーを抜き取ると無造作に地面に投げつける。その羽根の刃には赤い血が付着していた。
「攻撃に集中していたとはいえ、アラクネの糸で作られたこのローブを貫通するとはな。直撃していたら危険だった」
『この実力で十司祭の部下に納まっているなんて……やっぱり今回の魔人の軍勢のレベルは千年前を大きく上回ってるわ』
スヴェンとルイスがフォカロルの実力と『アビス』の戦力に焦燥感を覚えていると、瓦礫の山が風で巻き上げられ広範囲に落下していった。
スヴェンの近くにも瓦礫の一部が落ちてくる中、彼の視線は瓦礫を吹き飛ばした張本人に向けられる。
そこには身体を包み込むように両翼を畳み、風の魔術を行使しているハーピーの姿があった。