アラタの父と母
何はともあれ、これといつまでもにらめっこしていても埒が明かないので本人に訊いてみる事にした。
「アンジェ……これは一体なに?」
「これはですね。以前アラタ様に飲んでいただいた事もある滋養強壮ジュースを固形にしたものです」
アンジェがにっこりと微笑みながら簡潔に教えてくれた。そうですか、そうですか。これはあの液体を固形にした物なんですね。
「こんなもん飲めるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
布袋を投げ捨てようとするとアンジェが止めに入り取り返されてしまった。
「何てことするんですか。これはとても貴重な物なんですよ。これの効果を忘れたわけではないでしょう!?」
「忘れられるわけないだろう! それのせいで俺は三日間、けだもの状態になったんだぞ。この非常事態になんつー物を飲ませようとしてんだ!!」
言い合いをする俺とアンジェに対し、皆は訳が分からずキョトンとしている。彼等の代表としてロックが説明を求めてきた。
「今の会話で何となくそれがどういうものなのか分かったんだけど、一応説明よろしく」
「……旅に出る前に家で休んでいる時に、元気が出ると言ってアンジェがこの液体バージョンを作ってくれたんだよ。それを飲んだ俺は三日間……野獣みたいになってずっとアンジェ達を……そんな訳で色々とヤバい代物なんだよ」
「理解した。大変だったな……で、アンジェはそんな淫獣製造薬をこんなタイミングで使おうとした訳か。……やっぱり頭のネジがぶっ飛んでるな」
皆から冷ややかな目で見られるアンジェは少し不服そうでありながらもどこか嬉しそうな表情で弁明を始めた。マゾっ気がある彼女には何を言ってもご褒美になるらしい。
「確かにこれを飲めば思考が肉欲に支配されてしまいますが滋養強壮というだけあって疲労回復の効果があります。それこそ三日間腰を振り続けても問題ないほどに」
「真面目な話をしている時に、『肉欲』とか『腰振る』とか言うの止めてくれる?」
「それとこれには大幅に魔力を回復させる副次的効果があります。今、アラタ様はかなり体力と魔力を消耗しているので、滋養強壮薬の効果はそれらの回復に役立つはず。……残念ながら性欲増強効果は今回期待できないでしょうね」
「俺の言うことは無視ですか、そうですか」
俺の言葉には耳を貸さず、とても残念そうな顔で薬効を説明するアンジェ。その近くでルシアも同じ表情をしていたのだがそれは見なかった事にする。
普段は貞淑なルシアではあるが本質的な部分はアンジェと同じで性欲が強い。最近ではそれすら隠そうとしなくなったのが俺の悩みでもある。
それにしても、この滋養強壮薬は副次的効果の方がとても重要だった。
俺の消耗を回復するために主要効果は今回発動しなさそうだし魔力回復手段として使わせてもらおう。
「これって俺の記憶が確かなら、飲んだ直後に凄い眠気が来るんだったよね」
「はい。内服してから約三十分は深い眠りについて身体を揺り動かそうが悪戯しようが目を覚ましません」
「……変な事しないでね」
滋養強壮薬を一粒手に取って眺める。アンジェの話ではこの小さな粒一つで以前飲んだジュース一杯分の効果があるそうだ。
こんな得体の知れない物を摂取するのはちょっと……いや、かなり抵抗があるが仕方が無い。口の中に含むとポーションで一気に流し込む。
「……ごくっ」
「さすがアラタ様、素晴らしい飲みっぷりです。もう一粒いかがですか?」
「お断りします」
内服後すぐに眠くなってきた。うとうとし始めるとクレアとルシアが何やら話をしているのが聞こえてくる。
「クレアさん、何を見ているんですか?」
「……ん? いやなに、あそこに飾ってある鎧闘衣を模した石像がな……」
「あれは……<マナ・シリウス>ですよね。レイジさんとホタル教官……あの二人がいなければ魔人戦争で私たちは負けていました」
「そうじゃな。実際、わしもレイジとホタルを一番頼りにしておったからの。今もあやつらがいてくれたらと思ってしまった。全く……情けない話じゃ」
玲司……蛍……? 今そう言っていたのか? 眠気で意識が遠のく中、二人の名前が出てきた事が意外で聞き返してしまう。
「ルシア、今の話って……?」
「魔人戦争時に一緒に戦った方々です。レイジさんは異世界人でホタル教官は私たちの先輩のアルムスでした。二人のコンビは同盟軍でも最強と言われてました。もの凄く強かったんですよ」
ルシアが興奮気味に教えてくれた。ああそうか、魔人戦争で活躍した人たちだったのか……。
「そっか……そりゃ……凄い偶然……。俺の親父と……お袋の名前と同じだったから……ぐぅ……」
そして、滋養強壮薬の効果で俺の意識は途絶えた。