必要な物は胸の谷間から
「その作戦を呑むには条件がある。まず一つ目としてレムール祭優勝報酬をもらう事。二つ目に我々の標的はあくまで魔人のみ、その他の魔物及び民衆の避難に関してはお主等に一任する事。これでどうじゃ?」
「本当にそれだけでいいんですか? 報酬にしてももっと上積みすることも十分可能ですが……」
「元々わしらはあやつらと戦う予定じゃったからの。露払いをしてもらえるのなら好都合というものじゃ。これで戦力を魔人に全投入できる。――という感じでまとまったがそれでいいかの、アラタよ」
「……え? なんで俺に訊くの?」
油断していたところにいきなり話を振られたので正直戸惑ってしまう。
「何を呆けたことを言っておるんじゃ。わしらのパーティはレムール祭の為の即席のものじゃが、リーダーはお主以外にありえんじゃろう?」
そう言われて仲間たちを一人一人見てみると、クレアの意見に同意しているみたいで目が合うと全員頷いていた。
「スヴェンとルイスの勇者組もそれでいいのか?」
「俺は別に構わん。俺とルイスは『アストライア王国』の勇者として責務を果たすまでだ。報酬はお前たちで好きにしろ」
「あたしもスヴェンと同じです。あたし達は今、先生たちのパーティにくっついてる感じですから先生の指示に従います」
全員一致で俺がリーダーになってしまった。クレアの考えに異論は無いので報酬諸々はそのままでいこう。
「……分かった。それじゃリーダーを引き受けるよ。作戦の条件に関してはクレアが提案したのを採用する」
今後の方針が決定し、とりあえず俺たちはVIPルームで休息を取ることにした。飲み物代わりにポーションを飲んで回復に努める。ソーダ味の炭酸が骨身に染みる。
しかし、どうもおかしい。あまり回復した感じがしない。俺の腑に落ちない様子に気が付いたルシアが心配そうに声を掛けてくる。
「アラタさん、どうかしましたか? どこか痛いですか?」
身体の方はセレーネとアンジェの治癒術によって傷は癒えた。ただ、ヴェノムによって左頬に付けられた傷に関しては残してもらうことにした。
アスタロト戦で自覚した自分の慢心を忘れないために残してもらったのだ。
ルシアはそんな俺の左頬に手を添えながら瞳を潤ませている。
「痛みはセレーネとアンジェのお陰でなくなったんだけど、どうも身体のだるさが治らなくって。それに魔力もあまり回復していないみたいだ。ポーションを飲んだのにどうしてだろう?」
「もしかしたら、さっきの戦いで体力と魔力を限界まで消耗してしまったからかもしれません。そうなるとポーションでは効果が薄いと聞いたことがあります」
「そいつはまずいな。まだウェパルや他の魔人が控えてるってのに、これじゃあ……」
これはまずい事になった。今の状態じゃまともに戦うことも難しい。
何か良い方法はないかと探しているとポーカーフェイスながら目を輝かせるアンジェが近づいてきた。
「お困りのようですね。体力と魔力を回復したい。そんな方にとっておきの物があります」
そう言うとアンジェは胸の谷間に手を突っ込んで、そこから小さな布袋を取り出した。
「何故そんな所から」と言う言葉が喉元まで上がってきたが、アンジェ相手にそんな事を言うのは野暮だと思い言葉に出すことはしなかった。
アンジェの奇行に耐性がない人は「おおっ」と驚きの声を上げて俺たちのやり取りを見守っていた。
他の魔闘士の方々、うちのメイドが驚かせてしまい申し訳ありません。
アンジェが「どうぞ」と言って取り出した袋を俺に手渡す。ついさっきまで彼女の胸元に入っていただけあって生温かい。
「どうですか。さっきまでここに入っていただけあって温かいでしょ? ドキドキしましたか?」
アンジェが頬を赤らめて、やたら胸元を強調しながら俺に感想を求めてくる。
何を言っても彼女を悦ばせるだけなので無視して布袋を開けて中身を確認することにした。
「……くうっ! 放置プレイですか。……でも、これはこれで癖になりそうですぅ……」
前言撤回。アンジェに対しては何をやっても悦ばせるだけでした。
布袋の中に入っていたのは薬の錠剤のような緑色の小さな粒だった。それが三つある。
何だろう。アンジェが大事に持っていたという時点でまともな代物ではないと俺の危機感知信号が全力で警鐘を鳴らしてくる。