蹂躙される島
◇
残りの魔力を総動員した白零によってアスタロトは倒せた。
けれどまだ敵は大勢残っている。『ダウィッチ島』からなだれ込んできた魔物の群れに加えて混乱に乗じて上陸してきたディープの大軍だ。
襲撃を受けている『ミスカト島』の市街地から建物が壊される轟音と人々の悲鳴が聞こえてくる。
「く……早く行かないと……」
身体を起こそうとするが体力も魔力も底をついた今は鉛が付いたように重く、立ち上がることもままならない。
トリーシャが肩を貸してくれて何とか立ち上がる事ができるぐらいだ。
「無理しちゃ駄目よ。あれだけの激戦をやった直後なんだから。とにかく今は身体を休められる場所に行って――」
どこか隠れる事が出来そうな場所を目指して移動しようとした時、目の前にディープの集団が現れた。
俺たちを見ると黄色い目をぎょろぎょろ動かしニタァと笑う。
「こいつら……こっちに戦う力が残っていないのを知って笑ってやがる。くそっ……!」
戦おうにもこの状態ではどうしようもない。トリーシャも俺よりは多少マシなだけで余力はない。万事休すだ……。
「ギャギャギャギャギャッ!!」
奇声を上げながらディープ達が襲いかかってくる。
手に持った三つ叉の槍で刺し殺そうと近づく中、突然割り込んだ人物によって先頭の人物が真っ二つに斬り裂かれた。
俺とトリーシャを守るように仁王立ちになったその人物はメイド服に身を包み、魔力で構成した黒いオーラの剣を携えている。
彼女は俺たちが無事なのを確認すると「ふぅ~」と息を吐いて安堵する。
「無事で何よりです、アラタ様、トリーシャ!」
「……アンジェ! ありがとう、助かったよ」
アンジェ一人が現れただけでは怯む様子を見せないディープ達。
横に一列に並び一斉に襲いかかろうとすると、連中の足元から火柱がたち何人も焼いく。
逃げ延びた連中も飛来した氷の結晶の直撃を受けると地面に倒れて動かなくなった。
仲間が次々にやられて不利と判断したのか、残りのディープが逃げようとすると雷の弓矢が何本も飛んできて全員を射貫く。
現れたディープが全員倒されほっとしたのも束の間、今度は市街区の方から突如現れたローバークラブが突っ込んできて巨大な二本のはさみ脚で切断しようとしてくる。
「――させるかよっ!!」
成人以上の大きさもあるローバークラブは上空から降ってきた人物のパンチを食らって甲羅ごと内部を潰されて絶命した。
敵を倒したのを確認し着地したその人物――ロックはぼろぼろの俺見て一瞬顔をしかめるとニカッと笑って近づいてくる。
「ったく、いつも無茶ばっかりしやがって。――けどよくやったな、アラタ!」
「そっちこそ……無事で良かったよ、ロック!」
お互いに笑いながらハイタッチを交わす。パシンッと小気味よい音が響き、安堵した俺は膝が崩れ落ちてしまう。
「おっと」
倒れそうになる俺にロックが肩を貸してくれて持ち直す。
そんな俺の目の前にはアンジェ、ルシア、セレーネ、シルフィが立っていた。その後ろの方からグラビティで選手たちを浮かしながら歩いてくるスヴェンの姿が見える。
「よかった……皆も無事だったんだな」
「――というよりお前が圧倒的に満身創痍だろう。しかし、お前とトリーシャだけで十司祭を倒すとはな」
「はは……、結構ギリギリだったけどな。とにかく色々と学ぶ事が多い一戦だったよ」
『先生とトリーシャ先輩の戦い凄かったです! <マナ・レムール>の力をあそこまで引き出すなんて驚きました!』
スヴェンは相変わらずポーカーフェイスながら俺の戦いを認めてくれたみたいだ。一方、彼のパートナーであるルイスは興奮した様子だった。
「驚くのは早いですよ、ルイス。アラタ様は私たち四人の能力を限界まで引き出せます。特に夜間戦闘では自分自身ですら知らなかった性能がアラタ様の手によって目覚め――」
「……安心したよ。アンジェはどんな状況でもアンジェだな」
真面目な会話を下ネタやエロい話に持って行こうとするアンジェ。緊迫した状況が続いていた中、こういうやり取りをすると皆のもとへ帰ってきたのだと改めて実感する。
「今、『ミスカト島』中には魔物やディープがうようよしていますわ。どこか安全な場所に移動してから治癒しましょう」
「私とロック君で前衛、アンジェちゃんとシルフィちゃんで後衛、セレーネちゃんとスヴェン君はアラタさんとトリーシャちゃんの側で待機。このフォーメーションで進みましょう」
セレーネとルシアの提案で安全な場所を探してフォーメーションを組み海岸を後にする。
多くの建物がある市街区に向かって移動を開始した直後、俺の視界には悲惨な町の姿が入ってきた。
観光を生業にする『ミスカト島』は『アーガム諸島』内でもリゾート地としての趣が強く、町中お祭りのように賑わっていた。
朝、船着き場から離れるまでは観光客でいっぱいだった町は破壊され廃墟のようになっている。
そんな崩れた建物の付近では魔物やディープに襲われた人々の亡骸が横たわっていた。
「ち……くしょう! アスタロトを倒しても……これじゃあ……」
『そんな事はないぞ。もしもアスタロトが健在であったなら、被害はこれの比では無かったはずじゃ。あの男とアルムスが使う毒はかなり強力じゃったからな。わしらに放ったような広範囲にわたる毒を散布されていたら、今頃町中の人間は皆、毒に冒されていたはず。お主とトリーシャの頑張りが多くの人を救ったのじゃよ』
クレアがアスタロトと戦った俺とトリーシャの健闘を讃えてくれる。少しこそばゆい気分になるが、この悲惨な状況はそんな気分に浸ることを許さなかった。
進行方向にある崩落した建物の裏からアーガムトレントとスライムの群れが出現すると、今度は後方からもローバークラブの群れが迫ってくる。
「退路が塞がれた!? ――それなら前方の敵を倒して活路を切り開けば!」
「俺とルシアで前方の敵を叩く! アンジェとシルフィは後方の敵を頼むぜ!」
言うと同時にルシアとロックは進路を切り開くために前方にいる魔物に向かっていった。
ルシアは魔力で構成したフレイムソードでアーガムトレントとスライムを焼き斬り、ロックは獅子王武神流の技でなぎ倒していく。
一方、後方から襲ってくるローバークラブはシルフィの雷矢で撃ち抜かれ、アンジェのシャドーブレードによって斬り裂かれていった。
敵を単時間で撃退したのも束の間、全滅させた次の瞬間には別の魔物の群れが現れ、再び俺たちの進路を塞いでいた。
「……まずいですね。このままではジリ貧です。早くアラタ様たちを安全な場所で休ませたいというのに……」
「それに、この状況でディープが攻め込んできたらまずいよ」
魔物の終わらぬ猛攻にアンジェとシルフィは唇を噛む。
いつもの状態であったなら、この程度の相手にここまで苦戦することはないだろう。しかし、今は俺や毒にやられていた選手たちが足枷になっている状態だ。
自分が足手まといになっている事が悔しくてたまらない。せめてこの身体が動いてくれれば……。
防戦一方に追い込まれていく中、突然前方の魔物の数が減りだした。
どうやら魔物たちの背後から何者かが攻撃をしているみたいで、挟撃される形になった敵は間もなく全滅した。
そして、その向こう側にいたのは数名の魔闘士らしき人物たちだった。
「良かった、無事だったんだな。――俺たちは冒険者だ。競技場で君たちの戦いを観ていた。あそこは今、避難所になっている。俺たちが誘導するからそこに避難を!」