レムール祭 競技場サイド
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レムール祭が開始された後、『ミスカト島』の競技場では大型スクリーン型スフィアに現場の様子が映し出されていた。
大会は最初こそ順調に行われ、出場者と魔物の戦いに観客たちは大いに盛り上がる。
選手が魔物を倒す時よりも選手が倒され脱落する時の方が歓声は際立っていた。
現場では死と隣り合わせの危険な状況を、安全な場所から観ている人々は娯楽として楽しんでいる。
ここはそんな歪んだ愉悦が蔓延し命の価値観が崩壊した場所と化していた。
――しかし、彼等のそんな歪んだ価値観は魔人の軍勢『アビス』に所属する十司祭アスタロトの虐殺宣言で覆ることになる。
自分たちの命は保証されている前提での虐殺ゲームに自らも強制参加になった。その事実は人々を恐怖のどん底へと叩き落とした。
恐怖心に駆られた観客たちは我先にと逃げ始め、観覧席は空席だらけになってしまう。
そこに残りスクリーンに映る戦いを見守っている者の多くは、前日の予選に参加した出場者たちだった。
彼等の多くは冒険者であり、魔人と相対した選手がどうするのか目が離せなくなっていたのである。
アスタロトとラアルの毒によって映像を送る使い魔が次々に消滅し、送られる映像の種類が少なくなっていく。
観客が逃げ惑う中、最後の使い魔が送る映像に映っていたのは、毒によって動けなくなった選手たちを仲間たちに運ばせ、十司祭の前に一人残った少年の姿であった。
その少年――アラタに気が付いたのは最初から競技場に留まろうとした者だけであり、ほとんどの者は逃げる事に夢中でその存在には気が付かなかった。
最後の使い魔も消滅し競技場の大型スクリーンには何も映らなくなってしまう。
大会運営側は、この緊急事態にレムール祭を中断し出場者の救出、魔人と戦う為の人員を冒険者ギルドに要請するなど対策を試みるが、間もなく更なる問題に直面する。
レムール祭が行われていた『ダウィッチ島』が『ミスカト島』に向かって移動している事実が判明したのである。
その直後、競技場には避難民が殺到し観覧席を始めとした競技場内は人々で溢れることになった。
状況把握のために多くの使い魔が放たれ『ダウィッチ島』の状況を再びスクリーンに映し出すと、島の上空で戦っている二つの人影が避難民の目に入ってくる。
この緊迫した状況を理解するにはまだ幼すぎる少年は、スクリーンを指さし笑顔でこう言った。
「わあ……レムールだぁ」
するとスクリーンを観ていた人々は少年の言葉を皮切りに次々と映像の白い人型に注目し始めた。
『ミスカト島』で行われる競魔闘士にはいくつもの大会が存在する。
オライオン賞、フェネクス杯、ドラグーンレースなど多々あり、その名の由来となった鎧闘衣の石像が島内に飾られている。
その中でも最も大きい大会であるレムール祭。
その象徴たる<マナ・レムール>の石像の姿は『ミスカト島』内に留まらず『アーガム諸島』全域で広く認知されている。
そして今、その姿をした白き鎧闘衣が禍々しい人型の怪物と死闘を繰り広げていたのである。
絶望の淵に立たされていた人々は、この奇跡とも呼べる偶然に祈りを捧げ希望を見出し始めていた。
実況のマハル・ミッケーと解説のケン・イーサキもまた、通常のハイテンションぶりはなりを潜め、その戦いを静かに見守っていた。
二体の人型――<マナ・レムール>とアスタロトが激しい空中戦を繰り広げる中、『ダウィッチ島』は『ミスカト島』に激突し凄まじい地響きが競技場内にも伝わる。
避難民たちの悲鳴がとどろき恐怖が蔓延するも、魔物と魔闘士の戦いが常日頃行われている競技場は頑丈な造りとなっており堅牢なシェルターとして彼等を衝撃から守っていた。
衝撃が収まるとスクリーンに映っていたのは『ミスカト島』に侵入する数多くの魔物と、その混乱に乗じて上陸する大海の住人ディープの大軍であった。
島の建物を破壊し混乱する人々を虐殺して回る魔物とディープの姿に、競技場に避難した人々は恐怖と絶望の中に叩き落とされる。
そんな時、スクリーンに映ったのは島に侵入した魔物やディープ達を倒していく若い魔闘士たちの姿であった。
彼等はレムール祭本戦に出場し負傷者たちを助けるべく動いていた者たちであり、その姿を見た競技場内の魔闘士たちは頷き合うと最低限の守り手を残し外に出て行った。
圧倒的な絶望と僅かな希望がせめぎ合う中、空の戦いは終局へ向かおうとしていた。
<マナ・レムール>は十体に増え、白き光の剣を持ってアスタロトに致命的なダメージを与え『ミスカト島』の海岸付近に落下した。
海岸で砂煙が舞い、中から姿を現したのは紺桔梗色の軽鎧型ローブに身を包んだ少年と黒装束の男だった。
満身創痍の二人は接近し最後の斬り合いに臨む。
黒装束の男が渦状に広がる斬撃波を放つと、少年は迷うことなく渦の中に飛び込みすり抜け、すれ違いざまに男の左腕を斬り落とした。
左腕から黒い血液を噴き出す男とバランスを崩して頭から地面に落下していく少年。
その戦いに終止符を打ったのは、少年が放った巨大な白い光弾であった。
黒装束の男に直撃した光弾は海上まで飛んでいき男を巻き込み爆発、男は発生した水柱と共に消えていった。
『勝った……?』
『あの虐殺宣言をした魔人を……倒した……!』
この戦いを最初から見守っていた実況のマハルと解説のケンは、アラタの勝利を最初こそ呟くように言うと、顔を見合わせ抱きしめあって歓喜の声を上げ始める。
『うあああああああああっ!! 勝ったぁぁぁぁぁぁぁ!! すごおおおおおおおおおい!!!』
『魔人を倒したっ! 実況のマハルさん、あの鎧闘衣を観ましたか!? <マナ・レムール>ですよ!! レムール祭に<マナ・レムール>が現れて我々を助けてくれたんですよぉぉぉぉ!! こんな奇跡ってありますか!?』
そのハイテンションの二人の声を聞いて避難民たちも歓声を上げる。
絶望ひしめく『ミスカト島』において芽吹いた微かな光は少しずつ、だが確実にその輝きを増していくのであった。