毒を制する風
本体と分身体を合わせた合計十体の<マナ・レムール>は、天零白牙で神薙ぎを強化しつつ一斉にアスタロトに斬りかかった。
『近づくな……この化け狐が!!』
十対一の多勢に無勢の構図に怯んだアスタロトは毒針を全方位に放ち、俺を近づけまいとする。
『今更そんなものが通じるかよ! 沈めぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』
天零白牙の一振りで毒針を一斉に切り払い間合いを詰めると、十体の<マナ・レムール>でアスタロトを包囲しそれぞれがすれ違いざまに天零白牙を叩き込んでいく。
アスタロトの魔神化した身体は刻まれていき黒い血しぶきが舞い散り、一瞬で戦闘不能に陥った。
『こんな……嘘よ。あーしとアスタロトが……負ける……!?』
『まだだ……まだ……俺は負けちゃいねえ……俺はぁぁぁぁぁ!』
敵が咆哮を上げる中、俺は最後の攻撃に打って出る。分身体の天零白牙でアスタロトを串刺しにしていき奴の動きを封じる。
役目を終えた分身体は変化が解除されテールユニットの姿へと戻り再び本体の腰回りで固定される。
『ナインテールユニットへの魔力充填完了――アラタ!』
『了解! これで決めるっ!!』
俺は九基のテールユニットによる高速移動でアスタロトに一瞬で接近し最大出力の天零白牙を叩き込んだ。
『こいつで止めだ!! 天零白牙・天翔斬華ッッッ!!!』
既に打ち込まれた九つの天零白牙と俺が放った天零白牙がアスタロトの体内で共鳴爆発し内部から奴の身体を食い破る。
『ぎゃあああああああああああっ!!』
天零白牙による白い光は花のように舞い散り、ボロボロになったアスタロトが地上目がけて落ちていく。
『やったか!?』
『……! まだよ! 僅かだけど魔力反応がある。まだ生きてるわ!!』
『ちっ、本当にしぶとい! あいつが地上に降りたら周囲に危険が及ぶ。追うぞ!』
アスタロトがまだ存命だと分かると俺は急いで奴を追う。
ナインテールユニットを稼働させて一気に接近しようとすると<マナ・レムール>の執行形態が解除されてしまう。
『ストライクナインテールが消えた!?』
『魔力不足よ! もう私たちにはほとんど魔力が残っていない。このままじゃ鎧闘衣形態も長くは維持できないわ!』
少しずつアスタロトとの距離は縮まっているが、この調子じゃ地上に降りる前に接触することは出来ない。
歯がゆいが、こうなったら――。
『トリーシャ、このまま敵に近づきつつ地上に降りる。そしたら即座に鎧闘衣を解いて決着をつけるぞ!』
『分かったわ、マスター!』
魔力が残り少ない為か急激な倦怠感が襲ってくる。視界も少しかすんできた。
身体のパフォーマンスが低下する中、俺は海岸に着地した。アスタロトは地面に激突する寸前で減速し着地したようだ。
魔物たちが上陸してから間もないというのに『ミスカト島』は、いくつもの建物が破壊され人々の悲鳴があちこちから聞こえてくる。
『アビス』の策略を阻止できなかった事に悔しさを覚えたが、まずは自分のやるべき事に思考を切り替える。
鎧闘衣を解いて前方を見ると、そこには土煙の中から姿を現したアスタロトがいた。あいつも魔力が少ない為か魔神化が解けている。
お互い人の姿に戻りひとしきり睨み合うと敵に向かって走り始める。
「いい加減しつけぇんだよ! 異世界人ッ!!」
「俺にはムトウ・アラタっていう名前があるんだよ。異世界人、異世界人とうるさいんだよ!!」
睨み合い罵り合いながらアスタロトとの距離が狭まっていく。すると毒剣ヴェノムのエナジストが赤紫色の輝きを放ち魔力が増大した。
『あいつ……まだ魔力が残ってるの!?』
「構わない! このまま突っ込むぞ!!」
『あーしらを舐めんじゃないよ! アスタロト……やっちゃいなよ!!』
「クカカカカカッカカカカカッカ!! これで……死ねよやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ヴェノムから猛毒の斬撃が放たれ渦を巻くようにして俺に向かってくる。神薙ぎを鞘に納刀すると俺はスピードを緩めることなく猛毒の渦の中に飛び込んだ。
『キャハハハハハハハ! 自分から飛び込むなんてバカじゃ――!?』
猛毒の渦の中心部は〝がらんどう〟だ。
俺はその何もない空間で僅かな魔力操作と腰をひねる動作を駆使して猛毒の斬撃を躱しすり抜ける。
猛毒の渦を突破するとそこには驚きで目を見開いたアスタロトがいた。
「なっ……バカな! 何なんだこいつの反応速度はっ!?」
アスタロトは逃げようと後ろにジャンプし、俺は逃がすまいと足底部に魔力を集中し空を蹴って奴に接近する。
「逃がすもんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ちぃっ!」
アスタロトはヴェノムで斬りつけようと構える。俺は腰をひねって空中で横回転しながら敵に頭から突っ込む。
空中でアスタロトとすれ違う瞬間、俺は身体の回転を利用して軌道を変えヴェノムを紙一重で躱し、同時に神薙ぎを抜刀して奴の左肘を斬り裂いた。
「ぎゃあああああああっ!! 俺の……俺の腕があああああああっ!!!」
『ああっ! アスタロトの腕がっ!』
すれ違うと俺は体勢を崩し逆さまの状態で地面に落下のコースを辿る。視界には黒い血液をまき散らしながら空中を飛んでいくアスタロトの左前腕が見えた。
そして左肘から先を失ったアスタロトは、目を血走らせながら振り返り鬼の形相で俺を睨む。――が、その表情は一瞬で驚きの形相へと変わった。
俺はアスタロトに接近する前から左腕に魔力を集めていた。もう大した力は残っていないが、奴に止めを刺すには中途半端な威力では駄目だと思った。
空中でバランスを崩し逆さまの姿勢になる中、残った全ての魔力を左手に集中しアスタロトに向けた。
「なっ……!?」
「俺の余力を全てつぎ込んだ白零だ。――ぶっ飛べ!!」
掌から人一人を覆う巨大な白零を発射し、至近距離にいたアスタロトに直撃した。
巨大な白い光弾はアスタロトを伴い地面を削りながら海上に出て行った。
「ち……ちくしょおおおおおおおおお!! 俺は、俺は死なんぞぉぉぉぉぉぉ! 覚えていろ、ムトウ・アラタァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
断末魔の叫びを上げながらアスタロトは海上で白零の爆発に巻き込まれ、発生した巨大な水柱の中に消えていった。
白零を発射した反動で地面に叩きつけられた俺は、かすむ視界でその様子を見ていた。
「……やった……やったぞ……。アスタロトを倒した……!」
「アラタァァァァァァァァァ!」
人間の姿に戻ったトリーシャが俺を抱き寄せる。彼女は感極まった様子で泣きじゃくりながら力一杯俺を抱きしめた。
彼女の胸の柔らかい感触は――胸元のプレートが邪魔して残念ながら伝わってこなかったが、頬から伝わる彼女の体温が心地よくて目を閉じる。
「よかった……生きててくれて……本当に……!」
「トリーシャ……ありがとう……」
トリーシャの金色の髪を優しく撫でて感謝の言葉を掛ける。こうしてこの場にいられるのは彼女のお陰に他ならない。
この戦いで俺は自分の中に慢心があったのを自覚した。それが危険な状況を招いたことも……。
改めて十司祭の恐ろしさを痛感した俺は二度とこのような事が起きないようにと心に誓うのであった。