ストライクナインテール
『魔神化した俺の身体を簡単に斬り裂くか。……認めるしかないようだな。確かにお前は強い。だが、お前がどんなに強かろうが独りじゃ限界があるんだよ。その証拠に……下を見ろ』
注意を逸らすつもりかと警戒しつつ、ちらっと下を見る。するとそこではおぞましい事態が起ころうとしていた。
『『ダウィッチ島』が『ミスカト島』にぶつかる……』
『皆は島の奥に退避したから大丈夫だけど……こんな事って……』
『ダウィッチ島』はとうとう『ミスカト島』にぶつかり、乗り上げるように食い込んでいく。
互いの海岸部は衝撃で崩れ、砕けた破片によって広範囲で土煙が発生する。
土煙は風に乗って『ミスカト島』内部に広がっていき、人々がパニックに陥り逃げ惑う姿が見えた。
間もなく『ダウィッチ島』は止まったが、大量の魔物が『ミスカト島』へと入り込んでいった。
『これで分かったろ? お前だけじゃ、あいつらは救えないんだよ』
『アスタロト……言いたい事はそれだけか? だとしたらとんだ思い違いだ。戦っているのは俺たちだけじゃない!』
『何だと?』
『ミスカト島』に入り込んだ魔物の群れが次々に倒されていく。
アンジェ、ルシア、セレーネ、ロック、スヴェン、シルフィ――仲間たちが魔物の侵攻を水際で食い止めるために奮戦していた。
『俺は独りじゃない。ここにはトリーシャもいるし仲間たちがいる。下にいる魔物の群れは皆が対処してくれる。――俺が今なすべき事は……アスタロト、お前を倒すことだ!!』
<マナ・レムール>の腰回りに配備した九基のテールユニットを操り身体の周りに風のバリアを張って体当たりを敢行する。
アスタロトは躱しきれず接触し装甲表面を飛び散らせながら後方に逃げる。
『こいつ! さっきよりもパワーが上がってやがる!』
『驚くのはまだ早い! トリーシャ、突っ込むぞ!!』
『了解! ナインテールユニットの微調整は私がやるから、アラタは全力でぶっ飛ばしなさい!』
テールユニットに魔力をチャージし解放すると風の力場の作用により一瞬で間合いに入り天零白牙の一太刀を浴びせる。
『ちいっ、貴様ァァァァァァァァ!!』
ダメージを受けたアスタロトが激昂して斬りつけてくるが俺は一瞬で遠くに離れた。その驚異的なスピードに敵は何が起こったのか分からず困惑している。
『次は連続で跳べるわよ。座標算出、テールユニット魔力充填完了』
『――そこだ!!』
再び一瞬でアスタロトの左側に移動し斬撃をたたき込み、敵が動き出す直前に一瞬で上空に移動し落下速度を合わせた一撃を背部に入れる。
アスタロトが振り向こうとした瞬間に、奴の前方に移動し袈裟懸けにぶった斬る。
『ぐ……がはぁっ! さっきからこいつの動きは何なんだ? 一瞬で別の場所に移動しやがる。それも何回も……』
『これが、風の鎧闘衣<マナ・レムール>のスピードだっていうの? こんな瞬間移動どうしろってのよ!?』
天零白牙を連続で食らってアスタロトとラアルが怯む。
ストライクナインテールには大きく分けて二つの能力があるのだが、これがその内の一つ。
九つのテールユニットに魔力を充填し、チャージした風のエネルギーを瞬間的に解放することで凄まじいスピードで移動することが出来る。
その速度は音速を超えていて敵からしてみれば、俺が瞬間移動したように感じるだろう。
それにしても魔神化したアスタロトはかなりタフだ。天零白牙で何回も斬っているのに倒れない。
徐々に弱っているので確実にダメージは入っているが、これではらちが明かない。
『このままやっていても時間を食うだけだ。――トリーシャ、アレをやる。一気に勝負を決めるぞ!』
『アレね、分かったわ。ナインテールユニット拡散配備、ミラージュモードに移行するわ』
九基のテールユニットが<マナ・レムール>の腰回りから離れて周囲に展開されると充填された魔力により各々小型の竜巻を発生させる。
今までにないパターンの動きを見たアスタロトが警戒する。
『今度は何だ? 一体何をしようとしている!?』
『アスタロト……お前言ってたよな。レムールは化け狐の意味だって。確かにその通りだ。この鎧闘衣が何故レムールの名を与えられたのか今教えてやる!』
直後、九基のテールユニットを包んでいた竜巻は消えた。その中から姿を現したのは<マナ・レムール>だった。
九基のテールユニットは九体の<マナ・レムール>へと姿を変え、俺と合わせて合計十体の<マナ・レムール>がアスタロトの前に立ちはだかる状況となった。
『ちょっと……何よ……何なのよ、それは!! 分身したって言うの? 一対十なんて反則じゃん!』
『反則? なに甘ったれた事を言っているのかしら? これはれっきとした私、神刀神薙ぎ――<マナ・レムール>の能力よ。あなたが猛毒をばらまくのと同じ。変な言いがかりをつけるのは止めてもらえる?』
トリーシャがラアルの言動をたしなめる。今まで散々こき下ろされてきたから、その反動かトリーシャの言葉には怒気がこもっていた。
一方でアスタロトは相棒より冷静だった。
『なるほどな。それが<マナ・レムール>の執行形態という訳か。分身して俺を化かしたつもりだろうが、そうはいかない。本体以外はただの偽者。全部バラバラにしてやる!』
『……確かに、テールユニットから成る分身体は偽者だ。――でもな、だからと言って甘く見るなよ。分身体は全て実態を持った簡易型の鎧闘衣みたいなものだ。お前の攻撃にもある程度は耐えられる。でもそれは今、大して重要じゃない。俺たちがこの分身体を出したのはお前等との戦いを終わらせる為だ』
『はんっ! 口だけは達者のようだが、そんな物を使って何をしようっていうんだ?』
『――こうするんだよ!』
分身体全てに魔力を伝達すると全機が装備した神薙ぎで天零白牙を使用する。
一撃が必殺ではない天零白牙でも連続で食らえば、例え相手が魔神でもひとたまりもないだろう。
この光景を目の当たりにしたアスタロトが空中で後ずさりする。
『なん……だと!?』
『これで決着をつける! 覚悟しろ、アスタロト!!』
本体を含む十体の<マナ・レムール>で一斉にアスタロトに向かって行く。一進一退の攻防を見せた戦いは遂に終局を迎えようとしていた。