合流そして……
「これはまた随分とやっかいな毒ですわね」
ロック達と合流したセレーネは早速毒の治癒を始めていた。毒に冒された選手たちを一ヶ所に集めまとめて治癒術の準備に入る。
「それでどうなんだ。毒を消すことは可能なのか?」
魔術の連続使用を終えて力尽きたスヴェンは地面に横たわりながらセレーネに問う。それに対しセレーネはテキパキと術式を組み上げつつ答えた。
「ご心配なく。わたくしに掛かればどんな状態異常でも治癒が可能ですわ。――それにしてもこの毒を作り上げた人物は最低の性格をしていますわね。これは相手の魔力を媒介にして広がるタイプの毒です。一般的な毒消しでは一時的に進行を遅らせることは可能でしょうが毒本体を治癒することは不可能ですわ。高位の状態異常治癒術でなければ効果は望めませんわ。……それでは始めます。魔法陣構築完了……魔力充填開始……完了……キュア!」
魔法陣が輝きその範囲内にいた選手たちの毒は消滅した。彼等の状態を確認し全員命に別状がないことが分かるとロック達は安堵する。
しかし、問題はこれで解決した訳ではない。この状況を作り出した元凶――十司祭アスタロトは今もアラタと戦っている。
ロック達から事情を聞いたアンジェ達は大樹の方をじっと見つめていた。
「大会が用意した使い魔からの映像で十司祭アスタロトが『アーガム諸島』の人々を手に掛けようとしている事が伝わり、競技場では現在パニックが起きているみたいです。大会主催側はレムール祭を中止しましたが、パニックを沈静化するのに手一杯でここに来ることはないでしょう。最短ルートを辿れば皆様と合流できると思っていましたが、移動を始めておいて正解でした」
「でも……アンジェ姉ちゃん。アラタとトリーシャ姉ちゃんは今頃どうなっているか分からないんだよ。ごめんよ……オイラ何もできなくて……」
人間の姿に戻ったレオは自責の念のあまりアンジェの顔を見ることができず俯いていた。アンジェはレオの髪をそっと撫でて「レオのせいではない」と彼の頑張りを労う。
「セレーネ、俺の毒も治癒してくれ。早くアラタ達の所に戻らないと……!」
「分かっていますわ。三人共こちらへ……キュア! ……はい、これでもう大丈夫ですわ」
ロック、スヴェン、シルフィの三名は状態異常が消えたのを確認すると頷き合って大樹の方を見つめる。
「状態さえ元に戻れば問題ない。早速アラタ達の元へ戻るぞ。――ルイス!」
スヴェンがルイスに声を掛け大樹に向かおうとするとアンジェがそれを止めた。
「あなた方はまだ意識が戻らない彼等を船まで連れて行ってください。アラタ様とトリーシャの元へは私たちが向かいます」
アンジェが自分たちの意志を告げるとルシアとセレーネがそれに続く。
しかし、シルフィがそこに待ったを掛けた。
「三人だけで行く気? 危険すぎるよ。それにアラタとトリーシャがどうなっているかも分からないんだよ?」
「少なくともアラタ様は現在無事です。もしもあの方に何かあったなら契約が解除されるはず。でも、猶予がない。先程からアラタ様の魔力が小さくなっている。今すぐに向かわなければなりません」
アンジェ、ルシア、セレーネが大樹に向かおうとすると三人は胸を押さえて膝をついてしまう。
彼女たちの胸元に紋章が出現、発光していた。
それを目の当たりにしたクレアは最悪の状況が起きたと考え悲痛な顔をしたが、ルシアはその可能性を否定し希望に満ちた表情を見せる。
「アラタさんなら大丈夫です。信じられない……さっきまで消えてしまいそうだった魔力が一気に膨れ上がって……それが伝わってきたんです」
「それはどういう意味じゃ? アラタに一体何が起きたというんじゃ?」
その時、大樹の方角から爆音が鳴り響く。それが連続で続くと島中に満ちるマナを圧倒する魔力同士がぶつかり合い、空へ向かって白く巨大な斬撃波が飛んでいった。
「今のはアラタさんの白牙……それじゃ、やっぱり……!」
「ええ……アラタ様とトリーシャは無事です。それに理由は分かりませんが、アラタ様の魔力総量が上がっています。凄い……」
「うぐ……どうなるかと思いましたけど、二人が無事みたいで良かったですわぁ……」
アラタとトリーシャの奮闘を目の当たりにしたアンジェ達はほっと胸をなで下ろす。セレーネは安心のあまりに号泣しアンジェとルシアも涙を流していた。
そんな喜びも束の間、突然大きな地震が発生する。島全体が大きく揺れる異常な状況にアンジェを始め全員嫌な予感がしていた。
「島が揺れている? この『ダウィッチ島』は海上に浮いている島のはず。地震とは無縁のはずですが……」
周囲の状況確認の為に船着き場に向かったスヴェン達は恐ろしい光景を目の当たりにしていた。
「これはとんでもない事になったな」
船着き場にいたはずの移送船の姿は見当たらず、そこから見えたのは少しずつ近づく『ミスカト島』の姿であった。
島の端には波が勢いよくぶつかり、まるで島が船の如く海上を移動していたのである。
「スヴェン……これってもしかして、『ダウィッチ島』が移動しているんじゃ……」
「どうやらその様だ。――してやられたな。俺たちは敵を甘く見すぎていたらしい」
「それってどういう事だよ?」
何かを察したスヴェンの思わせぶりな発言にロックは状況を飲み込めず訊ねる。そしてスヴェンは自らの推測を説明した。
「先程の大きな地震は恐らく『ダウィッチ島』の海底に続く根が切断されたものだろう。そしてそれをやってのけた連中が海上に浮いた状態のこの島を移動させていると考えられる」
「……ちょっと待てよ。俺の見間違いでなければ『ミスカト島』に近づいているみたいなんだがもしかしてこの島が向かってるのは――」
「貴様の考えている通り、敵は『ダウィッチ島』を『ミスカト島』にぶつけるつもりだ。そうなれば、ここの魔物共が一斉に『ミスカト島』に侵入する。その侵攻を水際で食い止めなければ魔物は『アーガム諸島』全域に広がるだろう」
『アーガム諸島』が魔物の群れに蹂躙される状況を想像し皆は黙ってしまう。ルイスはスヴェンのローブの裾を掴んで不安な表情を見せていた。
「スヴェン……どうしよう。そんな事になったら『アーガム諸島』の人たちは魔物の犠牲になってしまうわ」
「そうならない為に俺たちがいる。――敵はこれだけの事を水中で難なく実行している事からディープの仕業とみて間違いない。現に奴等はここ数日の間に海辺の都市を幾つも襲っているからな。複数の小さな島で成り立っている『アーガム諸島』は実に襲撃しやすい場所だ。この島の動きを止める事は出来ないがディープの侵攻を食い止める事は出来るはずだ」
「そうだな。この島が『ミスカト島』にぶつかれば海岸エリアは大きな被害が出る。一旦アンジェ達の所に戻って衝撃に備えよう。それにアラタと合流しないと」
ロック達がアンジェ達の所へ戻ると再び大きな衝撃が彼等を襲う。それは先程から続いている島の移動による揺れではなかった。
島の中央である大樹付近から衝撃波が広範囲に発生し吹き飛ばされた木片の雨が島に降り注ぐ。
アンジェ達は魔力障壁によって身を守り、落下してきた木片は障壁にぶつかると粉々に砕け散っていった。
「先程まで地面に生えていたはずの木の破片が完全に枯れている。これが毒の効果だとしたら恐るべき威力です」
木片の状態から敵の恐ろしさを確認したアンジェが戦闘中の方角に目をやると、再び破壊された木々が宙を舞う様子が目に入る。
それに加えて今度は白と黒の二体の人型が空高く飛翔する光景が見えた。
白い方は鎧武者姿の鎧闘衣、黒い方はコウモリの様な翼を有した禍々しい姿をしている。
「あの白い鎧闘衣は<マナ・レムール>……。アラタさんとトリーシャちゃんが戦っています。今からでも援護ぐらいなら出来るはずです」
ルシアがアラタ達を援護するため戦地に行こうとするとセレーネが待ったをかける。
「今、あそこに行くのは危険ですわ。敵は魔神化したことで広範囲に濃度の高い毒を散布しています。下手に近づけば毒の餌食になりかねませんわ。その一方で<マナ・レムール>の動きは非常に良いみたいです。何故なのかは分かりませんが、ご主人様たちは毒にかかっていない様子。であれば、アスタロトという十司祭の相手は<マナ・レムール>に一任する方が賢明かと思いますわ」
「そんな……見ている事しか出来ないなんて……」
「ルシア、アラタ様とトリーシャを信じましょう。ここで私たちが下手に動けば足手まといになるだけ。それに戦いはこれで終わりではないはず。今後に備えて私たちは魔力を温存しておきましょう」
「……そうだね。アンジェちゃんとセレーネちゃんの言う通り、この後が私たちの戦いなんだよね」
ディープの軍勢との戦いが近づく中、アンジェ達の眼差しの先では<マナ・レムール>とアスタロトによる苛烈な空中戦が繰り広げられていた。