友か信頼か②
アラタを助けに行くと言い、ロックがこの場を立ち去ろうとするとクレアが静かな声で語りかけた。
『それがアラタの意志を汚す事になっても行くのか?』
「……何だと!?」
『アラタはわしらにこやつらを託したのじゃぞ。セレーネならば毒を治癒できると考えてな。もしもここでこやつらを見捨てる様な事をすれば、それはアラタの信頼を裏切ることに他ならない。――それが分からぬお主ではあるまい?』
「それは……! クレア、あんたにとってアラタは昨日今日知り合ったばかりの人間だ。大して思い入れもないだろ。でも俺にとっちゃあいつは仲間で……親友なんだ。見殺しになんて出来ないんだよ!!」
ロックとクレアの怒号とも言える会話が途絶え沈黙が流れる中、スヴェンは「ふぅ」と全員に聞こえるようにわざとらしく大きくため息を吐く。
「喧嘩をするのなら後にしろ。今は一分一秒を争う時だ。先を急ぐぞ。ロック、アラタの所に行きたいのならこいつらをセレーネの所に送り届けてからにしろ。第一貴様が駆けつけたところで状況は変わらん」
「どういう意味だ、てめー!!」
「貴様も感じたはずだ。あのアスタロトという男と対峙した瞬間、背筋が凍るようなプレッシャーをな。本来なら俺たち全員で戦う必要がある相手だった。アラタはそれを十分理解した上でこいつらを助ける判断をしたんだ。自分がどのような目に遭うか覚悟していたはずだ。そして、毒によって本来の力が出せないお前が行っても無駄に犠牲者が増えるだけ。貴様はそんな自己満足の為にあの場に残ったアラタとトリーシャの覚悟を無駄にするのか?」
スヴェンの言葉は正論でありロック自身も理解していた。しかし頭では分かっていても友を想う心がこのまま進む事を拒絶する。
ロックは悔しさのあまりに唇を噛み締めると歯で傷ついた箇所から血が流れ出した。
「――分かったよ。先を急ぐぞ」
『ロック……』
ロックは拳を握りしめ、レオが心配する中セレーネがいる船着き場へと向かって走り出す。
スヴェンとシルフィも彼に続いて走っているとクレアが口を開いた。
『確かにわしはアラタとは昨日会ったばかりじゃ。あの小僧についてはまだ分からん事ばかり。しかしな、あやつを一目見た時に昔一緒に戦った戦友の事を思い出したのじゃ。その男も異世界からの来訪者で自分とは関係のないこの世界の為に戦ってくれた。アラタはその男とよう似ておる。だからこそ信じてみたくなったのじゃ。アラタならどんな困難な状況でも生きて帰るとな』
『それってレイジさんの事ですよね。確かにあの方の強さは飛び抜けてましたよね』
「そんな人物がいたなんて聞いていないぞ、ルイス」
スヴェンはグラビティの維持に集中しながら槍状態のルイスにたしなめるように言い、困るルイスに代わってクレアがその理由を説明する。
『ルイスを責めんでやってくれ。レイジに関しては本人の希望で自分の存在を表沙汰にして欲しくないというものがあったのでな。わしが皆にレイジについては他言無用と命令したのじゃ』
「どうしてレイジさんはそんな事を言ったの?」
シルフィが疑問をこぼすとクレアは一呼吸置いて話を続けた。
『レイジの話によれば、元々あやつは〝アヤカシ〟なる魔物の類と戦っておったそうでな。その戦いは社会の裏で行われていて一般には知られていなかったらしい。そういった経緯から自分の存在を秘匿したかったのじゃろう』
「……それで、そのレイジって異世界人はどうなったんだ?」
パーティの先頭に立ち沈黙を守っていたロックがそれとなく訊ねるとクレアは笑いつつも少しだけ悲しそうに答えた。
『レイジはわしの親友であったホタル・フォン・白梅というアルムスと契約しておった。魔人戦争最後の戦いにおいて二人は行方不明になりそれっきりじゃ……。周囲をくまなく探したが遺体すら見つからなかった。多くの者が二人はあの戦いで亡くなったと考えていたが、わしは生きていると思っておる。生きてレイジのいた世界に行ったのではないか、とな』
「そうか……」
会話に一区切り突いた時、魔物の集団が出現し再び彼等の進路を塞いだ。
グラビティの範囲内で浮遊している選手たちは既に虫の息であり余裕のない状況だ。
「ちぃっ! あともう少しで船着き場にたどり着くというところで……!!」
スヴェンが苛つき舌打ちをする。グラビティの連続使用に加えて毒によるダメージで彼の体力と集中力は限界に達しようとしていた。
視界が歪む中、必死に魔術を維持し前に進もうとする。
「ここを抜ければセレーネ達がいるはずだ。シルフィ、スヴェン、もう一踏ん張りだ。いくぜ!!」
「了解! まずはボクが闘技で数を減らす。そうしたら――」
ロックとシルフィが行く手を阻む魔物たちに突撃しようとした瞬間、魔物たちは刻まれ燃やされ凍りついていった。
何が起きたのか分からずロック達が呆気に取られていると、魔物の集団の向こう側からアンジェ、ルシア、セレーネの三人が現れたのであった。