風のマナギア マナ・レムール
「ククククク……、恐ろしいかこの顔が? 俺はかつてアサシンギルドに所属していてなぁ、色んな奴を暗殺するのが仕事だった」
『それじゃ、その傷は任務中に負ったのかしら?』
「いいや、違うねぇ。これは同じアサシンギルドの連中にやられたのさ。俺が殺った要人が色々と訳ありの人物でね。そいつに関連した情報が表に出るとまずかったんだろうな。俺は任務終了直後に口封じに仲間と信じていた連中に殺されかけた。――いや、殺された。人間としての俺はな。死の淵で俺は自分をこんな目に遭わせた全てを憎悪し、気がついたら魔人として蘇っていた」
「……だから人間を憎み抹殺するために『アビス』の十司祭として暗躍しているのか」
するとアスタロトはニィっと深く刻まれた口角を上げて笑った。普通の人間には到底不可能なその笑い方に背筋が寒くなる。
「それは違う。俺を殺したアサシンギルドならとっくの昔に壊滅させた。勿論誰一人逃がさずになぁ。そんな時に出会ったのが『アビス』の総帥アスモダイだった。俺は奴の思想をおもしろいと思い十司祭になったのさ」
「アスモダイ……千年前の魔人戦争に参加していた魔人だったな」
『ええ、そうよ。本人の実力もかなりのものだけど、あいつの本当に恐ろしい部分はそのカリスマ性にあるわ。本来なら協調しない魔人たちがあいつの元では一つにまとまる。その結果起きたのが魔人戦争だった』
「そういう訳だ。アスモダイはこの世界を強者が征服する弱肉強食の形にすると言っていた。どうせなら、それぐらいシンプルな方がおもしろいだろう? ――とにかく、弱い連中にはたっぷり恐怖を味わい死んでもらう。その為にこんなくだらない大会に出たんだからな」
島を襲う地震は今も続いている。ちらっと空を見ると最初よりも雲が流れるスピードが上がっている気がする。
「クククククク……、やはり気になる様だな。この島が海上を移動しているのはさすがに気が付いてるんだろ。ここまで頑張った褒美にいい事を教えてやる。この大会での俺の役割は『アビス』の存在を『アーガム諸島』の連中に知らしめる事だ。その次はウェパルが率いるディープの大群によって『ダウィッチ島』の根を切断、その後島を牽引する手筈になっているんだが――その終着点はどこだと思う?」
アスタロトはニヤニヤ笑いながら俺に質問してくる。そんな事、大して考えなくてもすぐに分かった。
こいつらは弱者――つまり一般市民を巻き込む虐殺を起こそうとしている。この付近でそんな人々が現在集中している場所は一ヶ所だ。
「この島は『アーガム諸島』の中心『ミスカト島』に向かってるんだな」
「クカカカカカカカカ! その通りだ。このいかれた殺し合いを遠く離れた安全な場所で観ている連中にも俺たちと同じ目に遭ってもらうのさ。この島が『ミスカト島』にぶつかれば、凶暴な魔物が『アーガム諸島』内に逃げ出す。そうなったら、今まで観戦していた連中も死と隣り合わせの状況に放り出される。――考えただけでゾクゾクする展開だろう?」
今、『アーガム諸島』はレムール祭を観戦しに訪れた人々でごった返している。
大会に参加しに来た魔闘士も大勢いるが非戦闘員の方が圧倒的に多い。そんな状況でこの島の魔物が逃げ出せばどれだけの被害が出るか想像がつかない。
「しかもそれは単なる前座に過ぎない。本命は混乱に乗じたディープ大群による攻撃だ。ウェパルは配下の魔人も数名連れている。質・量ともに圧倒的な軍をお前等はどうやって退けるのかな? クカカカカカカカカカカカカ!!」
――最悪だ。十司祭が二人いるだけでも大変だっていうのにその他にも複数の魔人。そして暴走した魔物とディープの大軍ときたもんだ。
『ダウィッチ島』が『ミスカト島』にぶつかるまでそんなに時間は掛からないはず。
それなら、俺が今やるべき事は一つだけだ。
「トリーシャ、一気に決めるぞ」
『分かったわ』
ありったけの殺意を込めて魔力を練り上げ神薙ぎを構える。
そんな俺たちの姿を見てアスタロトは口角を上げて歪んだ笑みを見せつける。その目は泥沼のように濁っていた。
「クカカカカカカカカ! いいねぇ、この期に及んでちっとも絶望していないときた。それでこそ本気で殺る甲斐があるってもんだ。――俺たちの本当の姿を見せてやるよ!!」
『リアクター最大。魔力流入リミッター解除、魔神化開始! あーしらの力の前にひれ伏しなよ!!』
異常な魔力が解放されると同時にアスタロトの身体が膨れ上がっていく。
洗練された暗殺者を思わせる細身の身体は三メートル近くまで巨大化し、コウモリを連想させる翼を有した漆黒の人型へと姿を変えた。
『クカカカカカカカカカカ! さあ、お前等もとっとと鎧闘衣になれ。その上でズタズタにして今度こそお前等を絶望一色に染め上げてやるよ!!』
「こいつ……! 言われなくてもなってやるさ。トリーシャ、いけるか?」
『問題ないわ。いつでもいけるわよ!』
神薙ぎと意識を共鳴し魔力を高めていくと足元にエメラルドグリーンの魔法陣が形成される。
「リクエストに応えてやるよ、アスタロト。――イクシード! 来い、<マナ・レムール>!!」
魔法陣の中で俺と神薙ぎはマナの粒子となって融合し、全身が強固なマナで構成された生きた鎧へと姿を変えた。
額には三日月をモチーフとした金色の前立てと側頭部では角飾りが輝き、全身は白を基調とした装甲を纏い金色の装飾が施された鎧武者の姿。
これが神刀神薙ぎの鎧闘衣――<マナ・レムール>だ。
鎧闘衣への変身が完了し目を開けるとエメラルドグリーンのデュアルアイが光を灯し眼前にいる敵の姿を俺に見せる。
人間時とは明らかに違う身体の感覚。魔神化した敵と互角に戦う為の魔導兵器となった今、その本領を発揮する時が来た。
エナジストを鎧闘衣の体内へと移した神刀神薙ぎを携え魔神化したアスタロトと向き合う。
『決着をつけるぞ、アスタロト。<マナ・レムール>――推して参る!!』