毒の罠
「ちっ!」
ぎりぎり引きつけて斬撃を躱すと敵の一撃は足場にしていた枝を真っ二つに斬り裂いた。上方にある別の枝に着地しアスタロトを見下ろすと奴と目が合う。
顔のほとんどは黒い包帯で覆われていて表情が分かりにくいが、俺には奴が笑っているように見えた。
アスタロトは大きく跳躍し一瞬で俺のいる位置を跳び越え上を取る。
「速いっ!」
『気をつけて! あいつのスピードはこっちよりも上よ。一瞬で間合いを詰めてくるわ!!』
トリーシャが注意を促す中、敵は魔方陣を展開し無数の針を撃ち込んできた。
回避すると足場にしていた枝に刺さり、まるで動画を早送りしたかのように急激に枯れていく。
「枝が一瞬で枯れた!?」
『一本一本が魔力で構成した毒針になってるんだわ。直撃したらまずいわよ!』
「ここまで毒攻撃に特化したヤツは初めてだ。……くそっ!!」
舌打ちしている間にアスタロトが目の前まで接近してくる。神薙ぎに魔力を集中して奴のダガーとの応酬が始まる。
剣戟をしている間に足場が完全に腐り落ち空中戦に突入した。足底に魔力を集め空を蹴って飛翔する。その最中にもアスタロトの攻撃の手は緩まない。
「くっ、トリーシャ大丈夫か!?」
『問題ないわ。刀身には魔力障壁が張ってあるしこのオリハルコン製の身体なら毒は効かないわ。それよりもあの剣の毒攻撃は危険よ。まともに食らえばさっきの彼等の様に身体に毒が回って動けなくなる!』
そうなってしまえば敵の思うがまま好きなように弄ばれ毒によって最期を迎える事になる。そんな最悪の状況を想像し背筋が寒くなる。
「空中戦ならこっちだって負けていないはずだ。攻撃に出る! 風の闘技、壱ノ型――疾風ッ!!」
アスタロトから距離を取りつつ風の斬撃波を放つ。奴は減速する事なく紙一重で躱すとそのまま俺に向かってくる。
空振りに終わった疾風が枝を斬り落とす中、アスタロトは毒の魔力を乗せた斬撃を連続で繰り出した。
俺は空中で回避と刀による防御で凌いでいくが、小型の得物であるダガーとは思えない強烈な一撃が次々と押し寄せ体勢が崩れていく。
「くぅっ!」
「カカカカカカカカッ! バランスが崩れたなぁ。――はぁっ!!」
アスタロトの細長い四肢は素早くしなやかに動き、俺が体勢を崩した瞬間回し蹴りが腹に入った。
「がはっ!?」
俺は下方の枝に叩きつけられ、その衝撃で枝は折れてそのまま地面目がけて落下していく。
そこから自然落下の隙は与えないと言わんばかりに敵の追撃が襲ってくる。ダガーによる一太刀は一般の木の太さほどある枝をバターの様に斬り裂く。
直撃寸前で回避し敵から離れると腹を押さえて息を整えた。
「く……はぁ……はぁ……、斬撃の瞬間に魔力を爆発的に高めて刀身から魔力の刃が吹き出している。だからダガーのリーチよりも太い枝を真っ二つに出来るのか。それを連続で……何て奴だ……」
『元々魔闘士として抜きん出た戦闘センスを持っていたんでしょうね。それに加えて魔人になった事で全ての能力が底上げされてるんだわ。元々研究者だったガミジンとは根っこが違う。……あいつは戦闘のプロよ』
戦闘中アスタロトはダガーによる強力な毒斬撃と毒針攻撃を連発し、攻撃を受けた木々は枯れ腐り落ちていった。
「俺の攻撃をここまで躱すなんて中々やるじゃないか」
『でもいつまで逃げ続けられるかなぁ? あれだけ動き回ったらそろそろスタミナ切れを起こすんじゃない?』
アスタロトとラアルという名のダガー型アルムスは余裕の様子で攻撃の手を休めることはしない。その攻撃を凌ぐのに精一杯で反撃の糸口が掴めない状況が続く。
周囲にある多くの枝は朽ちてしまいどんどん足場が無くなっていく。周りを確認した時、俺はある異変に気がついた。
「……あれ?」
『どうしたの?』
「何だかおかしい。アスタロトの攻撃を受けた部分が朽ちていくのは当たり前なんだけど、それ以外に攻撃を受けていない木々も枯れている。これってどういう――」
言いかけた時、突然の目眩が俺を襲った。それに何だか身体が変だ。身体が熱く重い感じがする。
息苦しい感じもするしどんどん倦怠感が増しているみたいだ。
俺の異変に気がついたトリーシャが大丈夫かと声を掛けてくる。そんな彼女の心配を他所に不調は酷くなる一方だ。
指先がしびれてきて神薙ぎを持つ手に力が入らなくなってきた。
「なん……だ、これ……身体が……」
『アラタ、どうしたの!?』
視界もぼやけ始め身体中から冷や汗が出てくる。こんな症状は初めてだ。
身体がおかしくなる中、気がつくと目の前にアスタロトが接近していた。ヤバい、反応が遅れた!
「どうした? 苦しそうだなぁぁぁぁぁ!!」
「ぐふっ!」
アスタロトの拳が腹に深々と突き刺さる。まともに魔力を練ることも出来ずローブの防御能力が機能していない。
魔人の拳だけでも今の俺には恐ろしい凶器と化していた。たった一発で意識が飛びそうになる。
腹を押さえ膝を折ると顎を蹴り上げられ身体が宙を舞う。俺はまともに受け身を取ることも出来ないままそのまま枝の上に落下した。
その時の衝撃で神薙ぎが手から離れ、うつ伏せに倒れる俺の前に金属音を立てて転がる。
「くっ……トリーシャ……」
鉛のように重く激痛が走る身体で這いずり、何とか神薙ぎの側までやってきた。そして手を伸ばして掴もうとした時、アスタロトが俺の手を思い切り踏みつけた。
足をぐりぐりと動かし潰された手の甲から血が流れてくる。
「ぐあああああっ!!」
『アラタァァァァァァ!!』
「クカカカカカカカカッ! どうしたぁぁぁぁぁぁぁ? さっきから随分と調子が悪そうじゃないか。戦い始めた頃の威勢はどこにいったんだ。ええ?」
アスタロトはひとしきり俺の手を足底で弄ぶと今度は髪を掴んで持ち上げる。身体に力が入らなくなった俺はそのまま宙づりにされた。
「く……そ……何でこんな……」
『キャハハハハハハハハハハハ!! ホンットーにバカな奴。まんまとあーしらの策にはまったとも知らずにさ』
「なん……だって……?」
『この辺りにはね、予めあーしが瘴気を散布しといたんだよ。あんたらはそうとも知らずにここに来た。他の連中はすぐにここからいなくなったから大した影響は出ないだろうけど、あんたは薄めてあるとはいえ、あーしが作った毒を吸い続けたんだよ。それに皮膚や粘膜からもたーっぷり毒を吸収してる。既にあんたの体内は毒だ・ら・け……ってわけ。もうまともに動くことすら出来ないっしょ!』
ネタばらしを受けて愕然とした。戦う前に敵の術中にはまっていたなんて……。
『……そうか。だから直接攻撃を受けていない木々も瘴気の影響で枯れていたのね……』
『そういうこと。アスタロトが派手に暴れていたのはダメージを与えようと躍起になっていたんじゃない。周囲の状況から瘴気の存在を気取られない様にする為だったんだよ。実際逃げ回るのに精一杯で周りに思考を割く時間なんてなかったでしょ? キャハハハハハハハハハハ!!』
戦闘中、疑問に思った事の正体が最悪の形で判明した。ここまで狡猾で用意周到だとは思っていなかった。完全に読み違えた俺のミスだ。