十司祭アスタロト
一触即発の雰囲気がその場に漂う中、弱々しい声が聞こえてきた。
「たす……けて……」
驚いて辺りを見回すとその声の主は横たわっている選手たちだった。口を微かに動かし短い言葉を発するだけで精一杯の様だ。
「こいつら……俺たちを罠に嵌めやがったくせに助けを求めるなんていい根性してんじゃねーか。言われなくてもあいつをぶっ倒したらダンジョンの外に連れて行ってやるからそこでおとなしく待ってな!」
助けを求める声に対しロックはぶっきらぼうに返す。だがどうにも彼等の様子はどこかおかしい。それはさっきから気になっている事でもあった。
外傷はそれほどでもないのにここまで動けないというのはどうにも引っかかる。
その答えは傷を与えた張本人が明らかにした。
「俺を倒すまで待っていろだと? そんな悠長なことを言っていたらそいつらは全員おだぶつだ。そいつらの身体には毒が回り始めている。ゆっくりとだが確実に死に至らしめる強力な毒がな。身体は既に麻痺し自分の意思では指一本まともに動かせない。放っておけばあと二十分ほどの命といったところだな」
「何だって!?」
焦る俺たちの反応を見てアスタロトは満足そうに歯を見せて笑う。その目はドブの様に濁っていた。
「いや……だ……」
「死に……たく……ない」
「たの……む……たす……け……」
動けない彼等は必死に救いを懇願してきた。その姿を見てアスタロトは笑い続けている。
奴が言っている事が本当なら、このままじゃ彼等は全員あと二十分足らずで死んでしまう。
「……スヴェン」
「何だ?」
「お前たちのグラビティでそいつら全員セレーネの所に連れて行けるか?」
スヴェンは少し逡巡すると頷き答えた。
「……可能だ。ただしグラビティ使用中は基本的に戦闘は不可能だ。戦うのなら都度解除しなければならない。そんな調子では二十分以内に船着き場に到着するのは無理だ」
「それについてはロックとシルフィに護衛についてもらう。そうすればスヴェンとルイスは移送に集中できるだろ。それならどうだ?」
「それならば間に合うと思う。しかしそうなると――」
「何言ってんだアラタ! お前あいつと一対一で戦う気か?」
「ああ」
肯定するとロックはため息を吐いて呆れた顔をする。シルフィはどうすれば良いのか分からず俺とロックを交互に見ている。
そんな時クレアが俺に訊ねてきた。
『アラタよ。相手は魔人の中でもかなりの手練れじゃ。トリーシャと一緒だとしても魔闘士一人では危険すぎる。酷な事を言うがこうなったのはこやつらの自業自得と言わざるをえん。――それでもお主はこやつらを助けようというのか?』
「そうだよ、クレア。彼等は俺たちに「助けて」と言ったんだ。生きたいと言っている人を見殺しにしたら俺はきっと自分を許せない。少しでも助かる可能性があるのならそれに賭けたいんだ」
『……分かった。そこまで言い切ったからには見事あの男を倒して生き残ってみせよ。わしらはこやつらを連れてセレーネの元へ急ぐ。必ず全員救うからお主は気兼ねせず全力であやつを倒せ』
「ありがとう。――それじゃ頼んだよ」
俺はアスタロトと睨み合いその一挙手一投足を見逃さないようにする。その間スヴェンはグラビティで彼等を浮かし撤退準備に入った。
「アラタ、こいつらは必ず俺たちがお前の仲間の所へ連れて行く」
『先生、トリーシャ先輩、すぐに戻ってきますからそれまで無事でいてください』
「スヴェン達の護衛はボク達がちゃんとやり遂げる。二人ともボク達が戻るまで頑張って」
俺たちに激励の言葉を掛けるとスヴェンとシルフィは負傷者を連れ船着き場に向けて移動を開始した。
だがロックとレオがその場に留まっている。
「どうしたんだよ。ロック達が護衛してくれなきゃスヴェン達が危ない。早く行ってくれ」
「言われなくても行くぜ。――ただ、その前に言っておくことがある」
「――?」
敵から目を逸らさずに何だろうと思っているとロックは重い口を開いた。
「死ぬんじゃねーぞ。親友にいきなりいなくなられるのは……さすがに嫌だからよ」
「……ああ、分かってる。そっちこそ皆を頼んだぞ……親友」
最後にレオが「頑張ってね」と言い残しロック達はスヴェン達の後を追って去って行った。こうしてこの場には俺とトリーシャ、そしてアスタロトだけが残った。
その時、今まで沈黙を守っていたもう一人の人物が自らの存在を示すように喋り始めた。
『……ぷ……キャハハハハハハハハハハ!! もう駄目、あーしこれ以上笑いを堪えるの無理! もう、何なのこいつ~。かっこつけちゃって、正義の味方のつもり? 今時マジあり得ないんだけど、ダッサ~!』
突然緊張感を壊す勢いで話し始めたのは、どうやらアスタロトが持っているダガーみたいだ。
そういえば忘れていたけど、この大会は魔闘士とアルムスとで出場しているんだった。
当然あいつが持っている武器もまたアルムスだ。
『それにしてもこんな冴えない男が本当にガミジンを倒したの? 予選ではそこそこやるようだったけど、それでも十司祭クラスとやり合えるとは思えないんだけど~。こんな冴えない異世界人とやるぐらいなら、あのチビ勇者とやった方がマシっていうか~』
そいつはテンション高く明るい声で俺を散々に馬鹿にし始める。その口調はまさにコギャルそのものだった。
というか、今こいつ俺の事「冴えない」って二回言ったよね。
「……ラアル、戦いの間は黙っていろと言ったはずだが? お前の高い声は鼓膜に響くんだよ」
『うっさいわね。何それ亭主関白みたい。ドン引きなんですけど~。って言うかぁ、キモい笑い声出すあんたにそういう事言われる筋合いないしー。――そんな事より早くやろうよ。あの生意気な冴えない異世界人をボロ雑巾みたいにしちゃおう、ねぇアスタロト!』
「……ふん、まあいい。そういう訳だ、俺を満足させてみろ――異世界人!!」
言うと同時にアスタロトが正面から突っ込んで来る。右手に装備したダガーの刀身から禍々しい魔力が込められたオーラがほとばしる。