エンカウント
間もなく島の中心部である大樹の近くまでやってきた。その規格外の大きさに今更ながら驚く。
「本当にでっかい木だなー。てっぺんが見えないぞ」
『なにのんびりしてるのよ。ルールじゃこの辺りにゴールがあるはずでしょ? 私たちを出し抜いた連中の姿が見えないわね。やっぱりもうゴールされちゃったのかしら……』
トリーシャが魔力の反応を探るがこの辺りは特にマナが濃いため正確には探れない。言うなれば砂漠の中で石ころを探す様なものだ。
そんな厳しい条件の中クレアが奇妙な魔力を感知した。
『向こうの枝の辺りに非常に弱まった魔力が複数あるようじゃ。しかしこれは妙じゃな。先行していた選手たちによる罠の可能性も否定できんが……』
「それなら俺が確かめてくるよ。皆はここで待機していてくれ」
そう言って皆にはその場で留まってもらい俺は反応があった枝まで長距離ジャンプで移動した。罠の可能性が高いため注意深く周囲を探る。
そんな俺の目に飛び込んできたのは凄惨な現場だった。
そこには背中を斬られ息も絶え絶えの六人の人物が横たわっていた。
俺は警戒しつつ皆に合図し来てもらうと、彼等が皆を罠に嵌めた連中で間違いないようだった。
「全員背中を斬られているな。傷口からするとナイフの様な物でやられている。しかし傷に対して重症度が高い。このまま放っておくのは危険だろう」
スヴェンの見立ててでは傷はそこまで大した事はないみたいなのだが全員の状態は悪い。
意識はあるがまともに喋る事も出来ない様だ。それに彼等のアルムスも完全に沈黙したままだ。
こんな状態は見たことがない。
「こいつらがこんな状態になってるんなら運営側が救助を送ってるはずだよな? ほら、監視用の使い魔が選手一組に一匹いるじゃ……あれ?」
ロックが空にいるはずの使い魔を指さそうとしたところ四匹しかいなかった。倒れている連中の分がいない。
その時とてつもなく嫌な予感が俺の中を駆け巡る。さっきから何か違和感がある。それに加えて彼等の様子をモニターしていた使い魔がいないこの状況。
「ちょっと待てよ。……倒れているのは六組……違う、数が合わない。こいつらは全員で八組いるはずだ。ここには俺が倒したのも合わせて七組しかいない。もう一組いるはずだ」
違和感の正体が判明した瞬間、後方からとてつもないスピードで殺気が近づいてくるのが分かった。
俺は振り向き様に神薙ぎを振るうと後ろから襲ってきた相手の武器とぶつかり合う。
その武器は毒々しい赤紫色をしたダガーだった。刀身表面に展開された魔力が干渉し合って火花が散る。
「くっ、こいつ……!!」
切り払おうとすると、そいつはバックステップで距離を取り俺たちを跳び越えて離れた場所に着地した。
全身を覆う黒ずくめのマントに身を包む異様な姿。こいつには見覚えがある。昨日の予選の時にも船着き場にもいた。
何度も視界に入れていたはずなのにこいつの危険性に気がつかなかった。
「くくく……クカカカカカカカカカカカカカカッ!!」
黒ずくめのマントの内側から不快な音が聞こえ始める。それが笑い声だと気がつくのに数秒ほどかかった。
不気味かつ不愉快な甲高い笑い声。真っ当な人間から到底出せるとは思えない生理的に嫌悪感を抱く笑い声だ。
「何が可笑しいんだ!」
質問するとそいつはピタリと笑うのを止めてフードの奥から鋭い眼光を覗かせる。目が合った瞬間背筋がぞくっとする。
俺たちが一層警戒すると、そいつは笑っている時とは対照的な低い声で喋り始めた。
「何が可笑しいって? そりゃそうだろう、そいつらはお前たちを出し抜く為に全く素性を知らない俺に誘いを掛けてきたんだ。その結果が――そのザマだ。あまりにも間抜けな最期だ。これが笑わずにいられるか?」
黒ずくめは時々笑いを含みながら語った。それだけでこいつは何のためらいもなく彼等を斬った事が窺える。
こいつは普通じゃない。笑って平気で人を傷つけられる奴がまともな訳がない。
「しかし、よく俺の存在に気がついたな。完全に死角を突いたはずだったんだが……」
「倒れている連中の数が合わなかったのと……こいつらは全員背後から斬られている。それがあまりにも不自然だと思ったんだ。仮に襲ってくる敵から逃げていたとしても全員が背中だけ負傷するのは妙だ。そう考えると自ずと答えは見えてくる」
「……ほぅ……」
黒ずくめは目を細めて品定めするように俺を見る。俺は気にせず話を続けた。
「全員が背中に一撃入れられて行動不能になったのだとしたら、それをやったのは一緒に行動をしていた仲間だと考えれば説明がつく。背中を預けた仲間に突然襲われれば反撃する隙は無かったはずだ」
言い終えると奴はニィッと歯を見せながら笑った。そして再び気味の悪い笑い声が聞こえてくる。
「クカカカカカカカカカカッ! ……いいねぇ、思ったよりも頭が回るじゃないか。お前の推測通りだ。昨日今日手を組んだ相手に背中を預けてそうなったんだよそいつらは。あまりにも警戒心がなくて笑えるだろう?」
「笑えねーよ! お前の目的は何だ? 優勝賞金の為にここまでやる必要があるのか!?」
「優勝賞金だと? そんな物には少しも興味ないねぇ。俺の目的はこの大会を利用して俺たち『アビス』の存在を世界に知らしめる事だ」
奴の目的を聞いた瞬間、俺たちは耳を疑った。まさかこんな所で敵対している組織の人間に遭遇するとは考えていなかった。
『『アビス』ですって!? あなたは魔人の軍勢の関係者なの?』
さすがにトリーシャもこのケースは想定していなかったみたいで焦りが伝わってくる。これだけ人に注目された大会に奴等が出張って来るなんて誰も思わなかっただろう。
「その通りだ。ただし関係者っていうのはちょっと意味合いが浅いな。――俺は魔人の軍勢『アビス』、その十司祭が一人アスタロト。『アーガム諸島』の連中を皆殺しに来た。くくく……クカカカカカカカカカカカカ!!」
アスタロトは大きく笑うと身に纏っていた黒マントを脱ぎ捨てた。
その下から出てきたのはマントと同じ全身黒ずくめの装束に身を包んだ長身細身の男だった。
顔のほとんどは黒い包帯で覆われていて鋭い目の部分だけが露出している。
「なっ……!? くそっ、よりにもよって十司祭自らのお出ましかよ! アラタ、こうなったら大会なんてどうでもいい。俺たち全員でこいつを倒すぞ!!」
「分かってる! 相手が十司祭なら手段は選んでいられない。やるぞ、ロック!!」
俺とロックが構えるとアスタロトから凄まじい魔力と殺気が叩きつけられる。この殺気は、やはり間違いない。
「やっぱり……昨日予選が始まる前に俺たちに殺気をぶつけてきたのはお前だったんだな!」
「ああ、そうさ。お前たちが『ティターンブリッジ』に入ったという報告は受けていたが、まさかレムール祭に出場しているとは思わなかったからなぁ。嬉しくてつい殺気が漏れちまった。上からは無闇にお前等と関わるなと言われてはいるが、この状況じゃ仕方がないよなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
『ティターンブリッジ』に入る前にウェパルとかいう別の十司祭に遭遇していただけあって、こっちの動きはある程度掴まれていたか。
でも今はそんな事はどうでもいい。こいつを倒して『アビス』の戦力を削いでやる。