アラタの器
「……なるほど。それで異世界人が残した建造物が『インスマース島』にあり、そこへの上陸許可証を得る為にレムール祭に参加したという訳か」
全て話し終えるとクレアは紅茶の入ったティーカップをテーブルに置き視線を俺に向けた。
「アンジェが突然失踪し数日後、全く違う場所から手紙を寄越した時から感じるものがあった。かつて異世界人が突然現れた現象に似た事が起きたのではないかとな。丁度その頃には『アビス』の活動がわしの耳に入っておったしの」
「それじゃ最初から俺が異世界人だと思っていたってこと?」
「当初からその可能性は高いと思ってはいた。……じゃが、それからルシア、トリーシャ、セレーネとも契約を結んだという話を聞いてからは確信しとったがな。はっきり言ってやっている事が規格外すぎるからの」
クレアはティーカップを持って足を組み直すと紅茶を飲み始める。彼女との話に一区切りついたところでシルフィが興奮した様子で話し始めた。
「クレアやアンジェから聞いたことはあったけど異世界人なんて初めて会ったよ。外見はヒューマと同じなんだね」
シルフィが目を輝かせながら俺を観察している。本人は夢中になっている為気がついていないようだが、どんどん距離が近くなってもう少しで触れてしまいそうだ。
本人に悪気はないしどうしようかと困っていると、アンジェがシルフィを掴まえてクレアの隣に座らせた。
「シルフィ、アラタ様に失礼ですよ。いきなり近づいて視姦したら驚くでしょう?」
「あ……、そうだよね。ごめんね」
「俺は別に気にしてないから大丈夫だよ。でも人によっては嫌がる人もいるかもだから次からは気をつけた方がいいと思う。それよりも何よりも俺が気にしてるのは視姦という単語をさりげなく使ったアンジェの言語センスとそれを普通に受け入れた君の感性なんですが……」
「あら、こんな事は『ゴシック』では日常茶飯事ですよ。ふふふふ、アラタ様は面白い事を言いますね」
「そうだよ。むしろこれぐらいの表現はソフトな方だし。あははははは!」
和やかに笑うアンジェとシルフィではあるが、内容が内容なだけに俺は笑えない。『ゴシック』では普段どういう会話をしているんだ。
クレアとセレーネも変人の部類に入るし放送禁止ワードが飛び交っていてもおかしくない。
『ゴシック』の内情に一抹の不安を抱く中、スヴェンの視線に気がつく。
「スヴェンも驚いたかもしれないけど、この通りヒューマと変わった部分はないんだよ」
「……少なくとも外見はそのようだな。だが中身……特にマナ関連に関しては別物のようだな」
「そうかな? 俺は大して変わらんと思うんだけど」
俺がそう言うとスヴェンは空のティーカップを置いて説明を始めた。
「このティーカップが俺たち人間のマナの許容量……器と仮定する。この許容量を超えるアルムスとは契約できない。つまり自分の器に収まる相手でなければ契約は不可能だ」
説明中スヴェンはティーカップに紅茶を注ぎ半分ほど満たしたところで注ぐのを止める。
「器の大きさは個人差がある。このティーカップほどの者もいればティーポット級の者もいる。そしてルイスを始めとする聖槍や聖剣クラスのアルムスと契約するには最低でもティーポット級の器が必要とされる」
ティーカップとティーポットでは明らかにサイズ差がある。それだけアンジェ達の存在は特別であり、彼女たちと契約できる人間もまた特別だって事だ。
「それぐらい俺だって知ってるよ。つまり俺の器は大きめのティーポットぐらいあるって事だろ?」
「単純な話ならそれでおしまいだ。しかし、貴様に関してはそれで終わらない。アルムスと契約する場合、マナの属性が同じであることが前提条件になる。俺とルイスが重力の加護を持っているようにな。さっきの話にしてみると器に適した飲み物しか注ぐ事は不可能ということになる」
「それってつまりティーカップには紅茶、ジョッキにはビール、ワイングラスにワイン……みたいな感じ?」
「その通りだ。この話を貴様の状況に置き換えると大量の四種類の飲み物が注がれているという事になる。とてつもない大きさである上に別々の液体を受け入れたその器は……はっきり言って正体不明の恐ろしい代物だ」
「普通そこまで言う!? それに関しては俺が珍しい光の加護を持っているからって聞いたぞ。そうだよな、アンジェ」
「申し訳ありません、あれは嘘です」
銀髪メイドは手を頬に当てて申し訳なささを微塵も出さずに言い切った。
どこから突っ込めばいいのか分からず、口をパクパクさせながらフリーズしているとスヴェンが話を続ける。
「マスターとアルムスの属性一致は揺らぐことのない契約の前提条件だ。『アストライア王国』にある文献や記録においても異例はなかった。それを覆したのは貴様だけだ。クレアもそれを知っているから貴様を異世界人だと考えたのだろう。とにかく常識が通用しない事だらけだからな」
非常識イコール異世界人という流れに若干の安易さを感じないでもないが客観的に考えてみると確かに俺はヤバい存在なのかもしれない。
しかしこうなってくると俺自身、自分がどういう存在なのかが気になってくる訳で……。
「それじゃあ、その器としての俺って一体どういう存在なのでしょうか?」
「だから分からないと言ってるじゃろう。とにかくお主は千年前の異世界人たちと比較しても規格外なのじゃ。……もしかしたらマナや魔術関連の研究をしている『魔術都市バベル』であれば分かるかもしれんが」
「本当!? その『バベル』って何処にあるの?」
「南にある『フィットニア大陸』じゃ。お主等の旅の順序では四番目の異世界人の建造物がある場所の近くじゃな」
「そうか。それなら旅の途中で寄ってみるのもいいかな」
いつまでも自分が人として正体不明のままじゃ気分が悪い。それに個人的に魔術都市というのにも興味がある。
四番目は最後の建造物になるが、その直前に立ち寄る場所として丁度いいだろう。