ゴシックメイドの給仕の価値
包み紙の中に入っていたのはリング状のパーツにゴムの様なものが巻き付いた代物だった。
アンジェがゴムの先端部分を持ってリング部分に巻き付いていたゴムを丁寧に引き剥がしていく。
するとリングから筒状のゴムが引き出される形状となった。これってもしかしなくてもコン○ームじゃね?
困惑している俺の目の前でアンジェがソレを様々な角度から見たり伸ばしたりして注意深く確認している。何これ? 彼女は一体何をしているんだ?
「――なるほど、この手触りとゴムの伸縮性はオリジナルと遜色ないですね。耐久性の方は大丈夫なのですか?」
「お主が寄越した物とほぼ同じ品物に仕上がっておる。ここにはそれの売り込みで訪れていた訳じゃ。この『アーカム諸島』には大規模な歓楽街があり、そこの娼館で使ってもらおうと思ってな」
クレアとアンジェが真面目な顔で話し合っている。そんな彼女たちが手にしているのは避妊具だ。そろそろ話を訊いてみた方がいいだろうか。
そんな折、ふとアンジェと目が合うと戸惑う俺に気がついたのだろう、事情を説明してくれた。
「申し訳ありません、アラタ様には最初に話をしておくべきでした。実は『ソルシエル』には、このような避妊具がなかったのでたまたま持ち帰っていた物を『ゴシック』に送って量産できないかお願いしていたのです」
「……それってもしかしてあの時の!?」
俺の中でアンジェと初めて逢った夜の出来事がフラッシュバックした。
オークに襲われアンジェに助けられ、右も左も分からない彼女を部屋に泊めることになり立ち寄ったコンビニで万が一の時の為に購入したコン○ーム。
その存在は速攻アンジェにばれてしまったのだが、そういえばあの後あれがどうなったのか俺は知らなかった。
まさかアンジェが持っていたとは……。
「これは避妊具であると同時に性病防止にも役立ちます。娼館では性病が大きな問題だったので役立つと思ったのです」
「そうだったのか……」
アンジェの事だからしょうもない事を考えていたのかと思ったらとても真面目な話だったので感心してしまった。
まさかあの時下心で購入した物が巡り巡って人の役に立つようになるとは思いもしなかった。
「それとこの避妊具に関して発案者としてアラタ様の名を勝手ながらお借りしました。ですのでこれが売れればアラタ様にお金が入ってきますよ」
「マジですか……」
いつの間にか『ソルシエル』において、俺はコン○ームを考えた人になってしまっていた。
この件に端を発してこの後は卑猥発言が飛び交う状況となり、とても人様に聞かせられるような内容ではなかったので割愛させていただく。
なんやかんやあって俺たちはクレアとシルフィが泊まっている宿屋にお邪魔することになった。
驚いた事にその部屋は二人だけで宿泊するにしてはかなり広く造りも豪奢で俺たちが泊まっている宿屋とは雲泥の差だった。
部屋の中央には大きなテーブルが鎮座していて、それを囲むように革張りのソファが置かれている。
部屋の奥には何故か大きなダブルベッドが置かれていた。
どうしてこのようなチョイスをしたのか一瞬疑問に思ったが、深く突っ込むのは止めておいた方がいいと思いベッドから意識を逸らすことにした。
とりあえずソファに腰掛けて一息ついていると紅茶のかぐわしい香りが漂ってくる。
いつの間にかアンジェ、セレーネ、シルフィの『ゴシック』メイド三名とルシアが紅茶の準備をしてくれていたようだ。
「どうぞ」
テーブルに紅茶とお茶請けとしてクッキー等の焼き菓子が置かれていき、ちょっとしたお茶会の感じだ。
全員に紅茶が行き渡ると四人が席に戻り視線がクレアに集まる。金髪エルフメイド長は胸の前で腕を組んでどドヤ顔をしている。
「ふふふ、お主たちラッキーじゃぞ。『ゴシック』のメイドが入れたお茶は一杯三千ゴールドの価値はある。それに加えてルシアは『アストライア王国』の宮廷式給仕作法をマスターしておるようじゃ。このようなお茶会はそうそう経験できんぞ」
「え……?」
その時、俺は普段の自分の生活を思い返していた。
日常的にアンジェとセレーネという『ゴシック』メイド二名と宮廷レベルの給仕をこなすルシアが用意するお茶や食事を当然のように受け入れている。
クレアからその価値を聞かされてこれまでの生活が如何に恵まれていたのか理解し、それを金銭にして考えてみるとどれほどの額になるのか想像し青ざめる。
ふと顔を上げるとトリーシャと目が合った。彼女は生活能力が壊滅的な為、俺と同じくアンジェ達に世話をしてもらっている身分だ。
それ故、今の話を俺と同じ立ち位置で理解したのだろう。トリーシャも顔を青くして黙って俺を見つめていた。
動揺し沈黙する俺とトリーシャをよそにお茶会が始まり、周囲は和やかな雰囲気で包まれる。
とりあえず紅茶を一口飲んでみる。うん、とても美味しい。温度は丁度よく、程よく抽出された茶葉の香りや旨味が広がっていく。
そりゃ三千ゴールド……日本円にして三千円はするよ。手間かかってるもの。湯の温度や蒸らし時間に気をつけたり、カップが予め温めたりされているもの。
ティーバッグと沸騰したお湯で適当に作って終了じゃないもの。
「今日からもっとありがたみを噛み締めて飲もう、そうしよう……」