姉妹再会②
トリーシャとルイスが頷き合うとルイスはルシアを真っすぐに見つめる。妹の眼差しを受けてルシアは深呼吸の後に謝罪を口にした。
「ルイス……あなたに何も言わずにお城を去った事……本当にごめんなさい。謝って済む事ではないでしょうけど、私にはそれしか言葉が見つからないの。本当に……ごめんね」
「……謝られても困るわ。任務から帰ったらルシアお姉さまがいなくなっていて、城中パニックになって本当に大変だったんだから。…………ううん、違う。本当はそんな事を怒ってるんじゃない。あたしは悔しかったの。あの頃、ルシアお姉さまの周囲には無理矢理にでも契約をしようと考える勇者たちが何人もいたのに、あたしはお姉さまに甘えるばかりで問題もきっと良い方向でまとまるなんて根拠のない考えを持ってた。お姉さまがいなくなって初めて気が付いたの。あたしはルシアお姉さまの足枷になっていたんだって、あたしは自分の事しか考えずお姉さまの苦しみから目を背けていたんだって。そんな愚かな自分が情けなくて悔しかったのよ」
「ルイス……」
「あたしは……あたしは……本当はずっと謝りたかった。お姉さまを苦しめていたあたしを許して欲しかったの……だから……お姉さま、ごめんなさい……ごめんなさい……」
言い終わる頃には泣きじゃくっていたルイスをルシアは優しく抱きしめた。妹が泣いている姿を目の当たりにしてルシアの目からもとめどなく涙が溢れていた。
「ごめんね、ルイス……黙っていなくなってごめんね……」
「うう……お姉さまぁぁぁぁぁ! 会いたかった……ずっと会いたかったぁぁぁぁぁぁ!!」
抱き合いながら泣き崩れる姉妹を見て俺は心底安心した。ルシアとルイスはこれで大丈夫だろう。
ふとアンジェを見ると彼女も安堵しているようだった。目からは涙が流れていて指で拭っている。口では大丈夫だと言っていたけど相当心配していたんだな。
トリーシャとセレーネも同じく泣いている。特にトリーシャは号泣していた。
ルシアとルイス姉妹が落ち着きを取り戻したので、とりあえずこの場を移動する事にした。
さっきからルイスはルシアの腕に自分の腕を絡めてぴったりくっつき離れようとしない。
どうやらあれが彼女の素なのだろう。
パートナーが姉にべったりしている為、独りぼっちになったスヴェンは既に完治しているものの手持無沙汰な様子で端っこで突っ立っている。
「スヴェン、これから俺たちは移動するけどお前も来るだろ? ルイスのあの調子だと暫くルシアから離れようとしないだろうし、下手すりゃ明日の本戦直前まであのままいそうだぞ」
「そうだな……ルイスのあんな甘えた姿は始めて見た。本人が満足するまで好きにさせてやりたい。それまでは同行させてもらおう」
スヴェンは一見気難しそうな性格をしていそうだが、パートナーであるルイスの事をとても大事にしているみたいだし、やっぱり悪い奴ではなさそうだ。
「ちょっと待てーーーーーい!!」
俺たちが宿泊している宿屋に向けて出発しようとすると、後方から誰かの大声が聞こえた。
振り向くとそこにはメイド服を着たエルフの女性が立っていた。
「お主等、わしの存在を忘れてはおらぬか!? 誰もわしに一緒に行こうとか声を掛けてくれないんじゃが!!」
独りで喚き散らす『ゴシック』のメイド長クレアのその姿は傍から見て何というか滑稽だった。
姉妹の感動の再会と和解によるいい雰囲気をぶち壊す勢いだ。
その為か皆の冷たい視線がクレアに向けられ、一際その傾向が強い人物が二人いた。
「はて、あの方は誰でしょうか? 私は見覚えが無いのですが……セレーネは知っていますか?」
「いいえ、わたくしも存じておりませんわ。ええ、存じておりませんとも。――わたくしの人間時のモデルがエルフではなくサキュバスである事実を知っていたはずなのに、今まで同じエルフだと言って騙していた嘘つきアルムスの事なんて知りませんわ!」
同じ『ゴシック』所属のメイドであるアンジェとセレーネの当たりは一層強い。その同僚でありクレアのマスターであるシルフィは苦笑いしていた。
クレアを擁護しないところを見ると、こんな扱いをされても仕方がないという事なんだろうな。
邪険にされたクレアは怒り狂って部下のメイド達のもとへやって来た。
「何じゃいその言い方は! 封印が解けて右も左も分からないお主等にメイドの作法を教えて立派な『ゴシック』のメイドに育て上げたのは誰だと思っとるんじゃ!!」
「あなたからは何も教わった憶えはありませんが……。私たちにメイドの作法を教えてくれたのはタエちゃんですよ。所作、料理、心構え……全て彼女から伝授されたものです。クレアはいつも好き勝手に遊んでいただけでしょう?」
「それに今回ここにいたのもどうせ遊びに来たに違いありませんわ。シルフィまで引きずり込んで危険な競技に出場するなんて無計画すぎますわ!」
「ぬう……!」
逆にアンジェとセレーネに正論を言われてクレアは押し黙ってしまう。目を泳がせしどろもどろしていると、シルフィがとうとう助け舟を出した。
「まあまあ二人共そのくらいで勘弁してあげてよ。この競技に出場したのは確かに報酬目当てだったけど、そもそも『アーガム諸島』には仕事で訪れていたんだよ」
「それは給仕関係の依頼で、ということですか?」
「ううん、『ゴシック』で作ったこの製品の売り込みに来たんだよ」
そう言ってシルフィがアンジェに手渡したのは掌に収まるサイズの包み紙だった。その中から取り出した物を見て俺は思わず吹き出してしまった。