姉妹再会①
魔力を練り上げるのを止めるとスヴェンからも殺気が消えていくのが分かった。
「どうやら俺もお前も本戦に行けるみたいだな。本戦は強力な魔物がうようよしているみたいだし、今日みたいに戦うのは勘弁してほしいな」
「俺の目的はあくまで貴様の実力と行動目的を知る事だ。その半分は既に達成されている。明日の本戦でお前たちにけしかけるような事はしない」
「ええ~!? ちょっとスヴェン、明日の本戦に出場する気なの? 彼の実力を確かめたら予選を通過しても辞退するって言ってたじゃない!」
ルイスがスヴェンの襟を掴んで前後に揺すり始めた。グロッキーなスヴェンは抵抗も出来ずなされるがままだ。
「ゆ……揺するな……ルイス。頼むから……揺すらないで……」
見ていて何となく分かったが、二人はルイスの方が上の関係のようだ。やる事をやって気が晴れるとルイスは手を離し、スヴェンは力なく地面に倒れる。
「ぐふっ!」
「この……バカ男!!」
ついさっきまで死闘を繰り広げていた相手の無残な姿は見ていて中々堪えるものがあった。
「さぁーてと、それじゃあ明日の本戦に備えて今日は早めに休みましょ。その前にアンジェとセレーネに治療してもらうのと、久しぶりに会った仲間と色々話をしないと……ね」
トリーシャがルイスを見ながら言うと、彼女はばつが悪そうにそっぽを向く。
「あたしは話すことなんて何もないわ。スヴェン、帰りましょう」
「あなたのマスター、結構なダメージを負ってるわよ。そこらへんのヒーラーじゃ今日中に万全な状態まで回復させるのは難しいんじゃない? けどセレーネの治癒術ならすぐに全快できるけど……どうする?」
「う……」
トリーシャの誘いにルイスはどうするか悩んでいる様子だ。
さっさとこの場を離れたいという気持ちとスヴェンをセレーネの手で回復させてやりたいという気持ちがせめぎ合っているのだろう。
「この傷をすぐに治せるのなら頼む」
「ちょ、ちょっとスヴェン!?」
スヴェンが自ら回復を頼んだのでルイスが焦りだす。一方で彼女のマスターは冷静かつ真剣な表情で向かい合った。
「ルイス、良い機会だ。お前の姉に会って来い。俺たちは勇者としての任務がありアラタ達は冒険者として活動している身だ。いつまでもお互いに無事でいられる保証はない。次は無いかもしれないんだ。……ここでお前の気持ちを全てぶつけてこい」
「スヴェン……でもあたし……」
スヴェンがルイスの背中を押すが、彼女はまだ一歩踏み出せない様子だ。
どうすればいいかと悩んでいるとトリーシャが大きく溜息を吐いてルイスの傍まで歩いて行く。
「ったく、いつまでうじうじ悩んでるのよ! 私も少しはルシアから事情を聞いてるわ。状況が状況だっただけにどっちが悪かった訳じゃない。それでもあなたにしてみれば納得のいかない事だったっていうのも理解できる。一人でルシアに向き合うのが怖いのなら私が付き添ってあげるから……それなら大丈夫でしょ?」
「トリーシャ先輩……」
「トリーシャがまともな事を言ってる……」
「な、何よ失礼ね。私だって可愛い後輩のためにそれぐらいはしてあげるわよ」
いつもは我が道を行くトリーシャが他人に気を遣っている姿を見て感心していると恥ずかしそうに顔を赤くする。
そのままルイスの手を取ると半ば強引に連れて行ってしまった。残された俺とスヴェンは顔を見合わせて笑うとその後を追った。
それからロック達と合流し大会運営から本戦に関する説明を聞くと、俺たちは競技場を後にした。
その頃には予選を見物していた観客たちは帰っていて人だかりはほとんど無かった。競技場の外に出るとアンジェ、セレーネ、そしてルシアの三人が待っていてくれた。
「アラタ様、それにトリーシャもお疲れ様でした。本戦進出おめでとうございます。見事な戦いでしたよ」
「ありがとう。とにかくこれでようやくスタートラインに立ったって感じかな」
「私が一緒だったんだからこれくらい当然よ」
アンジェがスカートの裾を摘まんで丁寧にお辞儀をしながら労いの言葉を掛けてくれた。するとレオが不満の声を上げる。
「アンジェ姉ちゃん、オイラとロックも頑張ったんだよ。それにオイラ達も本戦出場決まったよ!」
「はいはい、レオとロックもお疲れ様」
「……露骨に俺とレオに対して塩対応すぎるだろ。まあいいけどさ」
「アンジェ、セレーネ!」
アンジェのロック達に対する対応の杜撰さにロックが辟易する中、元気よく声を掛けてきたのはシルフィだった。
「シルフィ、久しぶりですね。変わりなく元気そうで何よりです」
「アンジェとセレーネも元気そうで良かったよ。『ゴシック』の皆も二人の事を心配してたよ」
「何やかんやあって結構長い事留守にしていますものね。皆に変わりはないですか?」
「うん、皆も元気にやってるよ。今はタエちゃんがまとめ役をやってくれてる」
多少個人差はあるものの基本デザインが同一のメイド服を着た三人は数ヶ月ぶりの再会を果たし笑顔で談笑し始める。
アンジェとセレーネは胸元の露出が大き目なセクシー系なのに対し、シルフィはミニスカにスパッツの組み合わせというスポーティーな感じでまとまっている。
個々の特徴に合わせたデザインになっており、一人のメイド好きとしてはこれを考えた人に敬意を表したいと思う。ありがとう、本当にありがとう。何処の誰かは知らないけどマジ感謝。
「ここで立ち話もなんですし何処か休める所に行きましょうか。でも、その前にアラタ様たちの怪我を治癒しないといけませんね。セレーネは勇者様をお願いできますか?」
「分かりましたわ。ご主人様よりも向こうの方がダメージを受けているみたいですし、それに……」
皆の視線がスヴェンとルイス、それにルシアの三人へと集中する。
スヴェンはセレーネに引っ張られヒールによる治療が開始された。俺の所にはアンジェが来て同じくヒールを掛けてくれる。
それによりルシアとルイスの姉妹がその場に残される形となり、二人共ここからどう切り出そうか悩んでいるようだった。
「大丈夫かな……?」
「心配なさらなくても大丈夫です。お互い素直な気持ちを吐き出せばすぐに仲直りできますよ」
「そうだね。――アンジェはもう少し自分の気持ちを吐き出すのを控えめにした方がいいけどね」
「あら、私としてはまだまだ抑えている状態なのですが」
いやいやいや、これ以上変な事を口に出されるようになったら警察に事情聴取されるレベルになるよ。今でギリギリの状態なんだよ。
アンジェが本気を出したらどんなことを口走るのか不安を感じていると、トリーシャがルイスの背中を優しく押した。