風と重力と③
魔力がそれぞれの武器に集中し、神薙ぎから放たれた暴風が俺を覆って巨大な鳥の形を取る。
一方ブリューナクの穂先は重力の刃と化し、スヴェンの周りの地面に亀裂が入り砕かれた破片が空中に浮いていくのが見える。
「あの槍の刀身に物凄い魔力が集中している!」
『あれはもしかして重波黒刃!? 注意して、私が知る限りブリューナク最大の闘技よ。魔人すら一撃で倒す威力があるわ!』
「分かった!」
トリーシャから焦りの感情が流れ込んで来る。それだけの大技という事か。
一方ルイスもこっちの闘技に気が付いた様子で慌てた声が聞こえる。
『あの風の巨鳥は……! スヴェン、向こうはトリーシャ先輩最強の伍ノ型を使う気よ。打ち合いに負けたら暴風に身体を斬り刻まれる事になるわ!』
「……面白い! それでこそ本気を出す甲斐があるというものだ!!」
『全くもう、本当に戦闘バカなんだから!!』
俺たちが繰り出そうとする闘技の余波で周囲では突風が発生し重力も滅茶苦茶な事になっていた。
加重が掛かった場所では魔物が潰され、逆に浮力が発生している場所では空中に浮いて身動きが取れなくなっている。
トリーシャの見解ではスヴェンは闘技の威力を最大まで高めるために周囲の重力場のコントロールをないがしろにしているらしい。
相当危険な状態だというのに俺はこの瞬間を楽しんでいた。ロック達が闘争がどうとか言っていたが俺も人の事は言えないな。
練り上げた魔力が最大まで高まり俺を覆う風の巨鳥が翼を大きく広げる。それを合図にして俺とスヴェンは同時に突撃を開始した。
「行くぞ、スヴェンッ! 風の闘技、伍の型――花鳥風月ッッッ!!!」
「アラタァァァァ、これを食らえ! 重波黒刃ッッッ!!!」
俺は風の巨鳥を纏い衝突の瞬間全力の斬撃を振う。スヴェンは巨大化した重力の刃を突き立て突っ込んで来た。
極限まで高めた風と重力の魔力が衝突し、その余波で周囲では風と重力の影響が更に強まっていく。
荒れ狂う風と重力場の中心にいる俺とスヴェンの衝突は拮抗状態となり、徐々にお互いダメージを負っていく。
それぞれの武器から発せられる魔力が相手の障壁を少しずつ突破しローブを傷つけ皮膚を裂き血がほとばしる。
じわじわと身体の至る所で痛みが広がっていくのも構わず、目の前にいる敵を倒す事に全ての意識を集中する。
「くっ……こいつ、いい加減にぶっ飛べぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「貴様こそ、落ちろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
お互いに更に魔力を絞り出そうと奮闘していると干渉しあっていた魔力の流れが変化した。
さっきまでは周囲に放出されていた干渉時のエネルギーが俺とスヴェンの間に留まり膨れ上がってく。
『これは……! アラタ、離れて!! 二人の魔力が行き場を無くして爆発しようとしてるわ!!』
『スヴェン、爆発に巻き込まれたら危険よ! 今すぐに逃げて!!』
お互いのパートナーが危険を察知し俺たちに離れるように警告する。
その直後、臨界に達した干渉エネルギーが光ったかと思うと爆発を起こし、俺とスヴェンは後方へと吹っ飛ばされ競技場の外壁に衝突した。
「がはっ!!」
爆発によるダメージの直後に外壁に叩き付けられた衝撃でぷつりと意識が途切れた。
「……タ……ア……タ……アラタ……。アラタ、起きて……!」
「……っつぅ……いてて……」
おぼろげだった意識が少しずつ覚醒していく。ふと見ると目の前には武器化が解けて人の姿になったトリーシャがいた。
目に涙を浮かべながら彼女は俺を抱きかかえていた。頬に彼女の豊かで柔らかい胸が当たって非常に心地よい。
このまま眠ってしまいたい気持ちになるが状況的にそうする訳にもいかなそうだ。
というか俺はさっきまで何をしていたんだっけ?
宿屋で寝ていたんじゃないだろうし、至る所に魔物の死体が転がっているのが見える。
状況を少しずつ整理していくうちに頭の中が完全にクリアになった。そうだ、俺はルナール祭の予選に出場して、勇者スヴェンと一騎打ちをしていたんだった。
「よかったぁ。呼んでも中々目を覚まさなかったから……」
半泣きだったトリーシャは俺が無事だったと分かりほっとしたのか更に涙を流し始める。彼女は普段はツンツンしているが意外と涙もろい一面がある。
「ごめん、心配かけた……俺はどれくらい意識を失ってた?」
「一分ぐらいよ。爆発で吹き飛ばされて、物凄い勢いで壁に衝突したのよ……立てる?」
「うん、大丈夫。一人で立てるよ」
涙声で心配してくれるトリーシャに支えられながらゆっくりと立ち上がる。正面を見ると競技場の反対側の外壁に男女がいるのが見えた。
――スヴェンともう一人はルイスか。ピンク色の髪をハーフツインにした少女はルシアの妹というだけあってどことなく彼女に似ている。
その傍らには頭から血を流しふらつきながら立ち上がるスヴェンがいた。向こうもこっちと同じようにパートナーに支えられながら歩いてくる。
俺もトリーシャの手を借りてスヴェンに向かって歩き始めた。
俺たちもスヴェン達も無防備な状態のまま近づいて行く。その間、競技場内では魔闘士たちと魔物が戦う轟音が鳴り響いていた。
やっとの事で目の前まで辿り着きお互い微かに笑うと魔力を高め始める。
「ちょっと、まだやる気なの!?」
「スヴェン、これ以上戦う必要は……!」
戦闘続行しようとする俺とスヴェンをトリーシャとルイスが止めに入ろうとした時、競技場内にファンファーレが鳴り響いた。
何事かと思い周囲を見回すと魔物の群れはほとんど全滅し、競技場内に留まっている選手も少なくなっているのが分かった。
『出場者の皆様大変お疲れ様でした! 現時刻を持ちまして出場者が二十組になりましたので、これにてレムール祭予選は終了とさせていただきます!!』
『いやー、予選とは思えない激しい内容でしたね。今から明日の本戦が楽しみです』
予選終了を告げる実況と解説が聞こえて来た。これで本戦進出が確定した。