勇者VS異世界人
「悪いけど魔物が追加されたこの状況でお前と戦っている暇なんてない。それに関しては後日――」
「怖いのか?」
……ん?
「怖いのかと訊いている。臆病者め」
おやおやぁ、何を言ってるのかなこいつは?
「魔物に囲まれている状況など戦場ではよくある。にも関わらず俺と戦うのを拒否するという事は貴様が臆病者の腰抜けという証拠だ。多少は骨があるヤツかと思ってここまで来てみたが……時間の無駄だったな」
「……よし、よく言ったこの野郎。いいだろう、ボコボコにしてその生意気な態度を改めさせてやる! やるぞトリーシャ!!」
『こんな安い挑発に乗るなんて本当にバカね。でもいいわ、乗ってあげる。私としても確かめたい事があるからね。――という訳で、何時までだんまりを決め込んでいるつもりなのかしら、ルイス?』
トリーシャがスヴェンの槍に語り掛ける。反応が無いがトリーシャは構わずに一方的に話し続ける。
『久しぶりに再会したってのに無視するなんて随分と不機嫌そうじゃない? 自分を置いて行った大好きなお姉ちゃんが観覧席にいると分かって複雑な心境にでもなっているのかしらね』
『……黙りなさい』
トリーシャの挑発に対してルイスが答えた。唸るような重い声を絞り出しているみたいだ。一方のトリーシャは羽が生えたかのように軽やかに相手を攻撃する。
『誰に命令してるのよ。戦場でぴーぴー泣いてピンチになっていたのを何度も助けたのは誰だったかしら?』
『そんな千年も前の話を持ち出してくるなんて厚かましいにも程があるわ。あなた達が封印されている間にもあたしは実戦を積んで来た。戦闘経験はこっちの方が上よ!』
『それはどうかしらね。重力系統の魔力は非常にレア。それを行使できる人間がたまたまいたとして、その全てがあなたとの契約に成功したとも思えない。実戦経験といってもそこまで多くは無かったんじゃないの?』
『……っ!!』
痛い所を突かれたのかルイスは再び黙り込む。トリーシャはとりあえず言いたいことは言ったようで戦闘態勢に入った。
「他に言う事は無いのかトリーシャ?」
『これ以上は口で言っても仕方がないわ。私もあの子もアルムスである以上、ここからは戦いの中でやり取りをした方が良さそうね』
「分かった。――ロックとシルフィは魔物を頼む」
一連のやり取りを見ていたロックとシルフィはスヴェンと俺を交互に見ると激励の言葉を掛けてくれた。
「周辺の魔物は俺たちがぶちのめすから、お前は気兼ねせずそいつを倒すことに集中しろ。本戦を前にやられるんじゃねーぞ」
「事情はよく分からないけど気を付けてね、アラタ」
二人は周囲で暴れまくる魔物の群れに向かって行き、間もなく魔物の絶叫が轟き始めた。
「ルイス、いけるか?」
『あたしは問題ないわ。それよりもトリーシャせんぱ……神刀神薙ぎは風の加護を受けたアルムスよ。契約者もその加護によってスピードが段違いに速くなる。高速戦闘になるから注意して』
「了解した」
向こうは神薙ぎの特性をよく知っており作戦を立てている。それはこっちも同じでトリーシャから聖槍ブリューナクの能力を聞いていた。
『さっきも言ったけど向こうの能力は重力。アーガムトレントを倒した様に加重をかけたり逆に浮かせたり無重力状態に出来るわ。使いこなせたらかなり強力な能力よ。でもその反面効果範囲は広くない。以前は自分を中心に半径十メートル程度が限界だったわ』
「なるほど、接近戦は注意しないといけないな。それで効果範囲内に入ったらどう対処すればいい?」
『普通に逃げる事はまず不可能。魔力を最大にして放出すれば一瞬だけ魔術解除が出来るはず。その瞬間に攻撃を叩き込むのがベストでしょうね』
「それだけ分かれば十分だ」
戦略が組み上がりスヴェンを見やる。向こうも準備が整ったらしく俺を睨んでいる。お互い武器を構えて攻撃態勢に入る。
周囲では選手たちが魔物と激戦を繰り広げており、人と魔物の怒号が飛び交っている。
すると一匹のローバークラブが空高く殴り飛ばされるのが見えた。その真下では腕を振り上げているロックがいる。
視線をスヴェンに戻すと姿勢をやや前傾姿勢にする。深呼吸し魔力を練り上げる。
視界の隅でローバークラブが落下してくるのが見え間もなく轟音が聞こえた。その音を合図にして俺とスヴェンは同時にその場を飛び出し武器を打ち合った。