これはもはやデスゲーム
アーガムトレントを倒した少年の正体が勇者だと分かると当の本人が俺たちの方に視線を向ける。
咄嗟に武器を構えると少年はこっちに向かって歩き始めた。周囲が魔物と戦ったり逃げたりとせわしない中、自分には関係ないと言わんばかりにゆっくり歩いてくる。
そして、俺たちの目の前まで来ると立ち止まり鋭い目つきで俺を睨んだ。
「やっと見つけたぞ。貴様がジャコブを手に掛けた冒険者か」
少年の口から出て来たのは案の定ジャコブに関する事だった。やはりヤツを殺めた件で俺を追って来たのか?
「……どうして俺がジャコブを倒したと分かったんだ? それにお前は何者だ?」
「ふん。人に名前を訊くのならまずは自分からだと教わらなかったのか? まあいい、俺の名前はスヴェン。『アストライア王国』の勇者の一人だ」
やっぱりこいつは勇者だった。
これまで聞いていた話だと『アストライア王国』の勇者は王都付近から離れず遊んでばかりいるとの事だったのだが、目の前にいる男はどうも違う。
このスヴェンという少年からは百戦錬磨の気迫を感じる。
「俺はムトウ・アラタ、冒険者をしている。さっきの質問に答えてくれ」
「いいだろう。ジャコブに関する報告書と以前『ニーベルンゲン大森林』で魔人を倒した冒険者の件を照らし合わせた結果、同じ人物が関わっていると考えた。――それが貴様だ」
「……」
結構鋭いとこ突いてきたな。こうなってくるとジャコブ討伐の件だけじゃ話は終わらなさそうだ。
「やっぱりジャコブの件で俺を追って来たのか。あれは――」
「ヤツの事などどうでもいい。魔人と繋がりがあった以上、ヤツは遅かれ早かれ破滅していた。逆に手を下す手間が省けた」
「それじゃどうしてここまで俺を追って来たんだよ」
「ディープの姫ウェパルが魔人の組織『アビス』の幹部らしいな。そうなると海に面する土地はディープ襲撃に晒される危険がある。実際『カボンバ』にも連中が現れた」
「何だって? ロッシさん達は……漁港の人たちは無事なのか!?」
ロッシさんの名前を出すとスヴェンは俺の顔をまじまじと見つめて「ふっ」と鼻を鳴らして笑う。
「『カボンバ』は無事だ。たまたま俺たちがいた時だったからな。襲撃に訪れたディープは一人残らず俺たちが片付けた。騎士団に多少被害は出たがそれ以外は全員無事だ」
「そうか。ありがとな」
「貴様に礼を言われる筋合いはない。そもそも『アストライア王国』の住人を救うのが勇者の務め。俺は自分の仕事をしたにすぎん。それよりも貴様だ」
スヴェンは槍の切っ先を俺に向けて殺気を込める。こいつ……何のつもりだ?
「貴様は一介の冒険者にすぎん。それなのに貴様と『アビス』は度々衝突している。恐らく俺が把握していない所でもヤツ等と戦っているんだろう?」
「それは……」
思わず言い淀むと「それ見た事か」と言わんばかりにスヴェンがニヤリと笑う。こいつは一体何が目的なんだ?
「既に『アビス』は水面下で動き出している。その証拠があるのに王都は楽観視し対策を練ろうともしていない。そう遠くない未来、必ずヤツ等は表舞台に出て来るはずだ。その時訳の分からない冒険者にうろつかれては邪魔だ。だから今ここでその実力を見せてもらう」
「つまり俺と戦いたいって事か。お前は俺が思ってた勇者像とはやっぱり違うな。物凄く真面目というか使命感があるというか。でも場所を選んだ方がよくないか?」
周囲ではアーガムトレントと出場している魔闘士たちが戦っている。逃げ惑っていた連中は既に棄権し残っているのは腕に自身のある者だけのようだ。
『現在残っているのは最初の約半分の九十組です。その何れもが逃げる事無く果敢にアーガムトレントと戦っています。その健闘によってアーガムトレントの数は三体にまで減少。という訳でここから更に魔物を追加していきたいと思います!』
再び競技場の扉が開き奥から魔物が出て来た。アーガムトレントはもちろん巨大なヤシガニみたいな魔物やスライムが追加された。
その総数は最初にいた数の倍以上はある。それなりに広い競技場ではあるもののとても逃げ切れるレベルじゃない。
倒さなければ生き残る事は出来ないだろう。
『先のアーガムトレントに加えてローバークラブとスライム種が追加されました。ローバークラブが有している二本のハサミ脚は金属をも切断するパワーを持っています。これに挟まれればジエンド間違いなしです。一方のスライムは皆さんもよくご存じの凶悪な魔物で知られております。物理攻撃はほとんど効果が無く、頭に取りつき窒息させようとしてきます。冒険者ギルドの統計によれば冒険者死亡原因の魔物ナンバーワンはスライム種と言われており、これは冒険者ギルド設立から不動のものとなっております!』
俺がいた世界ではゲームの知識でスライムは雑魚という認識があったが『ソルシエル』にいるそれは冒険者キラーとも呼ばれる大変危険な魔物だった。
粘度の高い水性の身体は衝撃にも切断にも高い耐性を持ち、その身体で窒息攻撃を仕掛けて来る。
しかも、スライム種は群れで行動するため一度に複数を相手にしなければならない。そいつらが一斉に襲い掛かって来るのだ。
それだけでもヤバいのに、スライム種には酸性液体の身体を持つアシッドスライムや毒性のあるポイズンスライム、更にその二つの特徴を合わせ持つデスライムなんていう化け物まで存在する。
そんな魔物を投入してきたあたり運営側は本気を出してきたと言えるだろう。本当に酷い競技だ。
というか競技なんて生易しいモノじゃない。こいつはマジモンのデスゲームと言わざるを得ないだろう。