御簾
壇ノ浦では、範頼は陸上で戦船どうしの合戦を見ていただけである。午前中は潮が東から西に流れ、平家が優勢であった。もとより船を操る技術では西国出身の平家勢と板東武者とでは比較にならない。平家は潮が優勢なうちに戦を決しようとした。そこで義経は平家船の水手・舵取りを射させた。範頼は無論船の戦の作法など知らないが、義経がそれを破っていたとしてもおかしくないと思った。義経の軍は夜盗と同じなのだ。漕ぎ手を失い、平家船は次々に漂い始めた。ついに正午になった。潮の流れが一度止まり、西に向かって流れ始めた。勝敗は決した。
この戦で何よりも心に残ったのは、義経の盗賊戦法などではなかった。
勝敗が決したあと、武士も小者も、男も女も、老人も子供までも、次々に海に沈んでいったのだ。こんな滅び方をした一族は、本朝始まって以来なのではないか? 範頼は、夕日が沈んでいくような壮大な終わりを息を呑んで見つめ続けた。
「………かわいそうに」
御簾の中から女の声がした。
「女も子供も巻き添えにするなんて…」
範頼は今、京の、近衛中納言の姫君の邸の、縁側に座っていた。当麻太郎の手引きによるものだが、この姫君は恋を語るよりも九郎の話を聞きたがった。
「武士とは、そうしたものでござる。さらに、『かわいそう』などと言うのもやめられよ」
「どうして?」
「上に立ってものを言っているような気がする」
「わたくしは公家の娘ですもの」
そのもの言いにも腹が立った。
「わたしは平家追討の功によって、朝廷より従五位の下、三河の守に任じられている」
御簾の中からころころした笑い声がした。もはや何の力もないが、この姫の父は中納言であり、三河の国司などとは身分が違う。
「では、三河の守殿。あなたのお話には九郎判官殿を貶めるような響きがあります」
「…そうでしょうか」
「あなたは、判官殿がうらやましいのではないですか?」
安坐のまま太刀を引き寄せた。右膝を立てる。親指を当てて鍔をはじいた。腰を左側に回転させる。
「何をなさるつもり? これだから東えびすは…」
一気に抜きはなった。
この時代、「日本刀」が完成した。「ものを斬る鉄」としてこれ以上のものは世界中どこにも、どの時代にもない。
御簾といっても、細い竹を紐で結んだだけのものだ。遠心力を与えられた太刀は範頼と女の隔壁を水平に切り裂いた。
複数の甲高い悲鳴が聞こえた。中を見ることなく立ち上がり、踵を返した。
屋敷の外に出ると当麻太郎が待っていた。
「殿、お早いお帰りで…。首尾はよくなかったようですな。まあ、こういうことには時間がかかる…」
「斬った」
「ええっ!」
「女ではない。スダレだ」
「……野暮ですなぁ」
自分は九郎をうらやんでいるのだろうか。
「それはともかく、宿に鎌倉殿の遣いが来ています」
「どなただ」
「梶原景時様…」